滅びの国のシンデレラ
これは私がお父さんから、ずっと昔に聞いた話になります。
ある所に、大きい国と、小さい国がありました。大きい国にはとても志の高い、立派な王子様がいらっしゃいました。そして小さい国の方は、大きい国に対して、臣下の立場をとっておりました。
大きい国にとってこの小さい国は、飲み込もうと思いさえすれば、子猫がミルクを飲むよりも、ずっと簡単に手に入りました。ですが、大人の世界はどんな時も、建前と言うものが必要です。自分達のするおこないが、正しいものでない限りは、国に住んでいる人々も、王様たちに力を貸してくれません。王子様もそのお父様も、そのことをよく分かっておりましたので、小さな国の領土の魅力から目をそむけ、あえて仲良くしておりました。
ずっとずっと昔の話です。
さあ、仲良くしているとは言っても、大きな国は力を持っております。そのため大きな国の王子様は、少しだけ、いばりん坊な所がございました。この日、大きな国の王子様は、小さな国のお城へ行って、小さい国の王族からひとり、王子にお嫁さんをよこすように言いつけました。
期日はいついつまでと言って、去って行った王子の背中を見て、小さい国のお城の人々は、悔しくなってしまいました。小さい国ではあるけれど、自分たちは王族です。この国で政治をしつつ、民たちから敬われている自分たちに、お嫁さんをよこせだなんて。
そもそもそんなに都合よく、年頃のお姫様を嫁がせるのも、簡単なことではありません。それはそうです、その通り。
ですが、小さい国にとって、この友好関係は重要な意味がありました。家来として従っていれば、別の国が襲って来たときに、この強い国が守ってくれるでしょう。何より地続きで、人の集まりやすい大きな国には、小さい国から出稼ぎに行くことができる、交易のための市場がありました。
工夫してこの注文をかわせれば、何の問題もございませんでした。しかし小さい国の王たちは、自分たちのプライドを守ることと、あの王子を貶めることに、すっかり囚われてしまいました。なんとかあの王子をして、痛い目に合わしめてやりたいと、ひそひそ話し合いを始めました。
この後、小さい国はこのお姫様の問題を、どうしたのでしょうか?
なんと王室の奴隷に産まれた女の子を、姫と偽って嫁がせようとしたのです!綺麗にお化粧してみせて、更にきれいな服を着せ、あれよあれよと言う間もなく、大きな国に引き渡してしまいました。
こんなことをして大丈夫でしょうか。王子様はやってきた娘を見て、すっかりお姫様だと思い込んでしまいました。そして小さい国を疑うことなく、この奴隷の娘を妻として、迎え入れることになりました。
こうして偽りの血縁関係も結ばれると、大きい国と小さい国は、大きないざこざもなく、帆をはる船が平らな海を進むかのようでありました。
月日が流れ、再び王子は小さい国に、見回りにいらっしゃいました。ですが、以前と違うところがあります。王子は既に王様になっておりました。大きい国の取り決めごとは、既にこの王の掌の上にありました。
その偉い王様にとって、ご自分の大切な妻の一人が、この国の出身でありましたので、今度はこの家族の国に、挨拶にいらっしゃったのでございました。
そんな王様の来訪なので、小さい国の民たちは、新しい王様を歓迎しようと、道に沿って集まりました。従者に手綱を引かれながら、王様は自分に視線と歓声の集まる中を、すまし顔で通り過ぎます。
そこでこの王様は、「おや?」と不思議に思いました。街の陰で隠れて笑う、何人かの人たちが。それもどうやらこの自分が、笑われている様なのです。
(自分が王として、この国に相応しくない振る舞いをしたのだろうか…?それとも、身を狙われているのだろうか…?万が一に備え、聞いておく方が良いだろうか。)
気になった王様は、使いのものに調べさせ、どうして彼らが笑っているのか、知ろうとなされたのでした。
王様の命を受けた使いの家来は、「王様を狙う輩ならどうしたものか」と、歩き慣れぬ街角を警戒しながら、こそこそ話していた町人たちに近づきました。
