深夜に騒ぐのはやめましょう
「……?」
次にアルマが目を開けると、そこは宿屋だった。
本日の宿として取った部屋の寝台の上だ。焦点の定まらない双眸を何度か瞬きを繰り返すことで合わせていくと、頭にはあの出来事が蘇ってきた。
「――!」
ここは宿だ、どうして自分はここにいるのか。先ほどまでのあれは夢だったのか。
思うことは様々にあるが、胸に感じる焼けるような痛みが夢ではなかったことを嫌と言うほどに教えてくれる。
自分は確か、あの男たちに殺されそうになったはずだ。
だけど、誰かが助けてくれた。刺すような冷気を感じて、男たちが狼狽していて――それからどうしたんだったか。
「あ……」
思わず室内を見回してみて、アルマの口からは小さく声が洩れた。
己が眠っていた寝台に、ラフィンが突っ伏す形で眠っていたのだ。恐らく看病してくれていたのだろう、傍らの簡素な棚には手当てに使ったと思われる包帯やガーゼ、塗り薬が置かれている。
ラフィンとプリムを探して宿を飛び出したはずなのに、結局また助けられたのだ。そう思えばアルマの気持ちはどんどん沈んでいく。
「(ごめん、ラフィン……)」
アルマは突っ伏したまま眠る彼の頭に、そっと片手を触れさせる。見た目よりも柔らかい髪をゆったりと撫でていると、ふと部屋の扉が静かに開かれた。
そこから現れたのは、水を張った洗面器を持ってきたプリムだった。プリムはアルマが寝台の上に身を起こしているのを見ると猫目を大きく見開き、大慌てでラフィンとは反対側の傍らへ駆け寄ってくる。
「ア、アルマちゃん! 大丈夫か!? 怪我、痛くないか!?」
「う、うん」
「コラァ、ラフィン! 何を呑気に寝とんねん! アルマちゃん目ェ覚ましたで!」
「がはッ!?」
近くの棚に洗面器を置くなり、プリムは鬼気迫る様子でアルマの両肩を掴み怪我の具合を窺ってくる。そのあまりの勢いと迫力にアルマは何度も頷きを返した。むしろ、気圧されて頷くしかできなかった。
続いてプリムは向かい側で寝入っているラフィンに気付くと、彼の無防備な後頭部に拳を叩き付ける。深い眠りを唐突に妨げられ、ラフィンは思わず苦悶を洩らした。
対してプリムはと言えば、初めて彼に一撃を叩き込めたことに目を輝かせて何やら感動なぞしている始末。
「ぬ、ぐぐ……人が気持ちよく寝てるとこに何すんだ、この暴力女!」
「アルマちゃんが起きたから教えてやったんやないかい!」
目の前で繰り広げられる口論にアルマは思わず苦笑いを浮かべるものの、プリムの言葉にラフィンは目を丸くさせ――勢いよくアルマに向き直った。それはもう身体ごと。
そしてアルマの両肩を鷲掴みにすると、先のプリム同様に必死の形相で詰め寄った。
「ア、アルマ! 大丈夫か、傷は痛くないか!?」
「あ……う、うん」
「身体は、どっか触られたり変なことされたりしなかったか!?」
ラフィンの顔色は非常に悪い、顔面蒼白だ。その頭で何を想像しているのか。
だが、そんな彼をやや呆れた面持ちで見遣りながらプリムがツッコミの如く口を挟む。
「ラフィン、今のアルマちゃん男の子やで」
「バっカ野郎! アルマは男だろうと女だろうと可愛いからわからねーだろ!!」
「ウチは?」
「アバズレ」
「ぶっ潰す!!」
考えるような間もなく返る即答に、プリムは片手を伸ばしてラフィンの胸倉を掴む。
本気なのかふざけ合っているのか分からないやり取りに、アルマは慌てて止めようとはしたのだが――それよりも先に、ラフィンの後頭部に今度は木製のコップが直撃した。
当然プリムがやったことではないし、もちろんアルマでもない。
「人が眠っているのだから少しは静かにして頂きたい!」
「あ、どうも……」
それは、本来ならばラフィンが使うはずの寝台に寝ていた男による襲撃だった。
男は蒼白い顔をしながら寝台の上に起き上がり、小刻みにその身体を震わせていた。余程具合が悪いのだろう。
そしてその男こそ、先ほどアルマを助けてくれたあの男だったのだ。
「あ……! あの、さっきは助けて頂いてありがとうございました!」
「なんやアルマちゃん、このニイさんが助けてくれたん?」
「けど、コイツ……俺たちが着いた時にはお前と一緒に倒れてたぞ」
コップがぶち当たった後頭部を摩りながらラフィンは床に転がったそれを拾い上げると、近くの棚に置く。幸いにも中身はカラッポだったようだ。
男は依然として蒼い顔をしながら、息も絶え絶えと言った様子でラフィンやプリムを睨んでいたが、アルマに視線を合わせると真っ青な顔に無理矢理に笑みを浮かべてみせた。
なんとなく怖い、夢に出てきそうだ。
「い、いえいえ、いいのですよ。か弱い少女を守るのは私の務め……」
「いや、アルマちゃん男の子やけど」
「……え?」
可憐な少女にいいところを見せたいと思ったのかもしれない。
しかし、ツッコミの如くプリムが返した言葉により、そんな見栄も即座に打ち砕かれる。
男は目を丸くさせると、暫し無言のままアルマを見つめた。
そして数拍の末に――
「――ごふッ!」
「ぎゃああぁ! 血っ、血ィ吐いたぞおおぉ!」
「あわわわ……! お、お医者さま、お医者さまに連れて行かないと!」
「アンタたちうるさいよッ! 他のお客さんたちに迷惑だろ!」
男が盛大に、口から血を吐き出したのだ。
それを見てラフィンとプリムは身を跳ねさせ、アルマは同じように真っ青になりながら意味もなく辺りを見回し始める。
階下からは、そんな彼らを黙らせるべく女将の怒鳴り声が聞こえてくる。
時刻は既に深夜、新しい日を迎えて数十分といったところ。当然である。
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