男女の友情⑧

 年末の繁華街というものは極めて華やかなものだ。それも「あの日」の間近とあれば、品性を感じさせる厳かな雰囲気を伴う。落ち着いた、それでいて興奮を掻き立てる美しい光の下、私達は集まった。


「お待たせしました」

「おう、寅次郎。ご苦労」


 私を見つけて両名はそれぞれ、そんな対応を見せる。千鳥さんと鈴木の二人だ。今日は牛尾氏の話を聞くために集まった次第である。ただ、指定されたのが遅い時間帯であったために、こうして三人で夕食をとろうと先んじて集合している。

 品書きは水炊きだ。

 寒いから鍋をつつきたいと鈴木が提案して、それならばと私が適当な店を見繕った。繁華街を抜け、喧騒から外れた立派な門構えの店舗に入る。まるで、ちょっとした料亭のような趣だが、これでも大衆料理店であった。座敷に通された私達は、幾つかある座卓の一つへと案内された。

 机の中央には大きな鉄鍋が置かれており、白濁した出汁が注がれる。そこに和服を着た店員が鶏肉の塊を投入して、一度、鶏肉だけで食べてみろと勧めてくる。それに従い、十分に火の通った頃合いを見計らって口の中に放り込んでみた。美味い。獣の肉と言えば牛や豚ばかり食べたものだが、最近は鶏肉が美味い。少し自らの臓物を心配するが、今日ばかりは憂いなく大いに飲み食いしようと思うばかりである。私達は野菜などの具材を惜しみなく投入すると、ぐつぐつと煮えたぎるのを待ち、片っ端からそれを食らっていった。合わせて麦酒も喉へと流し込む。

 周りを見ると鈴木が私以上に飯にがっついている。千鳥さんは上品にも落ち着いてはいるが、それでも箸がすすむのは止められない様子である。喜んでくれたのは何よりであった。しばらくは三人で美味い美味いと、鍋に箸を入れては柑橘の香りがするポン酢へと具材をおとして、口の中に放り込む。


「水炊きとはこんなに美味しいものでしたか」

「何を言っているんだ千鳥。私は鍋の中で一番これが好きだぞ」

「私はすき焼きだな、牛には勝てん」

「私はもつ鍋でしょうか、この前に食べ損ねてしまいましたし」


 そんな風にして、三人で好きな鍋についてひとしきり盛り上がる。年末のどこの飲み屋においても見られる、ごく一般的な風景だと言えるだろう。

 私が鶏肉に春菊を絡めて、口一杯に頬張っていると、ジッと千鳥さんがこちらを見てくる。どうしたものかと疑問に思うも、口内には熱い具材が陣取っているために問い質すことができない。私がはふはふとしている間に、千鳥さんは視線を隣へと移す。そこには頬袋を膨らませるげっ歯類の如く、口腔内に食物をかっこんでいる鈴木の姿があった。


「二人はよく似てる」

「そうか?」


 心底不思議そうに鈴木が尋ねている。私としても奴と似ていると評されるのは不本意である。千鳥さんは確信を持ったように「ええ」と頷くと、私へと向き直り、神妙な顔をして尋ねてきた。


「二人は……その、お付き合いしていたことなどはありますか?」


 私と鈴木は互いに目を合わせてしまう。つまり千鳥さんは奴と私が、男女の仲として交際していたのかと問うているようであった。

 懐かしい感覚だ。私と鈴木はよくつるんでいた。気が合ったからである。しかし互いに異性でもあった。そうなると、その仲を邪推するものは多く、その類の質問はかつて頻繁に聞かれたものであった。私においても、そのように他人から唆されてしまえば意識しないわけにもいかず、大いに悩んだ時期が存在した。私達の関係とはかくあるべきかと。それはもう悶々と三日三晩考えとおしたものだ。私は別に奴のことを女性として見ていないということはない。そこまで礼を失するのは紳士としてあるまじきことである。だが同時にある願望を彼女に持ち合わせていることに気づいた。

 今のままが良い、と。

 私は鈴木との友人という立ち位置に、心地よいものを感じていたのである。しかし、ことはもちろん私一人の問題ではない。私が独り相撲をとり、結果として悲しむ者を生んではならぬと意気込んで、自らの気持ちを洗いざらい目の前の女性に打ち明けたのである。すると奴はきょとんとした顔をみせると、かつてないほどに大笑いした。そして言うには「私は寅次郎のことをこれぽっちも意識したことはないぞ」とのことである。まさに私の独り相撲であった。

 あのときの恥辱を、私は生涯において忘れえないであろう。


「そのような事実はありませんね」


 故に私は断固とした意志を千鳥さんに示す。


「そうさなぁ、寅次郎が坊さんだったのであれば考えてやらんこともなかった」

「貴様は、まだそんなことを言っているのか」

「そらそうだ。私は伴侶にするには坊主と心に決めている」


 それは学生時代からより、奴の常套句であった。聞けば、奴が何かの苦境に立った折に僧侶に救ってもらった、というのが理由らしい。ならばその坊主に懸想すればよいものを、相変わらず変な女であった。


「そうなのですか」


 千鳥さんは、事情を理解したのかそうでないのか、分からぬ返事をした。

 その後は、話題も当り障りないものへと戻り、私達は美味い鍋へと心血を注いだ。

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