「すみません、かの王様と家来が、この街をお通りになったと聞いて、近くの村からはるばる、やって参りました。どうでしたか、ご様子は。噂によれば、聡明でご立派な方と聞いております。その装飾など、さぞかしきらびやかで、素晴らしかったことでしょうなあ。」
「聡明だって!?」「きらびやかだって!?」
町の人たちはいかにも楽しそうに驚いて、見知らぬ来訪者に返しました。
「そんなことがあるもんか!あいつは奴隷と結婚したのさ!ずっと昔に来たときに、つんけんした気に入らない態度だったもんだからな。うちの国から送ってやった姫君は、奴隷の親から生まれたんだぜ?その素性を知らぬまま、顔と見てくれに気をとられて、奴隷を妃にしてるんだ。」
「そうそう、それなのに、そんなことにはさっぱり気付かず、あんなにつんと澄ました顔で、通り過ぎて行ってしまうなんて、本当に愚かしい王様だなあ。」
あっはっは。いっひっひ。うふふふ。聞いていた周りの人たちも、この愚かな王様を笑いました。
「そんなに笑うもんじゃないよ」と王様を気の毒がる人たちもいましたが、そのような人たちまで少し笑ってしまう程度の同情しか、人々はこの間抜けな王様に与えようとしませんでした。
「そうだったのですね、お教え頂いて、ありがとうございます。」
王様の家来も口元でこそ笑っておりましたが、内心では大変なことを聞いたと考え、うやうやしくお辞儀をしました。その礼が高貴な出自の様であることは、見る人が見れば分かるはずなのですが、王様を嘲笑う街の人は、誰も気がつきませんでした。
家来は王様の休んでいる、小さな国のお城まで、大慌てでかけていきました。
「なんだと」
家来の口から事の始終をお知りになった王様は、ひどく憤り、しかし今になってやっと気づいた自分の顔を恥じました。来訪中の小さい国のお城の人たちに、別れの言葉さえ告げる暇なく、さっさと逃げるようにお帰りになりました。かつての自分たちのはかりごとが、知られてしまったとまだ知らぬ城内は、突然お帰りになった王様を、疑問符のついた顔で送ることしかできませんでした。
激しく怒った王様は、出兵の準備をし始めました。大きな国の王様に、非常に失礼な国があったものだと、彼の周囲の人びとも怒り、いよいよ戦争だと言う話になってしまいました。
王様はこの小さい国を討つ為に、兵隊たちを集めました。もちろん兵隊たちは集まりました。そして、武器と物資が手配され、戦う準備を整えた軍隊が、小さい国を目指して都を出発しました。この知らせを聞いて、やっと合点の行った小さい国の人々は、「とうとうその時が来たか」と恐ろしさに身を震わせたのでした。
ところが、この知らせがまた、別の所にも届けられました。小さい国出身の、お坊さんの所です。このお坊さんは非常に心持ちの清く、頭もまわり、あらゆる人々から尊敬されておりました。それこそ、大きい国の人々も、その周辺の国々までも、彼の名をよく知っているほどでした。
このお坊さんは自分の出身の国の不始末を嘆きましたが、しかしやはりお坊さんにとって、親や兄弟のいた国です。この情けを大切になされたお坊さんは、助け船を出すために、腰を上げることにしました。
お坊さんは大きい国の軍隊の通る道を調べ、軍隊の先回りをしておきました。そして、川で水に入りながら、静かに沐浴をしておりました。
大きい国の軍隊が川へ出ると、そこには身を清めるお坊さんの姿がありました。
「やや、あそこに見えるのは、あの有名なお坊さんではないか。国境を分け隔てることなく、供養や教説で活躍していらっしゃるという、」
「なんと、この距離であって、こちらを見てもいないのに、聖の気が感じられる。」
「そういえば、小さい国は彼の御出身の地だ。あんなにどうしようもない国であっても、あの偉いお坊さんの様な方が出てくると言うのか…」
それほどまでにこのお坊さんが、尊敬されていたのでしょうか。
