社会の窓から始まる恋⑥
師匠との面会は週末の夜ということになり、私はそれまでの日々をただ漫然と過ごすことなく、行動を起こす。
辰村嬢からの協力をこぎつけたからには、多くの人物への運命の介入が可能となる。なんといっても亀の団の現団長であるのだ、その影響力には箔はないだろうが量がある。
しかし、古来より大きいものと群れるものは強いと相場は決まっている。
私個人の力のみでは物量に揉まれて、すり潰されてしまう可能性もある。こちらも対抗して頭数をそろえたいと考えるのは自然な成り行きである。
そうはいっても馬鹿な話だ。
まともな感性を持つ者に加勢を頼むことはできない。鼻で笑われてしまう可能性がある。よってまともではない感性の者に協力を仰ぐしかない。
「よう寅次郎。久しぶりだ」
鈴木である。
私の知る限り、羊に次いで酔狂な人物といえばこいつであった。つまり人類一だ。
そのようなことを思っていると、奴は私の頭部へと手を伸ばし、ぐわんぐわんとカイグリまわしてきた。
「なんだ出会い頭に──やめんか」
「なんだか不本意な感想を受けた気がしてな」
「相変わらず勘の良い奴め」
「やっぱりか──それで久方ぶりに連絡してきたのはいいが、どうしてここなんだ?」
今いる場所について疑問を受ける。
全体的に緑色をした広い空間に打席が設られ、ガシャコンという機械音と甲高い打球音が鳴り響く。繁華街の近くにあるバッティングセンターだ。
確かに数年ぶりに再開する友人が落ち合う場所としては、一般的とは言い難い。実はかつて鈴木とともに、とりとめもない会話を交わした場所でもあるのだが、奴の方は覚えていない。少しばかり寂しい感情を覚える。
「少々、真面目な話をしようと思ってな」
「真面目な話をどうして、このような古典的アミューズメント施設でしようと思うのか。理解に苦しむな。寅次郎は変わらず寅次郎か」
「なんだもっと前衛的な方が好みか? あれかVR体験施設というやつか。テレビで見たが、あれは実にアヴァンギャルドだ。傍から見ると滑稽そのものなのが特に良い」
「なるほど。ぎゃあぎゃあと喚く寅次郎を眺めるのは笑えそうだ」
「そこでどうして私なのだ?」
「他にどんな楽しみ方がある?」
軽口を交わしながらに各々に打席へと立つ。白球を打ち返す作業に没頭して、ある程度、打ち方に満足すると後部の座席へと控える。そしてやあやあと互いにヤジを飛ばしあうと、バットを介して白球が手足を痺れさせてくる快感が恋しくなり、また打席へと戻る。そのようにして、しばらく時間を過ごした。
特にあれこれと示し合わせもせず物事が進むので、本当に鈴木との関係は楽であった。
しかしながら、今回は楽ばかりをするわけにはいかない。
得られる助力は多いに越したことはない。更には私にとっても千鳥さんにとっても、奴は親しい間柄なのだ。その力が、どれほど大きいかは想像するに難くない。
さりとて私にも、面と向かって本心を打ち明けるのが照れ臭くて敵わない人物だっている。
バッティングセンターという場所を選んだのも、そこに理由がある。
ときに顔を合わせずに語り合える場所というのは重宝するものだ。
「頼みがあってな」
「言ってみるがいい」
私は鈴木に事の全てを語った。
私と千鳥さんの関係から始まり、そしてクリスマスの日について。
「それは難儀なことだな」
「私から話していおいてなんだが。信じるか、こんな話?」
「私を誰だと思ってるんだ。寅次郎が本気で語るなら、火星人だと言われても信じてやるさ」
「そうか、お察しの通り私は異星人なのだ」
「見えすいた嘘をつくな」
「話が違うぞ」
あまりにも平坦な対応に拍子抜けしていると「どうりで影がチラチラしていると思った」という呟きが聞こえて納得する。もとよりこいつは、この手の摩訶不思議な話には慣れっこな女だった。影というのはおそらく、羊のことを言っているのだろう。そうでなければ、怖い。
「それで私に何をしろと?」
「ああ、実は──」
私はこれからの計画について語った。
クリスマスの日において、私が何を実現せしめようとしているか、一切を包み隠さず。
思えば、ここまでアケッピロゲに企みを語るのはこいつが初めてだ。
