調査結果

「実は、最近の体験なのだが……俺が寝ていると、時たま女が乗ってくる事があるんだ」

「……何故叫ぶ? え? 何なんだ、その引き攣った表情は。自慢か? だから何のことだ? 俺はただ……はっ! あ、いや、違うぞ、誤解しないでくれ。これはそういう、その……俺はそんな淫逸な意味で言ったんじゃないぞ。あー……だからそうではなくて……やめろ、からかうんじゃない。話を戻すぞ」


 それが上津暁彦(かみつあきひこ)の前に現れるようになった最初の日は、いつのことだったか。その日の修行は特に厳しかったんだと思う。疲れ果てて家に帰ってきた。

 普段ならば風呂に入り、食事もきちんと摂ってから就寝するのだが、その日はとにかく頭も躰も休めたかった。まっすぐ寝室に入って、布団に倒れこむようにして眠ってしまった。

 だが、その夜中に、何となく息苦しさを感じて暁彦の意識は覚醒した。しかし目は閉じたままだ。まだ脳も覚醒していない状態だから、しばらくぼんやりとしていたのだが……息苦しさは次第に強くなっていき、しまいには胸の上を重しで押さえつけられているような……強い圧迫感を感じていた。

 その頃には暁彦も流石にぎょっとして、目を開けようとして……目が開かないことに気づいた。まるで上瞼と下瞼が接合されたように貼りついていて、どうしようもない。

 それならばと上体を起こそうして、初めてその時、自分の躰が全く動かない状態にあることに気付いた。指一本動かすこともできないし、まるでしっかり縛られてしまったかのように自由にならない。

 しかもその間にも、胸の上の圧迫感は増すばかり。息苦しくて仕方ない。必死で躰に力を入れ……やっとのことで目を開けることに成功した。

 目を開けた先には……暁彦の胸の上で、女が座っていた。

 しばらくの間、暁彦は状況が理解できなかった。女は、暗闇の中でぼんやりと発光してでもいるようにはっきり見えた。顔立ちは分からない……というか、覚えていない。普通に眼も鼻も口もあったと思うが、不思議なことにどんな顔立ちをしていたかが明確に思い出せない。

 女は――おそらく無表情だったと思われる――茫然としている暁彦の顔を覗き込むように、じっとこっちを見下ろしている。一度合ってしまった不気味な視線をそらすこともできずに、女を見つめ返していた。……そしてそのまま、気がついたら朝になっていた。

 思わず胸の上を確認してみても寝る前と変わったところは無かったし、部屋に不審者が侵入したような形跡もない。結局自分は、昨日は疲れていた上での夢か幻覚だったのだろうと結論付け、その時は特に気にすることもなかった。

 そうして、もうそんな事実があったことさえも忘れてしまった頃……とある犯罪組織の殲滅に行った時のことだ。半日で終わらせるつもりが少々計画が狂ってな。本部を更地にして、寝床に帰った時にはくたくたになっていた。そうして、食事も摂らず眠りについたのだが……そこでまた、躰が動かなくなってしまったんだ。


「もちろん、これはあの時と同じだとすぐに分かったさ。そしてなぜか思ったんだ。あの女が来るとな」


 思った通り、あの胸の圧迫感をやり過ごして目を開けると、やはり胸の上に女がいた。

 女はまた、躰が動かない暁彦の胸の上に正座したまま、此方をじっと見ている。瞬きすらせず、ただ見下ろしているだけ。暁彦は半ば魅入られるように、その女をただ見上げていて……そしてまた、気付くと次の日になっていた。

 一応部屋の中を確認したが、案の定寝る前と変わりはなかった。


「そこでまた幻覚を見たのだろうか……そう思ったのだが、やはり少し気になってな。俺は、昨晩の症状について調べてみたんだ」


 その結果、就寝時に身体の自由が利かなくなる状態を、医学用語で『睡眠麻痺』というらしい。


「……ん? ほう、この症状を『金縛り』とも言ったりするのか? 成程、面白いな」


 睡眠麻痺は、主に疲れた時に起こりやすいという。また、睡眠麻痺になった状態では、息苦しさを感じたり、幻覚を見たりする場合がままあるらしいのだ。これは、睡眠麻痺状態に陥る時にはレム睡眠状態であるということに関係する。

 ちなみに『レム睡眠』とは、いわゆる眠りが浅い状態……夢を見ている時のことだ。つまり、レム睡眠時……脳が覚醒していても肉体の活動は休止状態にある時は、心肺機能が比較的緩やかになっているからな。これが睡眠麻痺時の息苦しさ、圧迫感の原因と考えられている。

 また、睡眠麻痺時は日常で見た風景を無意識に思い描き、それを切り取って今自分の身に起きていることのように見てしまう。中には自分が目を開けているつもりでも、目を開けているという夢を見ているというケースもあるようだ。

 更にその上、『自分の四肢が自由にならない』という恐怖感が余計に幻覚を増長させ……


「おい、欠伸をするんじゃない。何だ? 俺の話が難しくて退屈してきた? だからと言ってこら、誰かが真剣に話しているというのにその態度は……まあいい」


 要するに、睡眠麻痺の状況は、科学的に解明できるということを知った時、暁彦は心底安心した。やはりあれはただの幻覚であって、幽霊などいるはずないのだと。

 ああそうだ、気にする必要なんてないと分かっている、分かっているのだが。


「……実はな、その後にも何度かその女を見たことがあるんだ」


 見たのは前の二回と全く同じ状況、つまり疲れて眠ってしまった時だった。その時も女は暁彦に何をするわけでもない、以前の時のようにただじっと見ていただけなのだが……。


「……なあ、お前達はどっちだと思う?乗ってくるあの女は、睡眠麻痺によるただの幻覚なのだろうか。……それとも……?」


 青年が語り終えたので一旦体勢を変えようとしたが、重りを乗せられたようになかなか動けなかった。

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