第21話 それはワンシーンのような
「ウサ……ギ……さ……」
「おう、オレはここにいるぜ! 大丈夫、今助けてやるからな!」
ウサギの手の中で、瞬く間に青鳥が粒になっていく。絶望で目の色を失う彼に、ウサギは明るく笑いかけた。
彼の温かいカサついた手が、離れる。それが、青鳥の見た最後の光景だった。
「……強制終了!!」
「ゴバァッ!?」
鳩尾にウサギの拳が綺麗に入り、青鳥は気を失った。崩れ落ちた彼の上で、ウサギは手にしたスタンガンを軽く放り投げる。
「いやー、あのオバさんクローンからコレ回収しといて正解だったわ。何でも拾っとくもんだな!」
「貴様にしては気の利いたことだ。見ろ、青鳥君の粒子化が止まったぞ」
カメの言う通り、青鳥の粒子化は右手首を侵食した辺りまでで止まっていた。実は内心慌てていたウサギは、ホッと息をつく。彼には後で義手を用意してやらねばならないが、命あっての物種であることに間違いはない。
「……殺されたクローンは、その時点で粒子化が止まってたもんな。一か八かだったけど、青鳥が助かってよかったよ」
「フン。それじゃ次はあの “ カマザル ” だ。とっちめて絞り上げてやるぞ」
「おう」
二人は目を合わせ頷くと、サルに体を向ける。しかし、既にヤツは行方をくらましていた。
「アイツめ、どこに行った……!?」
「おいカメ、あれ!」
勢いよく上を指差す。そこには、浮き輪のようなものを体に嵌めて、ブブブブとエンジン音を鳴らし空を飛ぶサルの姿があった。比丘田の死体も無くなっている所を見るに、彼がどうにかして回収したのだろう。
頭上を飛ぶ滑稽な男に唖然とする二人を見下ろし、サルは妖しく微笑んだ。
「いーわね? ここで見たことは絶対に他言無用ヨ。……ま、誰かに言ったとしても、全部もみ消した後だから、ボケ老人扱いされてオシマイなんだけど。でも、ボケて処置無しなんて言われて、スリープ行きになるのはゴメンでショ?」
「うるせぇ! 降りてきてちゃんと説明しろや、オカマザル!」
「ヤダ、怒った顔も素敵ヨ、ウサちゃん!」
「まあ、今はせいぜい逃げるがいいさ。……だが覚えておくといい。僕は必ず、お前のその真っ赤なケツに生えた尻尾を掴んで、悪夢のスリープにぶち込んでやるからな」
「それに比べてこっちのカメときたら。顔はイイのに性格最悪。早く死神に見つかれバ?」
「ダメだカメ。アイツもう自分の性的趣向の話しかしやがらねぇ」
「心底腹立つな……」
サルはウサギに向かって投げキッスをすると、撃滅機関のバイクが開けた穴から去っていった。立ち尽くすのは、残されたウサギとカメである。
「……なんだったんだよ、アレ」
「分からん。ともあれ、比丘田をサポートしたというカラクリに一枚噛んでいそうだったがな。ま、結局は全て握り潰されて終わりらしい」
カメは、苦々しい顔を隠そうともせず吐き捨てた。横に並ぶウサギは、粒の塊と化した比丘田のクローンと、気絶した部下を交互に見ながら考える。
――本当に、これで終わったのだろうか。
一ヶ月前から始まった、奇妙で不気味なID喪失者にまつわる事件は。
「……比丘田の共犯者は分かんねぇままか」
「僕はカマザルだと思うがね。ここに来たのも、自分の証拠を消しに来たのだと考えると筋が通る」
「ああ、じゃあもうデータは……」
「消されているよ、残念ながら」
キーボードを叩いてもうんともすんとも反応しないモニターに、カメはため息をついた。
ふと、ウサギは、あの時にまるで操られるかのように腕が持ち上がった比丘田のクローンの事を思い出す。あれは、サルがシステムからクローンを操作して、カメを邪魔しようとしたのではないか。
カメに話してみようと思ったが、彼のサルに対する敵意を余計に増幅させそうで、やめた。あくまで自分の想像であるし、何より終わった事だからだ。
しかし、それを抜きにしてもサルは怪しい男である。だからといって、ウサギは彼を比丘田の共犯者であると断じる気にもなれなかった。
「うーん、こんがらがるなぁ」
「お、生意気にオガクズ頭を働かせてるのか? 燃え上がる前にやめた方がいいぞ」
「ああ、なんか引っかかってて……いや誰がオガクズ頭だよ。言っとくけど、そのオガクズ頭にオメェ助けられたんだからな?」
――果たして、自分は何に引っかかっているのだろうか。
考えをまとめようとしたウサギだったが、かかってきた太陽からの着信に意識が逸れてしまった。
「はい、こちらウサギちゃん」
『ウサギさん! みんな無事ですか!?』
「おーう、無事無事。あ、でも青鳥の右手は無くなった」
『み、右手が無く……!? ま、まぁエエです。皆さん、今どこですか!?』
「どこって……まだ現場だけど」
『ああ! はよ逃げてください! さっき火鬼投総監から連絡があって、そこに爆弾仕掛けたの言い忘れたからウサギさんらに伝えてくれ言うてはったんです!! なんや頭おかしいんですかあの人!?』
「おあぁ!? 爆弾!?」
そんな一刻の猶予も許されない事態になっているとは、当然知る由も無い。急いでウサギがカメを振り返ると、彼は手際よく青鳥をバイクに縛り付けている所であった。
「逃げるぞ、ウサギ。比丘田のクローンと同じ墓には入りたくないだろう」
「そりゃあな!」
「ほら、ヘルメット。こういう時だからこそ、交通ルールは守らねばならんな」
カメから投げられたヘルメットを受け取り、ウサギは頭に装着する。バイクにまたがり、エンジンをかけた。
足元のペダルを踏むと、重たい機体が一気に数十センチほど上昇する。一度足を離し、ぐいとまた同じペダルを踏み込んだ。
背中のカメが、ウサギに話しかける。
「入るのは何も考えなくて良かったが、出る時は慎重になれよ。同じ穴から出ようとしたら、ガラスで体を切りかねん」
「ンなまどろっこしい事なんざしてられっかよ! まぁ見てろ。プロってのはこうするんだ!」
ニヤリと笑うと、ウサギはガチャガチャと普段は使わないハンドルをいくつか操作した。訝しげな顔をするカメに、ウサギは言う。
「……掴まってろ」
言うが早いか、ぐるりとバイクが空中でひっくり返った。逆さになったカメは、咄嗟にウサギの腰に手を回す。
目を爛々とさせたウサギは、まだ破られていない手近な窓めがけて思い切りアクセルを回した。
ぐんと加速した車体は、窓を突き破り外へとその身を躍らせる。ガラスの破片はうまく大型バイクが盾となり、三人の体を傷つけることはなかった。
ほぼ同じタイミングで、比丘田が根城にしていた建物から爆発音と爆風が巻き起こる。それを見越していたかのように、ウサギは器用にバイクを立て直すと風に乗った。
――まったく、映画のワンシーンのようじゃないか。
乱れる黒髪をなびかせながら、カメはそんなことを思っていたのである。
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