恋する馬鹿者⑩
どの街においても地域特有の肴話というものはあるものだ。
人々はときにまことしやかに、ときに鼻で笑いつつ、娯楽性の強い小噺を楽しむ。
あの場所で結ばれた二人は幸せになる、あのゴミ屋敷の下には前住民の死体がある。それは街の名所を舞台にしたロマンスであり、はたまた怪談じみた都市伝説であったりするだろう。そして我が街における有名な小噺は、少々突飛に過ぎるものであった。
ラブラビットと亀の団。
それはかつて我が街にいたという一人の怪人物と一つの団体についての話。
その二者は対立し、様々な抗争を繰り広げたのだという。
よって話題は多岐にわたり、その全貌を把握している者なぞいないであろう。私においても酒場にて偶然耳に挟んだ一つかしか知らないのである。
それは両者の邂逅の場面であった。
むかしむかし、如何程の古くなのかは見当もつかない。
とある目的に賛同した有志が、奇しくも現在の私と千鳥さんのいる大広場にて会合を開き、往来の人々を混乱の坩堝へと叩き落したという。それは凄まじい光景であったらしい。女子供は泣き叫び、屈強な大男であろうとも怖気づかぬわけにはいかぬ、阿鼻叫喚。それでも有志達は振りかざす暴挙を止めようとはせず、被害は拡がっていくと思われた。
だが、その騒ぎを治めた人物がいた。
彼こそを、人呼んでラブラビットという。
彼は荒ぶる有志達に告げたのだという「鎮まりたまえ」と。
しかし、頼まれたからと正気を取り戻す者ならば、そもそも乱れたりはしない。有志達は言うことを聞かず、暴れまわることも止めはしない。そこで兎は有志の中から一人の男を指名した。「さしあたって、こいつの願いを叶えてやるから」有志達は言う「やれるものならやってみろ」と。
そこで兎は睥睨し、その場から一人の女性を見繕い男と立ち合わせた。すると不思議なことが起こった。この不思議なことにあたる出来事は論者により意見が変わるため、本当は何が起こったのかは分からない。だが結論だけは一緒である。
男女が結ばれたのである。
これには有志達も納得せざるを得ず、兎を認めた。そして烏合の衆は解散し、めでたしめでたしと相成る。しかしこの話には後日談もある、有志達はあまりの唐突な出来事につい流されてしまったが我に返ると気付いたのだ。「利を得たのは男一人だけではないか」と。そうして有志達はその後においても度々に騒動を巻き起こし、兎と長きに渡る因縁の対決を繰り返す。それは兎の姿が雲隠れのように消えてしまうまで続いたのだという。
その逸話が我が街の酒場ごとに連綿と語り継がれているのだ。
これを初めて聞いた者は大抵、鼻で笑う。もしくは語り聞かせた者の正気を疑う。その度に語り部たちは答えるのだ「嘘だと思うのならば冬の日に駅前広場を注目してみるといい」と。
亀の団、正式な名を「清く正しい交際を推奨する亀の団」という。
まさかではあるが実在する。
彼等の目的はその名前のとおりである。しかしその一見崇高にも見える大義名分も形骸化され、目的がすり替わってより久しい。いや、最初から張りぼての様な建前であろう。
彼等は街行くカップルを見つけては、その恋を「不純」と断定し、怨嗟のシュプレヒコールを張り上げる。要はやっかみである。
人々からの通称を、しねしね団という。
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