第22話 事件の収束
いの一番に、ウサギは警察病院にバイクを走らせた。IDが無い人間は……と渋る看護師を、「部下だから! 警察だから!」とウサギがゴリ押しし、トドメにカメが「何か問題があれば火鬼投総監が全責任を負う」と言ったことで、晴れて青鳥は入院と相成った。
その後は大変である。なんせ、無力化したとはいえ、あちこちに散らばった大量の粒を回収せねばならないのだ。太陽の指示のもと、全ての粒を片付けた時には、すっかり日が暮れてしまっていた。
「よし、みんなご苦労さん! なんとか民間に被害も出ずに済んだんは、ここにおる全員のお陰や! ほんま感謝しとるで!」
「イヨッ、太陽君、総大将!」
「ジイさんお静かにお願いします! 後で相手したげますから!」
その言葉通り、部下への労いを終えた太陽は、早足でウサギとカメの所へやってきた。疲れていないはずはないだろうに、彼の背筋はピッと伸びている。
太陽は、二人の前まで来ると深々と頭を下げた。
「今回の事件、お二人のご助力あって解決することができました。本当にありがとうございます。応援が間に合わず、お二人だけで比丘田の本拠地に乗り込ませたこと、お許しください」
「いいよいいよ! 青鳥も助けられたしな!」
「その青鳥に関しても……僕の不注意が無ければ、彼を危険な目にあわせることもありませんでした。すみません」
「うお、顔上げてくれよ、太陽君! ありゃ不可抗力だったって話だろ?」
「そうさ。むしろ、青鳥君に自分の正体を教えてやってくれたと聞いたがね。あれが無ければ、彼はどこかのタイミングで粒子化していた可能性が高い。お礼を言うべきはこちらだよ」
「お言葉はありがたいですが、それは結果論です。反省し、次に同じことが無いよう努めます」
「真面目だねぇ」
いっそ意固地だ。まぁ、そこが長所でもあるのだろうが。
頭を上げてまっすぐ二人を見る太陽に、カメは意地悪く笑った。
「……見たか? ウサギよ。なんという今時珍しい好青年だ。これは是非とも、彼の爪の垢を煎じて飲むべきだな。そうすれば、少しは地に足のつかないお前のちゃらんぽらんが直るかもしれないぞ?」
「あ、そういうこと言っちゃう? そういうカメこそ、キロ単位で仕入れた方がいいんじゃないの。ちなみにこれ一日の消費量な。オメェの場合だと、それぐらいは飲まなきゃ太陽ちゃんのような謙虚さは身につかねぇだろうからな」
「言ったな、ウサギ」
「オメェがだろ、カメ」
「……おっと手が滑った」
「ミギャア! ヤッロー……オレも手が滑った!」
「ギャフッ!」
「やめてください、ほんま!! アンタら何歳や思てますのん!?」
掴み合いの喧嘩に発展した二人を、太陽が引き離す。離されてなお凶暴な猫のように互いを引っかこうとするウサギとカメに、太陽は長い腕を突っ張ったまま、うな垂れたのであった。
防犯カメラの映像が映るモニターだらけの部屋で、北風は一人目を覚ました。
――事件の収束に気が緩み、眠ってしまったようだ。増えていた気味の悪い目は潰れ、腕は萎んでいる。抜け殻の腕を力無く引っこ抜き、彼は机にもたれたまま深く息を吸った。
「北風」
聞き慣れた太い声に振り向く気力も無く、片手を上げて返事をする。太陽はそんな部下に、口元を緩めながら歩み寄った。
「お疲れさん。今回は無理させたな」
「いえ」
栄養ドリンクが机に置かれる。そこで北風は、やっと自分がとてつもなく喉が渇いていたと気づいた。
身を起こして眼鏡をかけ、ドリンクを手に取る。蓋は既に開けられていた。
「ありがとうございます」
「北風がやってくれた事考えたら、とても足りんけどな。今はこれで堪忍してくれ」
「十分ですよ。こちらも仕事です」
「今度ちゃんとメシでも奢るわ。何食べたい?」
「なんでもいいなら、フライドポテトがいいです」
「ファーストフードやないけ。欲が無いな」
「普段食べないものだから興味があって。いつもは携帯食料で終わらせてますから」
「不健康やなぁ。そんなんやから身長伸びひんのや」
「身長は遺伝です。いくら栄養を摂ったところでたかが知れてますよ」
言い返したものの、北風自身はこの低身長を気にしたことはなかった。それを些細と思えるほどに、大きなコンプレックスがあったからである。
さて、冷たい飲み物でだいぶ頭も冴えてきた。北風はモニターに向き直ると、キーボードを叩いた。
「まだ何かやるん?」
「シャットダウン前の確認です」
「律儀やなぁ。ほどほどにしとかな、センセに怒られるで。三日後やろ、健康診断」
「すいません、すぐに終わらせます。まあこんな時間に何も無いとは思いますし……あれ」
モニターに現れた表示に、目を見張る。新着メッセージが一件来ていたのだ。
「……カメさんからやないか」
「しかも添付ファイルだけとは。……一応開いてみます」
「見るだけにせぇよ。今日はもう遅い。作業は明日やればええ」
「勿論です」
カメから送られてきたファイルデータを開く。決して容量が大きいとはいえないそのデータは、ただの個人情報資料のように見えた。映し出されたモニターには、顔や名前、生年月日やIDといった、人物を特定できる情報が羅列されている。
だが、それは北風と太陽にとって、思いもかけない事実を示していた。
「これは……青鳥さんらクローン人間の元情報ですか?」
「いや、それやとすると……これらは……こいつらは……!!」
太陽が身を乗り出した拍子に肘があたり、空になったドリンク瓶が床に叩きつけられる。しかしその音すら耳に入らないほど、二人はモニターに釘付けになっていた。
そのファイルデータは、カメがあの施設からギリギリ抜き取った僅かな情報であった。
クローン人間の元データというだけなら、二人はここまで戦慄することは無かっただろう。だが、信じがたい共通項の存在が、二人を身震いさせていた。
「――こいつら全員、前科持ちか」
太陽が呟く。それに北風も頷いた。
「……偶然でなければ、ですけどね。比丘田氏は、あえて前科がある者をクローン元に選んでいたという事ですか」
「まさに悪意の塊やな。けったくそ悪い」
「……太陽さん」
「安心せぇ。比丘田はもう死んでしもたし、事件は終わったとしたもんや」
「共犯者は」
「おらんかった事にしろとの上からの仰せや」
「……」
北風は、いかつい上司の表情を探り見た。太い眉は真ん中に寄せられ、より威圧感のある顔になっている。
……言葉とは裏腹に、彼の腹は決まっているようだ。
「……諦める気は無さそうですね」
「当然やろ。絶対に敵さんの尻尾掴んだるわ。まあ、表立っては動けんけどな」
「わかりました。それでは、引き続き私も情報を集めます」
「お、止めへんのか」
「止めて止まる人ではないでしょう」
北風の指摘に、太陽は笑いながら頭をかいた。自覚があるようで何よりである。
ふと顔を引き締め、彼は言った。
「……ヤバくなったら、いつでも僕を売れよ」
「承知しています」
「すまん。危ない橋を渡らせるな」
「いえ」
カメから送られたデータを消去し、北風は静かに返す。
「……私はあなたの部下なので」
北風の言葉を、太陽はただ大真面目に受け取り、感謝するだけなのであった。
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