社会の窓から始まる恋⑩

 「あの日」における主役とは、誰のことを指すだろうか。

 そもそもに祝われている聖人であるか、それとも赤帽子の白ひげ爺さんか。

 否である。

 彼らは確かに「あの日」における象徴的な存在ではあるが、現在において物語を紡ぐ主人公にはなり得ない。では往来を闊歩する恋人達をもって主役とするのか、はたまた赤帽子の来訪を心待ちにする子供達のことか。

 それもまた、否である。

 確かに彼らをもってすれば、たくさんのドラマが展開されることだろう。数々の名作迷作たちが生まれいずるに違いない。しかしいささか有象無象に過ぎる。不特定多数を指して物語の主役であると称するのは無理があろう。

 では、いったい誰が「あの日」における主役たりえるというのか。


 無論、私である。


 べつに突発的にナルシストに目覚めたわけではない。

 疑問に思う方がいるのであれば、あなた自身であると言い換えても良いだろう。

 人生の主役は自分自身とはよく言ったものだ、日々を生きる上で自身を超えてスポットライトを浴びる者なぞ皆無に等しい。

 そしてここで一つ、考えてみて欲しい。

 そんなあなたが主役の物語は、いったいどのような筋書きなのか?

 喜劇か悲劇か、一人舞台なのか群像劇なのか、ハッピーエンドなのか続き物なのか。

 何も人生という壮大な舞台のテーマまでをも決めろとは言わない。

 ただ「あの日」における主演は、どのような働きをするのかと問うているのだ。

 残念ながら、今までの私はあまりやる気に満ち溢れた演者とは言えなかった。

 ただ布団に寝転がり、世間の苦悩から解脱げだつするべく念仏のように数式を復唱しては、時折に卑猥な妄想に浸り、ちっとも煩悩から解き放たれない。ときにはそのような愚にもつかない演目があっても良いだろうが、毎年毎年に繰り返されるというのであれば、それは怠慢である。

 この物語に観客がいるとするならば、早々に飽きて帰ってしまうことだろう。

 しかし、今年こそは違う。

 今年こそは、他の誰でもない、私が「あの日」の主役、『恋する兎』なのだと知らしめるつもりだ。

 理由は彼女がいるからだ。

 千鳥さんという『運命の人』がいるにも関わらずただ漫然と過ごしたとあっては、私の人生にそれこそ何の意味があるというのか、ちと分からない。

 演目はもちろん、恋の話である。

 例え、股間を光らせた変態どもと踊り狂う展開になろうと、タイムリープを繰り返し謎の人外美女に付きまとわれる展開になろうと、そもそもの始まりが私が社会の窓を全開にしていたことにあろうとも。

 誰がなんと言おうとも、人々が憧れ羨む、色鮮やかな恋愛の話なのである。

 さてまあ、そんな素敵な恋の話もいよいよもってオーラスである。

 ここまで私の語りを聞いてくれた諸兄姉がいるのであれば、どうかお礼を述べさせて欲しい。私も自身の性格というものを知っているからこそ、色々と面倒に感じられたことも多くあっただろうと理解している。しかし物語だと言うからには、やはり聞き手がいないと格好がつかない。一匹の『恋する兎』の惚気のろけ話を最後まで聞いてくれた諸兄姉には、感謝の念にたえない。ありがとう。

 最後に私が主役の演目名を述べて締めたいと思う。

 主役だ、物語だと、うそぶいているからには最後まで格好をつけたい。

 最初に思い浮かんだのは『馬鹿者達の恋』という題だった。

 しかしまあ、ちょいと直球にすぎるし、語呂も悪い。

 だから『馬鹿者達から始まる恋』と整えてみる。

 これなら悪くはない。

 なにより、師匠に語った私の目的にも合致している。

 しかし、どこかもの足りなくも感じる。

 素敵な恋の始まりを連想するにはまだ遠いようにも思える。

 そこで、久しく忘れていた天啓を得た。

 それはただ事実を語っているに過ぎない。しかし、多くの人の目のを惹きつけることができるし、どこかただならぬ恋愛の様相を感じ取れる気もする。

 私は満足して頷き、こう宣言する。


『社会の窓から始まる恋』


 乞うご期待。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る