第32話 足掻いて
「ヒャァァァキッモォォォォイ!!」
火鬼投の悲鳴に、青鳥は思わず耳を塞いだ。
……案外、落ち着いていられるものである。いや、これはひとえに隣にいる男のおかげかもしれない。こんな反応をされると、せめて自分だけは冷静にと思わざるを得なくなる。
「落ち着きましょうよ、サルさん。さっきの一匹がちょっと増えただけじゃないですか」
「イヤーッ! ダメダメダメダメ!! アタシ実は昔から虫がダメなの!!」
「あなた偉いんスよね? しっかりしてくださいよ」
「むしろなんでアンタそんな落ち着いてられんノ!? まさか巡り巡って首謀者なんじゃないでしょうネ!?」
「ンなワケないでしょ。オレ多分一番状況分かってないですよ。まあ強いて言うなら、もっとキモいのが目の前にいるからかもしれませんが」
「ンマァ! アンタもしかしてカメよりムカつくわネ!?」
いくら今助けようとしてくれているとはいえ、かつては自分を殺そうとしてきた人間である。優しくする義理は無い。
青鳥を睨みつけながら、ようやく火鬼投は落ち着いてきたようだ。だが、落ち着いた所で何か変わるわけではない。むしろ、虫はますますその数を増してきているようだった。
「……ネェ、この部屋ってあのドア以外に逃げ場はあるノ?」
「オレの知る限りではありません」
「うげぇ、アタシやぁよ? 気色の悪いクローンと心中するなんて」
「オレも気色の悪いオカマと心中するなんて真っ平ゴメンですが」
「あらぁん、ジェンダー差別だワ。やっぱクローンって廃棄すべき」
「ジェンダーの問題ではありません。シンプルにあなたという一個のオカマが気持ち悪いんです」
「言うわねクソクローン」
言い合う二人であるが、彼らの目はミシミシと音を立てるドアや窓に向けられていた。その密集する虫の隙間から、一人の女性がこちらを見ていることに気づく。
「……彼女が、能力者ですか」
「そ。言っとくけど、やっつけちゃダメヨ。あの人は操られてるだけだから」
「比丘田の協力者にですか?」
「……まぁネ」
青鳥の質問に、火鬼投は言葉を濁した。知らないというよりは、種明かしを渋っているように青鳥は感じた。
「それより、この場を切り抜けるわヨ! アンタクローン人間なんだから、錠剤能力の一つや二つ持ってんでショ!」
「御察しの通り」
「さぁお出し!」
「それが内容は分からないんです。Bに適合してるって事しか知らなくて」
「何ヨォー! 使えないわネ!」
「ご期待に添えずすいませんね」
青鳥は、チラリと自分のクローン元データが映るモニターに目をやる。それを目敏く見つけた火鬼投は、そのデータの前まで歩いて行った。
「……ちょっと何コレ。アタシが消したハズのデータじゃない」
「一部カメさんが抜き取っていたようです」
「モォォー! だーからアイツ嫌いなのヨ!」
「その中にオレのクローン元データがあって、そこで適合錠剤を知りました。ですが、何故か能力名は書かれてなくて……」
「そんなバカな事あるハズないでしょ」
言うが早いか、火鬼投はキーボードで何か打ち込み始めた。淀みない動きが意外で、青鳥は思わず目を見張る。
「……フン、絶対保護をかけてるデータが消されるワケないのよ。目くらましに別の空白データが貼り付けられているだけ……。ほら、見えた」
エンターキーを弾き、火鬼投は青鳥にモニターを向ける。前見た時とは違い、クローン元の能力欄にはとある文字列が並んでいた。
しかし、その欄を見た青鳥の顔から、スッと血の気が失せる。
それは、無力な自分にとってあまりに強すぎる力だったのだ。
「――血が、気化して猛毒になる能力」
青鳥の言葉に、火鬼投は無神経に顔をしかめた。
「……罪状は、テロ未遂だったかしら? さしづめアンタの元ネタ人間は、この能力をめいっぱい行使しようとしようとして捕まったのかしらネ。ああ、なんて野蛮でお下品なコト」
「……」
青鳥は、何も言えなかった。まさにその通りだと思ったからだ。
錠剤能力の内容は、生まれる前から遺伝子調査で把握できる。しかし定められた倫理法により、たとえどんな暴力的な能力であっても出生を認められてしまうのだ。
だがそれは同時に、生まれた時から監視生活が始まることを示している。厳重な管理と、頻繁に行われる脳のスクリーニング検査。常に見張られている感覚が、日常生活に付きまとう。
恐らく、自分のクローン元は思ったのだろう。
何故、自分がこんな目に遭わねばならないのだと。
ただ少し毛色の違う能力を持っただけで、監視され、危ぶまれ、忌避される。
そのシコリがいつしか逆恨みに変わり、平然と平凡に生きている周りの人間に向けられたとしたら?
――クローンの自分だって、かつては似た感情を抱いたのだ。
そんな事を考えている場合ではないのに、脳は痺れたように一つの思考から動かない。そんな青鳥を見て、火鬼投は鬱陶しそうに首を振った。
「……言っとくけど、無差別に人を殺すなんて、そこにどんな理由をつけたとしても許されるコトじゃないわヨ。誰かの駄々に巻き込まれて死ぬだなんて、そんな終わり方をしていい人間は一人もいない」
「……わかってます」
「どーだか。アンタ、コレ見てから酷い顔ヨ」
「……」
「どうせ自分の能力は物騒なだけで、何の役にも立たない。何なら生まれてくるべきじゃなかったなんて思ってんでしょ。――アア、これだから単細胞なクローン人間は!」
そう吐き捨てると、火鬼投は立ち上がった。青鳥は、ノロノロとその長身を見上げる。
「バカとハサミは使いよう! どんな人間にだって利用価値はあるワ! それを、この警察機関の総監たるアタシが今から直々に証明してアゲル!」
「……そんなことしなくても、オレがここで首を吊れば済む話ですよ。敵もオレが死んだと分かれば、もう狙ってこないでしょうし」
「アンタクソバカ? なんでアンタのヤケにアタシがわざわざ付き合ってやらないといけないワケ?」
火鬼投は見下した目に青鳥を映した。
「アンタ、クローン人間よね」
「……はい」
「そのくせに、これからも生意気に人間様の中で生きていくつもりなんでショ?」
「……」
「……お返事もできないなんて、ほんと躾がなってないワネ」
火鬼投の足が青鳥のすぐ横に振り下ろされた。戸惑う青鳥の鼻の頭に、長い人差し指が向けられる。
「いいコト!? 生きたきゃ黙って足掻きなサイ! ほっといたって死ぬときゃ死ぬんだから、それまではせいぜい踏ん張りまくンのヨ!! アンタこの先もクローン人間やって生きてくんでしょ!? ならそれぐらい図々しくならなきゃ、人生やってらンないわヨ!!」
泣き出しそうに顔を歪めた青鳥の口に、火鬼投は無理矢理錠剤を押し込む。青鳥は返事をする代わりに、ガリ、と奥歯で錠剤を噛んだ。
その音に、火鬼投はどこか嬉しそうに口角を上げる。
「それでいいのヨ」
錠剤の欠片が、青鳥の喉を通っていく。
「さ、後はお間抜けなクローンちゃんに、修羅場の切り抜け方を教えてあげなきゃネ。後でしっかり鉄分摂るのよォ?」
そう言うと、火鬼投も口に錠剤を放り込み、取り出した小さな水筒で飲み下したのであった。
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