社会の窓から始まる恋⑤
他者へとちょっかいをかけるにあたり「二代目ラブラビット」という肩書きは都合が良く、私は師匠の助けを得ることを決めた。それでなくても、師匠はその人生に横槍を入れたい人物の一人だ。そのために彼の孫娘である辰村嬢への接触を試みた。
ここで時間を繰り返した経験が活きる。
思い起こせば彼女とは何度か邂逅している。
場所は必ず「あんたが大将」という変哲もない飲み屋である。
私は彼女の姿をそれまで見たことはなかった。なので一見さんかと思っていたが、店の大将へと確認を取ると、どうやら私とは来店周期の異なる常連客であるらしかった。私はこの店の常連客ではないが、そういうこともあるものだなと納得する。
大将から詳細を聞き、店内にて待ち構えていると程なく辰村嬢が来店する。
「お嬢さん、楽しそうに飲んでますな」
「酔っ払いが気を大きくして話しかけてきました。ハラスメントですよ」
かつて彼女が話しかけてきた台詞そのままに話しかけてみると、そのような返答を得た。
道理に合わない。
とはいえ、この店の常連客らしく酔客からのカラミには寛容であるようで、話を聞く姿勢は見せてくれる。問題はここで彼女の気をひける話ができるかである。
そうは言っても答えはすでに出ている。繰り返す時間の中で彼女が興味を示す話題というのは決まっており、それをそのまま話すだけでよい。
私が「先日のこのようなことがありましてね」と話し出すと、彼女は興味深そうに聞いてくれる。内容は運命の出会いについて、私の知見をもとに様々な切り口で持論を展開したが、結局のところ、彼女が食いついてくる話のツボはいつも同じであった。
「しかし社会の窓を開けっぱなしにねぇ」
「故意ではない」
「未必の故意って知ってます?」
「ええい、だから私は無実だと何度言えばよい」
「はて、おかしな物言いですね」
呟いてから辰村嬢はジョッキを仰ぐ。
そしてプハッと豪快な息を吐いてから、楽しそうにしていた。
それを見て尋ねる。
「思い煩いは解消されたかな」
「ん、どうしてそんなふうに?」
「十二月の『行事』について悩んでいたのだろう。どのような企画をするべきかと。私の話で大まかな全体像を思いついたのだと、そう聞いている」
「そんなこと話しましたかね?」
「いいや、していない。今のは未来のあなたから聞いたのだ」
私がそのように発言すると、ジョッキを口につけたまま胡乱げな目を向けられる。だが、もとより器用な立ち回りを得意とする身ではない。正直に話してダメだったらば、また別の方法を考えるのみである。
私は彼女に、全てを話した。
私が未来を知る人間であること。
亀の団とラブラビットのこと。
十二月の『行事』のこと。
そこで起こる騒動のこと。
全て話し終えた後に彼女を見やると、変わらぬ視線で私を見ていた。
「信じてくれるかな?」
「当然、信じるわけはないですけど」
「まあ、そうだろう。しかし私の提案には興味があると?」
「悔しいですが、面白そうです」
私は彼女にある提案をした。きたる十二月のクリスマス、亀の団が行う大行進の日に『亀の団とラブラビット』の対立の構図を復活させるのはどうだろうかと。
つまりは長らく不在だった怪人を甦らせようというのだ。
彼女はそれを受けて天啓を得たかのように顔を輝かせる。酔っ払いというのは感情が分かりやすくて良い。
「そこで一つ頼みがある」
「なんでしょうかね」
「君のお祖父さん、卯野善之助氏と面会したい。紹介してもらえないだろうか」
「そこで祖父の名前が出てくるということは、本当に全てお見通しなんですねえ。なんだか未来からやってきたという話も信じてしまいそうです」
「ふふん、今更そんなこと言ってももう遅いぞ」
「じゃなければ興信所でも利用したか、はたまた、ストーキング紛いの変質者ってことになります」
「何事も遅すぎるということはない。今からでも純真無垢の精神を思い出すがよろしい」
「残念ながら思い当たりがありませんねぇ、そんな時期」
そのような戯れ言を交わして、私たちはジョッキを傾ける。そのままクリスマスの日における、具体的な行動案について話し合った。実現可能かは脇に置いた夢想を語り合ったようなものだが、有意義な論議ができたと満足する。
「分かりました。胡散臭いのはこの際、目をつむります。お兄さんの提案に乗っかろうじゃないですか」
「寛大な配慮に感謝する」
「しかし、どのようにしてウチの祖父を引っ張り出すつもりですか。孫の私が言うのもなんですけど、相当な偏屈ジジイですよ?」
「まあ、どうにかするつもりだ」
妙案があるわけではないが、このようなことを伝えようという心づもりはある。説得を成功させるためというよりも、師匠に対してどうしても言っておきたい言葉だ。それでダメならば色々と諦めもつく。
「ところで一つ聞きたいのですが?」
「なんだろう」
気分良く麦酒を飲んでいると、辰村嬢から尋ねられる。
彼女は一度、照れ臭そうにして言葉を詰まらせると、すぐに苦笑するように口を開いた。
「お兄さんが未来から来たのが事実だったとして、先の私にその……いい人が出来たりしなかったのかなー、なんて──」
「ああ変わらず独り身だったぞ、安心するといい」
「ふざけんじゃないですよ、このエセマーティマクフライ」
「私にあたるのは遠慮してもらおう」
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