第11話 三人目の撃滅機関員
スリープ装置から逃亡者が現れた――。
想像を絶する事実に、部屋の中に沈黙が落ちる。そのショックからいち早く立ち直ったのは、やはりジジイ二人であった。
「……そりゃあ比丘田の関係者から痕跡が見つからないはずだよな。ヤツの単独犯なんだから」
「まぁそうと決まれば話は早い。比丘田のIDは残ってるんだろ? それを追跡し、ヤツがどこにいるか突き止めなければ」
「できるかなぁ。スリープに入った人間のIDって破棄されるんだろ?」
「一応表向きはそうなっているがな。実際の所IDは生体情報ありきのものだから、転用や悪用の恐れ無しとしてそのまま放置されているようだ」
「え、そうなの? へぇー、ザルだねぇ」
まだ衝撃にクラクラしている太陽の横で、ジイさん二人はいつもと変わらぬ調子で会話をしている。これも長年の経験がなせるワザだろうか。
一方北風は、口元に指をあてて何かを考えているようであった。
「北風、まだなんかあるんか?」
「……いくつかありますが、とりあえず一点」
「言うてみ」
「比丘田が真犯人であることは間違いないと思いますが、決して単独犯ではないと私は考えています」
「例のシステム管理者か?」
「はい。……どんな手を使ったかはわかりませんが、彼をスリープから出し、逃亡の補助をした人物がいるはずです」
この点に関しては、太陽も同意であった。だが、絶対的な存在であるシステム管理者を、真正面から疑い糾弾するわけにもいかない。
生真面目な部下の肩に手を置き、太陽は言った。
「そこはひとまず置いとこ。比丘田さえ捕まりゃ、あとは芋づるで引いてこれる」
「そううまくいくとは思えませんが」
「そんでもや。とにかく今は比丘田を追う。手始めに、さっきカメのジイさんが言うた通り比丘田のIDがどっかで使われてないか調べてくれ」
「わかりました」
言うなり北風は席を立ち、一礼して自分の部署へと戻っていった。物分かりがよく、切り替えの早い男である。
「あいつ、ちゃんと人間か? アンドロイドとかじゃね?」
その背中を見送りながら、ウサギは言う。感情表現の薄い北風と、振り切り過ぎなくらいの彼を足して二で割ればちょうどいいのかもしれない。そんなことを、太陽は心の中で思ったのだった。
それから一週間ほど経ったある日のことである。今日も、撃滅機関の二人は元気に留置所にやってきていた。
「はい上がりー! オレの大勝利だザマミロお前ら!」
「ヤレうるさい男だな。まだそうとは限らんだろ。このゲームは最終的な総資産で勝敗が決まるんだから」
「んんー? 借金五百万円の男が何やら言ってますなぁー?」
「まだ分かりませんよ、ウサギさん。カメさんギャンブルゾーンに入りましたんで」
「借金背負ってギャンブルゾーン入ったヤツが生還したとこ見たことねぇわ」
「おいコラ、サイコロ。六を出さなきゃ煮て焼いて食うぞ」
「こえぇー……サイコロに向かって脅しつけてるよコイツ。サイコパスじゃん」
「あ、六出ましたよ」
「ッシャア!! それ見たことかノータリンウサギ!」
「あああああああ!?」
留置所内は賑やかである。当初は青鳥が粒子化しない為の苦肉の策であったが、いつの間にやらすっかりジイさん二人の息抜きお遊戯タイムと成り果てていた。
まあ、最初からその傾向があったことは否めないのであるが。
「いやー、お二人ともゲームが強いですね」
結局、借金二百万円を抱えて最下位となった青鳥である。差し入れのジュースを飲みながら、特に悔しがる様子も無くのんびりと言った。
「オメェもなかなかセンスあるよ! こないだのハーレムボードゲーム、三十三人ゲットしてたろ!」
「そんな、たまたまですよ」
「ここぞという時の思い切りがいいのかね? なぁどう思うよ、カメ」
「知らん」
「あれ、あの時一人としか結ばれなかったから拗ねてる? 一途なんだなお前、カッコいいぜ!」
「よし、僕は今からコイツの息の根を止めようと思う。共犯になってくれよ、青鳥君?」
「嫌ですよ!」
ゆらりと立ち上がったカメを押しとどめ、青鳥は叫ぶ。すったもんだがあった彼であるが、すっかりこの二人との距離感が出来上がってきたようだ。
渋々座り直したカメにホッとしつつ、青鳥は以前から気になっていた疑問を彼らにぶつけた。
「ところで……オレはいつまでここにいればいいんでしょうか」
その言葉に、カメはウサギの頭を床に叩きつけた。これは顔に出やすいウサギへの事前措置である。しかし割といつもの光景であった為か、青鳥が不審に思うことはなかった。
「新しくIDが発行されるまでだ。それまでは、せいぜい当然の権利であるタダ飯生活を謳歌するがいい」
「やはりそうですよね」
「退屈を案じているのか?」
「いえ、お二人のおかげでそれとは無縁なのですが」
ただ……と青年は目を伏せる。その声は、不安に沈んでいた。
「――自分が何故ここにいるのか分からず、時々宙ぶらりんになっているかのような感覚に陥ることがあるんです」
床に寝そべっていたままのウサギは、そう言葉を零した青鳥の指先から、ポロリと粒が一つ落ちたのを見た。
「青鳥!!」
その瞬間、ウサギは跳ねるように立ち上がろうとした。が、実際はそれなりの歳のために、しっかり両腕をついてゆっくりと身を起こしたのであるが。
とはいえ、彼の大声に呼ばれた青鳥はびくりと身を震わせた。
「な、なんです?」
「よく言った! つまりお前はアレだな!? 仕事がしたいんだな!?」
「え? いや、そうは言って……」
「言ったようなもんだ! だから! この! オレが! 留置所以外の居場所をお前に与えてやる!」
「お、おお?」
血気盛んに言い立てるウサギを冷ややかに見ていたカメだったが、やっと彼の目論見を察して深く頷いた。
「確かに、社会活動は自己の確立にあたり有効な手段だ。まあ寝転んで自分探しにウダウダ悩むくらいなら、適当に労働して金を稼ぎながら悩んだ方がいくらか生産的だからな」
「言い方が悪ぃなぁ。違ぇって。オレはな、お前に机をやるっつってんだよ!」
「机?」
キョトンとする青鳥に、ウサギは歯を見せてニンマリと笑う。
「――撃滅機関に混ぜてやる。喜べ! オレたちの部署に、お前専用の机を用意してやるよ!」
事実、短気と老眼に事務仕事は向いていないのである。こうして二人は、まんまと撃滅機関に都合の良い人材を招き入れることに成功したのだった。
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