話し合っていた大きい国の軍隊は、もう戦う気が抜けてしまいました。士気が下がると言うことは、王様であっても部隊を動かせなくなるという事になります。そして、王様も兵たちも、「ここであの人を見ると言うことは、国にとって戦争をすべき時ではないとの、天の声だろう」と解釈をして、兵を引き上げていきました。
このお坊さんは、軍隊と交渉したわけではありません。ただ目の前に現れただけなのです。しかし彼の身に備えた、たった一つの人格の力で、衝突を回避して見せたのでした。
王様は帰った先で、出兵は一度ふりだしに戻ったわけだから、もうしばらくは様子を見てみようと、ひとまず落ち着きを取り戻しました。王様も国を治める御人として、子供の時から相応の、判断力は叩き込まれておりました。
しかし、生まれながらの王様と言えども、収まったはずの腹の虫が、また歯ぎしりを始めることがありました。いくらお坊さんの権威が、説得力のあるものと言っても、それを長続きさせるのは、受け取る人の業なのです。
取りやめたはずの出兵を、再び議題に乗せることを繰り返し、二度、三度、王様は小さい国への復讐心に襲われました。しかし兵を動かすたびに、お坊さんも沐浴や座禅に現れました。こうして小さい国は、大きい国からの武力から、お坊さんの人格の力で助かっていたのでした。
ですが、これに慢心した小さな国は、大きい国に許しを請う事を忘れ、来ると言っていた兵が来ないことに甘んじて、自分たちの国の出来事のみ、取り繕っていたのでありました。
偉いお坊さんはこの様子を見ていました。また、そして大きい国のお城で、堪えようとしても堪えることができず、ついに四度目の攻撃に動き始めた王様の御様子を見ておりました。お坊さんは遂に、お弟子さんにこう言いました。
「もういいだろう。これほどまでにその怒りを、忘れることができないというなら、かの王様のなりゆくままに、任せたほうがよいと思う。大国の王様の方は、許しを請われるべき立場であるのに、当の小さい国ときたら、それを差し置いて、大きい国の顔に泥を塗った、自分たちのした事へ、関心をなくしてしまった。
私が小さい国を助けていたのは、ただ小さい国が『ごめんなさい』を伝えるまでの、時間を保つためだけであったのに、どうやらもう彼らの国は、それを望み留めるに値しない。
私は私の故郷の、終わりゆく姿をこの目で見ることにした。私が彼ら自身の生活を見て、出家を決意したように。仕方がないことです、お父様、兄弟たち。」
四度目の挙兵の時、大きい国の軍隊の行く先に、お坊さんは現れませんでした。
ついに小さい国は、女子供すら一人も残らず、亡びるに至ったのです。池の中に飛び込んで、逃げようとした人々さえ、槍で引き上げられて捕えられました。
あなたは驚いてくれるでしょうか。私が紡いだこの物語は、史実をもとに、編集したに過ぎない、ただのノンフィクションだと言ったら。大きい国も、小さい国も、お坊さんも、王様も、お城の人々も。
これが私が、私のお父さんから聞いた話でございます。史実とはいえ、本当にこのまま真実かどうかは分かりません。確かめようもありません。ずっと昔の事なのですから。ですが、この話を思い出すたびに、私にはほかにもう一つ、気になる事がございます。
この出来事の間や後、王様に嫁いだあの「奴隷の娘」は、いったいどうなってしまったのでありましょうか。そのままお姫様として暮らしたのでしょうか?いやいや、おそらく奴隷として、働いたのでしょうか?それとも、もしかしたら悲しいことに……なんて思っても、もはや知る由の無い事です。
消える故郷の中で、渦巻きにあらがう人物が二人。自分がそれをよしと決断したお坊さん。自分を引き合わせた故郷が、王である夫の手により、滅び去るところを目撃した姫。
わずかな間でも姫として、国の頂点に君臨した、奴隷出の少女の心中は、並々ならぬ動乱の中で、強く生き抜くだけの自己を、守らなければならなかったのです。
故郷が消える瞬間を目撃したら、皆様はどう思いますか。
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