社会の窓から始まる恋⑦

 悪友と改めて約定を交わし悪だくみをこなした私は、この勢いを止めてはならぬと、もう一組の男女へと声をかける。時刻は放課後、場所は学校の教室。相手は私が担任を受け持つクラスの生徒たちであった。


「二人を呼び出したのは他でもない、私の恋路を応援してもらいたいのだ」

「なんじゃそりゃ」

「えっと、寅ちゃん。詳しく」


 犬塚と猿渡の二人だ。

 犬塚は突然の要求に困惑しているようで、猿渡の方は同じく戸惑いはするものの好奇心が勝り、話の先を催促してくる。

 彼らに詳細を話す。

 とはいえ、あまりに突飛な内容は語らない。私にも教師としての矜持があり、生徒たちに過分な負担を押し付けることは本意ではない。ただ、私には運命の人がおり、その人の気を引くために企みに加担してほしいと、そのようなことを話した。


「どうして私たちが?」

「日直だったからだ」

「またそんな安易な」


 犬塚が呆れたように言うが、実際にはそれだけではない。

 時間を繰り返すことにより知り得たことだが、どうにもこの二人は何かしらのお節介をやかねば上手くいかない関係のようである。羊に確認をとってみたところ、肯定をにおわせる態度をとったので間違いはない。

 生徒たちの人生の重大事に自身の行動如何こうどういかんが関係してくるとなると、担任でなくともなんとかしてやりたいと思うだろう。加えて、この二人がねんごろな間柄になった場合、高い確率でクリスマスの騒動に巻き込まれる。それならば私の企みに加担させようと思い立った次第である。行動が把握できる範囲内にいてもらった方が教師として安心できる。

 二人が一緒になって呼び出されようとも不自然ではない口実を見繕って声をかけたのであるが、このような呆れられた態度を取られると、それはもうカチンとくる。いったい、誰と誰のためを思っての行動だというのか、問い詰めたい衝動にとらわれるのは、人間だもの、仕方ない。

 なので少々迂遠な仕返しを思いつく。


「二人には意中の相手はいるか?」

「何、突然に」

「あはは寅ちゃん、わけわかんないよ」


 そのように問うと、言葉とは裏腹に、あからさまに動揺した気配を見せる二人である。

 顔むきを私から外さないようにしつつ、何とか相手の挙動をつかめないかと、視線が泳いでいるのが対面する私からは丸わかりだった。

 その様子に満足する。

 しかし同時に、いったい何を拝まされているのかと我にかえる。青少年達の青春は見ていて楽しいが、食傷しょくしょうする。このままでは自らの学生時代を振り返って落ち込んでしまう可能性がある。それに、やりすぎて二人の関係をこじらせられても困る。


「そうか。もしいるのであれば、私を見習って、さっさと告白してしまえ」

「それって失敗しろってことじゃん」

「失敬な。私とて成功した体験なぞ──」

 

 ちと都合よく思いつかない。

 私の沈黙に「それ見たことか」と勝ち誇る猿渡が恨めしい。何とか彼女をギャフンと言わしめるエピソードはなかったかと脳髄をフル稼働させていると、それまで何事か考え込むような姿勢を見せていた犬塚が口を開く。


「それはなんでさ?」

「なんでと申すか」


 どうして告白しなければならないのかと、こいつはそう尋ねているのである。

 そうであった。この犬塚という優等生はとても頭が良く。それゆえに物事の正当性、妥当性というものを重視する傾向がある。慎重派なのだろう。

 なんと面倒な。

 いいからさっさと隣にいるソイツの手を引いて、何処ぞかへランデブーしてしまえと思わなくもないが、それは私が彼らの恋の行方を知っているからであり、現在の彼らは変わらず、青春のスッタモンダの最中なのである。あまり性急なことを申しつけるべきではない。仕方ないので、それっぽい理屈をつけて説明することにした。


「少しばかり年寄り臭いことを言わせてもらうが、大人が青春時代において後悔していることが二つある──それは『告白すればよかった』と『告白しなければよかった』ということだ」

「ダメじゃん」


 猿渡が条件反射のように横槍をツッコんでくる。

 相槌として話しやすいために、大きく頷いてから続きを語った。


「まあケースバイケースだからな。人によって結果が違う以上、絶対ということはない。しかし多くの共感を得られる意見だと思う」


 人間生きていれば、多くの後悔と対面する機会がある。

 それが色恋沙汰となれば尚更だ。


「隣のクラスの先生の失敗談なんて、また面白くてな。普段は口をつぐんでいるが、酒が入ればコロッと──」

「寅ちゃん、それはいいから」

「ん、そうか? ケッサクなんだが」

「えー私は聞きたい」


 確かに差し迫って重要な話ではないため、話の先を修正する。

 真面目な顔をして黙り込んでいる犬塚に対し、私は気楽な体で語りかけた。


「では前述のように、多くの者が相反する二つの後悔を抱えている。その前例をもってどちらかを選択しろと言われると、そりゃ難しい。犬塚よ、お前はどう思う。告白して後悔するのと、告白しなかったことを後悔するのはどちらがいい?」

「わからないな」

「そうだろう。どちらも失敗する展望なわけだからな、誰だってどちらも勘弁願いたいだろう。そこに明らかな差異はない、つまり等価だな。どちらの失敗がマシであるか、なんて葛藤は時間の無駄でしかない。では逆に、成功する展望に目を向けるとどうだろう?」

「どういうこと?」

「『告白してよかった』と思いたいのか、はたまた『告白しなくてよかった』と思いたいのか、ということだな。犬塚、お前はどっちがいい?」

「答える必要ある、それ?」

「つまりは、そういうことだな。以上をもって『告白するべきか否か』の問いの答えとする」

「言いたいことは理解できたけど……」

「うそっ。私、全然理解できなかったんだけど」


 渋々と納得した様子を見せる犬塚と、半ばから理解を放棄していた猿渡が、それぞれそのように反応する。猿渡から要望されて、犬塚が細かな説明を試みているが、上手くいかない様子だ。

 猿渡とて決して察しが悪い生徒ではない。悲しいかな数学の成績はあまり芳しくはないが、他教科においては犬塚にも引けを取らない優等生と聞いている。だが、人の理解には相性というものがある。物事の前提や背景をできうる限り把握したい者だっていれば、簡潔直截な物言いを好むものだっている。

 更に、ことは恋愛という人の感情に関する。

 理屈や損得計算だけで語り切れるような、明快な話ではないのである。


「つまり、後悔したくなきゃ告れってこと?」

「まあ、そういうことだな」


 私の言わんとしたこととは微妙にズレた結論を得ながらも、それだって立派な答えであるからには否定する理由はない。

 ただしかし。

 ふと思いついたことではあるが、これは伝えておきたいと思い、猿渡の発言に異を唱える。


「そう言うことではあるが、気持ちを伝える際には『後悔しないために告白する』なんて文言は口にしないようにな」

「え、何で?」


 彼女の疑問に犬塚も同意するような視線を送ってくる。

 私は、弟子に秘伝を授ける老師のような心境で口を開いた。


「もし運命の相手を好きになったのであるならば、何がどうなろうとも後悔なんてするはずがない。そうであれば、伝えるべき告白の言葉は『誰よりも、あなたが好きです』以外にはない」

 

 私の言を受けて、呆気に取られた様子を見せる生徒達。

 そして両名が出した感想はこうである。


「寅ちゃんはやっぱり馬鹿者だと思う」

「ほんとそれ。先生、勉強になります」

「ちょっと待て、今、鼻で笑わなかったか?」

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