千鳥さんにも、私の行動をなにかと気にかけてくる羊にも知られていない密計だ。それを最初に打ち明けたのが彼女だという事実に、驚きを覚えるとともに「まあ不思議な話でもないか」と納得する。そして奴の返答もまた、予想通りと言えるものであった。
「大変馬鹿馬鹿しい。結構。いいぞ寅次郎もっとやれ」
「お前はまた、不必要にけしかけよってからに」
「馬鹿をするのが貴様の仕事、それを眺めるのが私の仕事だ」
「またそれだ」
「いつかの私もそんな言葉を口にしたのか?」
鈴木の疑問に「ああ」と頷く。
これも好機かと思ったので、そのまま、言いたいことを全てぶちまけてやる。
「私はな、貴様のその傍観癖について物申しにきた」
「ほう?」
「たまには私と一緒になって騒いでくれてもよかろう」
「悪いな。私は貴様には馬鹿をさらさないと心に決めているのだ」
「それは何故だ?」
「何故だと言われてもな」
私が指摘すると、鈴木の奴は怪訝な顔をしている。
どうやら自覚がないらしく、重症である。
そうは言っても、私も奴の気持ちを理解しているわけではない。私と違って変わった奴なのだ。その心内にどのような葛藤があるのかは、分かろうはずもない。
ただ一つ、分かっていることがある。それはこいつが馬鹿をさらすことを心底嫌がっているわけではないということ。かつて、クリスマスの駅前広場を私と共に駆けたこいつは、清々しいほどに楽しんでいた。今は無かったことになってしまった時間において、『今日という日は本当に楽しい』と語ったこいつの笑みは本当に嬉々としていた。
それを思い出しながら、私は言う。
「かつて貴様は私と千鳥さんに言ったのだ、我々は『特別な相手』なのだと。そして『三人一緒に馬鹿をするのはこれが最後』のつもりだと。冗談ではない。そんなのは許されることではない。もしも万が一にだ、私と千鳥さんが仲違いを起こしてしまったとしたら、いったい誰がその仲を取り持つというのだ」
「その場合、間違いなく私は千鳥の肩を持つから敵が二人になるだけだぞ。大抵のことは寅次郎が悪い」
「やかましい。ああ言えばこう言う」
「事実なんだが──」
勢いこんで言葉を紡ぐと、鈴木は呆れたようにボヤいている。
私はというと、これから言おうとしている言葉のあまりの照れ臭さに、妙なテンションに陥ってしまっている。しかし、そうでもしないと口にすることはできないだろう。まさかこの大学時代からの悪友に、こんな言葉をかける日が来るとは思いよらなんだ。これならば千鳥さんに愛の言葉を伝える方が、まだ照れなく言えるだろう。惚れた相手に好意を告げることは、恥じいることではない。しかし相手が鈴木であり、伝える台詞が青春真っ盛りの学生たちのような青臭い言葉となると、また話が違う。
私は覚悟を決め、軽く息を吸い込んでから、一息に言ってやることにした。
「私とてな、貴様のことを大事な相手だと捉えている。だから寂しいことを言うなよ──親友」
あまりの照れ臭さにさぶいぼが出た気がする。
鈴木の方はというと、珍しくキョトンと間抜け顔をさらしたかと思うや、途端に大声で笑い始めてしまった。そして大笑が治まるのを待てば「そうかそうか。お前はそんな風に私を思っていたのだな」としたり顔だ。それがまた腹立たしい。
「親友かそうか親友か、嬉しいことを言ってくれるではないか。そしてそんなことを改まって言われるのは、ちと気色悪い。さすがは寅次郎だ」
「貴様は、どうしても私を貶めないと気が済まんのか?」
「ああすまん。しかし嬉しいと感じているのは本当だぞ。けれどもう二度と言わなくていい。当人に面と向かって言われると、薄ら寒くて仕方ない」
「私とて、そのつもりだ」
渋い気持ちで言ってのけると、奴は楽しそうに笑った。
どうやら、私の気持ちは伝わってくれたようである。
「それでは一緒に馬鹿をしてやるくらいの度量は見せてやらんとな。そうだろう親友?」
彼女の笑い声は本当に気持ちよく響き渡り、私はそのありがたさに感謝した。
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