第34話 のっとり

『――スリープシステムの人工知能が、この事件の首謀者?』

「そうだ。確定事項ではないが、これまで起こった事項を鑑みるに間違いないだろう。まったく、なんと厄介で面倒なお伽話だ。癒えたはずの腰が痛むよ」


 カメは通信機器を通し、北風に自分の推理を伝えていた。現在指揮を執る太陽に連絡するより、まず全体を俯瞰しているであろう彼の部下に知らせ、判断を仰いだ方がいいと思ったのである。

 北風は、意外にすんなりとカメの言葉を受け入れた。


『常識的にあり得ませんが、それで筋が通るのも事実です。しかし、そうだとすると、何故火鬼投総監は太陽さんに真実を伝えなかったのでしょう』

「フン、スリープシステムがバグったとなれば大問題だからな。大方、この期に及んで内々に処理しようと悪足掻きしているのだろう。……よもや本当に知らなかったなんて、そんなバカな話じゃあるまい」

『分かりました。この事は、すぐ太陽さんに知らせます』

「おや、いいのかい? サルが敢えて知らせなかった可能性だってあるんだぞ?」

『だとしても、私は彼の部下です。互いの認識に齟齬が生じないようにしなければ、混乱が生まれるだけです。……太陽さんは直情的ですが、愚策を弄する人ではありません』

「素晴らしい信頼関係だ。一度でいいから、そういう事を言ってみたいものだねぇ」


 「スリープが暴走してるってマジ!? オメェがボケてるだけじゃねぇの!?」と喚くウサギを足で遠ざけながら、カメは皮肉たっぷりに言った。北風はそれに答えず、太陽との通信をカメと共有させる。


『北風です』

『おお、どないした』

『カメさんから新しい情報が入りましたので、連絡しました。今よろしいですか』

『おう。なんや?』

『今回の事件の首謀者――比丘田の共犯者が分かりました』

『……は』

『スリープシステムの人工知能が暴走し、その結果スリープ者を操って暴動を起こしているんだそうです』

『はぁぁ!?』


 平坦な北風の報告に、通信機の向こうの太陽は大いに動揺したようだった。


『それホンマか!?』

「ホンマだよ、太陽君」

『うわジイさんおるやん。いや、総監そんなこと一言も言うて無かったけど……!』

「そこに何か意図があるかどうかは知らん。まぁそれも踏まえた上で、暴動の鎮圧をよろしく頼むよ」

『えぇー……エラいことになってもうてるぅ……』


 カメの目に、頭を抱える太陽の姿が見えた気がした。だが、グズグズと思案する時間は無い。それをよく理解する太陽は、すぐに気を取り直して北風に尋ねた。


『北風、改めて全体の状況を教えてくれ』

『警察側が優勢です。全体をとりかこみ、一人ずつスリープ脱走者を無力化し保護する作戦が吉と出て、敵側は少しずつ数を減らしています』

『負傷者は』

『警察五名、スリープ脱走者七名。いずれも軽傷ですが、Aが五錠、Cが八錠盗まれました。現在Aのみ使用を確認しています。Cは、まだ能力の発露が見られません』

『民間への被害も無いな?』

『ええ。適宜街の防犯カメラも見ていますが、スリープ脱走者は全員、ここ警察本部前に集合しているようです』

『ありがとう。ほな、ひとまずは現状の作戦でいこか』


 スリープシステムからのアクセスを遮断できればいいのだが、うまいやり方を取らねば、逆にスリープ脱走者の脳に負担がかかってしまう。操られているせいか彼らの痛覚は麻痺しているようで、反応を見ながら対応を変えるということもできない。こうなると人海戦術しか方法は無く、相性のいい能力を組み合わせた警察官らをぶつけ、一人ずつ脱走者を保護していくという手段を太陽は取っていた。


『……総監が、どういう意図から黙って僕にこの役を任せたのかは分かりません。でも、ホントのとこを教えてもろた所でこのやり方しか選べんてのは、歯痒いですね』

「退屈を案じているのなら安心したまえ。人工知能は学習してなんぼの存在だ。やがて手酷く反撃してくるだろうよ」

『嫌な予言せんといてくれません?』


 その時である。突然、ブツリとカメの通信が切れた。

 バッテリー切れかと思ったが、バイクから見下ろした警察官らも戸惑っている様子を見るに、これは全体に起こったトラブルのようである。

 カメは、ボサッと空を見ていた運転手の頭を叩いた。


「ウサギ」

「んぁ、終わった?」

「通信が切れた。太陽君の元に行くぞ。恐らくだが、回線がスリープに乗っ取られた」

「げ、何それ。分かった、急ぐわ」


 そう言うと、ウサギはアクセルを回した。加速する機体は、まっすぐ太陽のいる本部入り口へと飛んでいく。


「ウサギ、下手に真正面玄関から入るなよ!」

「わぁーってるよ! 最初からこうするつもりだ!」


 バイクの前輪が跳ね上がり、ウサギは入り口上部にある天窓の上でペダルを踏んだ。途端にバイクはただの重たい物体となり、重力に引かれるまま窓に向けて落ちる。


 決して、齢六十二のジジイがやっていいことではない。いや、何歳であれ一発で免許停止になる事案ではあるのだが。


「来ると思てましたけども!!」


 窓ガラスを突き破って落下してきたバイクに、下にいた太陽も思わずツッこんでしまった。

 彼の隣にバイクを着陸させ、ウサギはゴーグルを額に上げる。


「通信回線が乗っ取られたって聞いたぜ! ヤベェじゃねぇの! これからどうする!?」

「……こうなった時に備えて、一つ水面下で進めてた策があります。ウサギさん、僕を乗せて空飛んでくれませんか」

「はいよ。カメ、詰めろ」

「うむ」


 入り口は大きな板のようなもので覆われ、巨大なビスが打ち込まれてあった。どんな能力に由来するかは分からないが、警察官らが作ったバリケードである。


「すまん、ちょい出てくる! もう少しの辛抱頼むで!!」


 バイクに跨った太陽の一声に、警察官らが応える。太陽がしっかり頷いたのを確認し、ウサギはバイクを浮かせた。

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