第33話 犯人の正体

 そして、とうとうタイムリミットが訪れた。無数の圧力により蝶番ごと外れたドアから、羽を持った侵入者が雪崩れ込んでくる。


「それじゃ話した通りよ、クローンちゃん! せいぜい気をつけなサイ!」

「オーケー、サルさん!」

「ねぇさっきからずっと思ってたんだけどなんでアンタアタシに対してちょっと馴れ馴れしいノ!?」


 ガスマスクを被った青鳥と火鬼投は、狭い室内で二手に別れる。二人の手には、大きな膜の張られた棒。


「ラァァァァァァッ!!」

「セェェェェェェッ!!」


 同時に駆け出した二人の間に張られた膜に、次々と虫が引っかかっていく。ある程度集めた所で棒を投げ捨てると、残る虫をかいくぐり二人は壊れたドアに突進した。


 しかし、素早さでは当然虫に敵うはずもない。火鬼投の行く手を遮るように、数匹の虫が飛びかかってきた。


「サルさん!」

「ハァイ、やっちゃって!」


 青鳥が割り込み、鉄パイプ(カメの机で発見)を振りかざす。鉄パイプにつけられたシャボン玉のような泡が虫に接触し弾けるや否や、虫は数本の足を縮めて床に落ちた。

 なかなかの威力に、青鳥は少し感動する。


「おおー……うまくいくもんですね、毒ボンバー」

「何そのセンス無い名前! アタシ認めないわヨ!」


 火鬼投の作った膜に青鳥の血を少量閉じ込めれば、触れれば即死の毒泡の出来上がりである。青鳥の毒は空気に混ざれば五秒足らずで無害になるので、ガスマスクさえつけていれば近くにいても問題ない。


 ……問題ないよな?


 一応、念の為にタオルで頭を覆い、手袋を着けている青鳥らであった。


「クローンちゃん、急ぎなサイ!」

「は、はい!」


 しかし、こんな事をちまちま繰り返していてもキリが無い。

 逃げる火鬼投を援護し、青鳥もドアから外に出た。


「いいわね!? いくわヨォ!!」


 火鬼投の合図に、青鳥は爆竹(ウサギの机で発見)を部屋に放り投げる。それを確認した火鬼投は、壊れたドアの隙間を長身を生かしてピッタリと膜で覆った。

 二人を捕らえようと虫が一斉に飛んでくる。だがその前に、破裂した爆竹が床に仕掛けられた毒泡を壊し、部屋中に猛毒を撒き散らした。


 いっそ爽快なほどにボトボトと落ちていく虫には目もくれず、火鬼投は虫の主人に体を向け、大声を上げる。


「さぁ観念なサイ、ウサギちゃんの奥様! 虫がアナタを囲んでいないトコを見ると、もう錠剤も残ってないんでショ!?」

「え、この人がウサギさんの奥さんなんですか!? はぁー、言われてみれば……」

「……」


 鹿子は、ぼうっと立ち尽くしたまま動かない。その目は虚ろで、まるで夢遊病患者であるかのようだった。

 だが、急に体が前のめりに倒れたかと思うと、彼女は前傾姿勢のままヨタヨタと火鬼投に向かってきた。

 火鬼投は舌打ちをし、そんな彼女の前に歩いていく。


「体は限界。なのにまだ動かすつもりかしラね、アイツは。……やっぱ、ちょっと手荒な事してでも止めましょうカ」

「何をするんです?」

「ん?」


 彼の手には、アルミホイルのようなものが握られている。


「……アクセスを断つのヨ」


 火鬼投は走り出し、鹿子を押し倒した。そしてそのまま、アルミホイルで無抵抗な彼女をぐるぐる巻きにしていく。


「ええええええええ!?」

「いいから手伝いなサイ! 一瞬でも全電波を防ぐのヨ!」

「電波防ぐ前に窒息しますよ!」

「アタシの膜で最低限の酸素は確保してるから大丈夫! つべこべ言わずに足から巻いていきなサイ!」

「手荒過ぎる……!」


 ひとまず命令通りに、青鳥はアルミホイルで彼女の体を巻き尽くした。それからトドメと言わんばかりに、火鬼投は鹿子の後頭部に小さな機械を押し付ける。体がビクンと跳ね、彼女は動かなくなった。


「――これでヨシ。さ、アルミホイルを外してあげまショ」

「……彼女に何をしたんですか」

「別に。ちょっと操り人形の糸を切ってあげただけヨ」

「それが、さっき言ってたアクセスを遮断するって事ですか」

「……」


 火鬼投は青鳥の方を見ずに、手早くアルミホイルを剥がしていく。部屋の中の虫も全滅したのか、打って変わって不気味なぐらい静かであった。

 意識を失った鹿子を見ながら、青鳥は全身タイツの男に疑問をぶつけた。


「……比丘田の協力者が、この人を操ってたんですよね」

「ソーヨ」

「何者なんですか、その人」

「アンタには関係……無くは無いわネ。何なら思いっきり狙われてるわネ」

「敵を知らないことには、オレも自衛の対策を取りにくいんです。教えてくださいよ」

「……知った所で、アンタに対策なんか取れないワ。なーんも知らないまま、アンタは大人しくあの虫の死骸でも片付けてなサイ」

「そうですか」


 つれない返事をする火鬼投に、青鳥は「仕方ないなぁ」と手の中の小瓶をカラカラと振って見せた。その音に反応した火鬼投は、慌てて自分のポケットを探り、彼を睨みつける。


「アンタ、いつの間にアタシの錠剤を……!」

「ちょっとスりました。まさかこんなにあっさりスれるなんて思いもよらず……」

「返しなサイ!」

「協力者が誰なのか教えてくれたら返します」

「一般人に機密事項教えられるワケないでショ!」

「おや? オレはクローン人間ですよ。しかも敵に狙われてる、一般人とは言い難い問題児ですが」


 苦虫を噛み潰したような表情をする火鬼投に、青鳥は言った。


「……サルさん、オレにも協力させてくれませんか。作戦に組み込んでも、餌に使ってくれても構いません。オレを作り出したあの事件が終わってないのなら、ちゃんと理解して片をつけたいんです。……これからも、オレが生きていく為に」

「……アンタ、自分がどれだけワガママ言ってるか分かってンの?」

「先程、偉い人間様に図々しくあれと言われたので、早速実行しているだけですが」

「ハァン? 手癖だけじゃなく意地も悪いのネ、クソクローン」


 大袈裟に息を漏らし、火鬼投は腰に手を当てる。そして、不愉快そうに青ジャケットの彼にその意志を確かめた。


「……やっぱ聞かなかった事にってのはナシよ。一度アタシ達側に付くって言ったンなら、骨の髄までアンタを利用させていただくワ」

「承知の上です」

「フン」


 火鬼投の薄い唇が動く。


「――スリープよ」


 それが、比丘田の協力者であり、今回一連の事件における犯人の名前であった。


「自我が芽生えたスリープシステムの中枢を司る人工知能が暴走し、眠っていた人を目覚めさせ、意のままに操っている――。これが、この事件の真相なの」

「……!」


 呆然とする青鳥の手から、火鬼投は錠剤の小瓶をむしり取ったのであった。

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