男女の友情③
ふと、昔の友人について思い返していた。
そいつは私の数少ない異性の友人であり、大学生時代の悪友である。
性格は苛烈にして、容赦や手加減といった言葉を母親の胎に置き忘れてきたような女である。加えて物事を白か黒かに分ける悪癖があり、奴の手によって生まれた社会的二極対立構造というものは数知れず。それにより憐れにも引き裂かれたロミ夫君とジュリ子さんすら存在する始末である。そんな具合であったものだから奴の敵はすこぶる多かった。
『恨みはらさでおくべきか、たとえ犠牲があろうとも』という迷言があった。
真偽はわからぬが、奴は時折に見えないモノを見てしまう類の輩であった。本人が大っぴらに吹聴している事柄ではなかったために私自身は気にも留めてはいなかったのだが、奴のことを気に食わぬ友人達の一部が、その虚実を確かめようと思い立ったのだ。心霊現象にかこつけて奴の身辺にて嫌がらせを繰り返したのである。奴の自宅に侵入しては鏡に血文字を刻み、毎夜怪奇音を響きわたらせては睡眠を妨害する。決して褒められる行為ではなく、それどころか悪質極まりない。だが、そのときを境に奴がその過激な気性をひそめる様になったのは事実である。それを確認した偽幽霊達も大いに満足したようで、そのようにして事態は収束していくものと思われた。しかし奴が黙って引き下がるわけなぞなかったのである。
そこからの話には私も関わってくる。それまで事態を知らず安穏と暮らしていた私を、あろうことか奴は拉致したのだ。そして話を聞いてみれば仕返しをするから手伝えと言う。具体的に何をするのかと尋ねれば偽幽霊達を心霊スポットに押し込めて懲らしめるという。それぐらいならばと私は了承した。偽幽霊たちの行いは義憤を覚えるものであったからだ。それに心霊スポットといえど地域では有名な場所であり、いままで幾多の不届き者達が徘徊して、ある意味で安全が保障されている場所である。そこまでの危険性はない。私達は偽幽霊達を言葉巧みに誘導して、深夜遅くにそのスポットへと押し込めたのである。
結果は惨劇であった。
詳細については言及を差し控えたい。私の頭が思い出すことを拒否しているからだ。
私は奴の口車に乗せられて案内役として偽幽霊達とともにその場にいたのであるが、あれが奴の差し金であるということを理解していなければ、他の者同様に発狂していたに違いないのだ。『お願いだからここから出して』という快活であった女子のすすり泣きが、未だ私の耳には残っている。そのあまりの迫真さに、はたまた、あれはその場には存在しない者の声であったのではと今でも考えそうになる。
私は事が終わると即座に奴へと詰め寄った。
すると先の迷言を残したのである。犠牲とは私のことだ。
とんでもない女である。
その後に付け加えてきた「話は通しているから、ツカレルこともないさ」という言葉は私の聞き違えだろう。もしくは奴なりの「オツカレさま」との労いの言葉だったかもしれない。とにかく今後この方面の話で奴と関わり合いになることは避けるべしと、固く己に誓うばかりであった。
そんな気のおけない友人であったが、奴が今はどこで何をしているのかは知らない。
大学を卒業してからというもの、連絡を取ったことはない。必要がないから別に良かろうと思いあえるのが私達の関係の良い所である。ではどうして思い出しているのかというと、猿渡の相談事を受けてからより、ぼんやりと考え込んでいるからだ。
男女の友情というものについて思いを馳せるとしたならば、奴が想起されるのは私の人生を省みるに避けようはない。滅茶苦茶な奴ではあったが、あれで気の良い人物であった。あれほどに気のあった女性は他にはおらず、かけがえない存在とも言えるだろう。しかしあくまで友人としてである。例えばあの新月の女性と同様の関係になりたいかと問われると、それは違うと声を大きくして述べたいところだ。
私はもっと互いを尊重しあう関係がよい。
望むべきは、決して互いの足の指先で欠点をあげつらっては笑いあうような間柄ではないのだ。
そしてもう一つ、こんな愚にもつかない考えを起こしているのには理由がある。
「おお、寅次郎じゃないか」
「鈴木……お前、酔っているな」
駅のホームにて偶然にもそいつと再会したからである。
酒臭い息とともに学生時分よりもちっとも変わっていない、へべれけた呑兵衛の笑顔を向けてくる彼女は、私の首筋へと腕をまわすとグリグリとかいぐりまわしてくる。その所作には遠慮がなく、はっきり言って痛い。
そして更に特筆すべきことがあった。
「どうして、貴様が彼女とともにいる?」
「久々に会って反応がそれとは良い度胸だね」
「ちょっと陽子、やめなさい」
奴はどうしたことか、一人の女性と行動をともにしていた。
美しい人であった、何よりも佇まいに気品が溢れている。今は悪ふざけをしている友人に対してちょっとした怒気を発しているが、それも乱暴なものではなく、友人を正しく窘めようとする慈愛を感じさせた。
そして私が懸想した新月の女性、その人だったのである。
「友人がすいません。えっと……初めましてでしょうか?」
「いえ、お気になさらずに。それに以前お会いしたことがあります」
「やっぱり」
楽しそうに笑う彼女の姿は綺麗だった。
私はというと、彼女もまた私を覚えていてくれたこと、そしてこのような偶然の邂逅に、驚きを隠せないでいた。やはり私達は出会うべくして出会う、まさしく運命だったのだ。
私はこのような僥倖をもたらしてくれた天に感謝をささげる。
「あん、なんだてめ。私の嫁に色目使ってんじゃあねえよ」
「ええい、いい加減に放さんか、貴様は」
「放すものか、これから二軒目に行くからちょいと付き合え」
「それは構わんが」
「よし、お財布確保」
「そちらの彼女の分だけ快く払わせてもらおう」
「ふざけるなよ貴様」
「己を省みてからものを言え」
しかし、あまりに多くを願いすぎるのはごうつくばりだと理解しているが、それでも思わずにはいられない。
どうして貴様がここにいるのだ。
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