ライツェント家
明け方、部下を引き連れたレーグルが血相を変えて宿に飛び込んできた。
ラフィンたちの様子を見に来た――わけではなく、ラフィンがアルマと共に拾った男を迎えにきたのだ。部下に連れられて男は病院へと運ばれ、ラフィンたちはレーグルに詳しい話を聞くことにした。
現在は、病院の待合室で診察と治療が終わるのを待っている状態である。
「パパ、あの吐血男と知り合いなん?」
「バッ……馬鹿者! あの方はデューク様、優秀な
「え……ってことは、貴族?」
ライツェント家――その名にはラフィンも多少の覚えがあった。
数々のガーディアンを世に出している一家で、世界各地に存在する騎士団もこの家から発足されたものだと聞いている。
今やガーディアンの養成所もできているほどで、卒業と同時にそれぞれ実力に見合う街の騎士団に配置されることになっているはずだ。
そのライツェント家の子息ということは、あの吐血男――デュークも既に騎士か、今後騎士としてどこかの騎士団に入るのだろう。だが――
「で、でも、デュークさんは……」
「うむ……デューク様は生まれつきお身体が弱く、ガーディアンには向いておられないのだ」
「あのニイちゃん、騎士ちゃうの? 鎧着とったけど……」
「一応は養成所に所属している、いくらお身体が弱くとも周りが無理矢理にでも卒業させるだろう。……卒業だけは、な」
そこへ、ふと飴色の髪を持つ青年と銀髪の女性が病院内へと入ってきた。その身を白銀の鎧で包んでいるところを見ると、この二人も騎士だろう。
レーグルは座していた椅子から立ち上がると、そんな二人に静かに頭を下げた。
「レーグル、デュークはどこに?」
「デューク様は奥の病室におられます、発見とご報告が遅れまして申し訳――」
「まったく、不出来な弟がいると迷惑するものだわ。我がライツェント家の面汚しが……」
「まあまあ、姉上。面会などさっさと済ませて仕事に戻りましょう、形だけでよいのですよ、形だけで」
明らかに自分よりも年若い二人組に頭を下げた父にプリムは目を白黒させるが、その口調と言葉から即座に理由は知れた。
このふたりは、そのライツェント家の者だ。更に「弟」と口にしたところを見ればデュークの姉と兄なのだろう。
しかし、彼らが交わす言葉にラフィンは思わず表情を歪ませて、固く拳を握り締めた。
デュークは弟ではないのか。なぜ、そのようなことを平気で言えるのだと。
姉弟はそれ以上は余計なことを口にはせず、早々に踵を返して病室へと消えて行った。
ラフィンが感じた不快感はアルマやプリムも同様だったらしく、プリムは真っ先に父に食ってかかる。
「パパッ、あいつらなんやねん!?」
「あのお二方はライツェント家の……エリシャ様とハンニバル様だ、デューク様の姉上と兄上にあたられる」
「そうやない! 面汚しだのなんだの、ひどいことばっか言うとったやないか!」
姉――エリシャは確かに言っていた、ライツェント家の面汚し、と。そしてハンニバルもまた、弟の様子を見に行くことが面倒であるように。
いきり立つ娘を横目に見遣ると、レーグルは腹の底から吐き出すように深い溜息を洩らし――そして、改めて椅子に腰を落ち着かせた。
* * *
「アルマ、怪我は大丈夫か?」
「う、うん」
どうやらデュークの治療にはまだ少し時間がかかるらしい。
ラフィンはアルマを連れて、病院の敷地内にある中庭へと出ていた。
庭には様々な種類の花が植えられ、訪れるものに挨拶でもするかのように風に揺れている。だが、そんな様を見ても、現在のラフィンとアルマの心は晴れてくれない。
別にデュークの治療など待たなくともいいのだが、どうしても放っておけなかったのだ。
そんな中、ラフィンは努めて明るい口調でアルマに声を掛けた。
あの後、アルマから事の詳細は聞いた。もしもデュークが乱入してくれていなければ、どうなっていたことか。
それを考えると、胸を掻きむしりたいような衝動に駆られた。
アルマと真正面から向き合い、そっと片手を彼の頬に触れさせる。転倒した際に擦れたのか、そこはほんのりと赤くなっていた。
「ラフィン?」
「……」
「うわわわッ!」
振り返ったラフィンの顔は、どこか痛むように歪んでいた。アルマはそんな彼を心配して声をかけはしたのだが――不意に強い力で抱き寄せられて、その口からは困惑に満ちた声が洩れる。
ぎゅうぅ、と力を入れて抱き込まれたアルマはわけが分からず頻りに疑問符を浮かべるばかり。とにかく落ち着かせようと、恐る恐るといった様子でラフィンの背中を両手で撫で叩く。
「アルマ」
「う、うん?」
「もしまた目が覚めて俺がいなくても、探したりするな。俺がお前のところに帰らないわけないんだから」
その言葉に、アルマは思わず目を丸くさせた。
確かに、今回のことはアルマが勝手に勘違いをして起きたことだ。ラフィンとプリムがいない、何かあったのではないか、と。
だが、それでもアルマはやはり心配なのだ。もしかしたら自分の知らないところで無理をしているのではないか――そう考えると、居ても立ってもいられなくなる。
「……」
しかし、身を離したラフィンの顔を見れば、そんな駄々も喉の奥に引っ込んでしまった。
今にも泣き出してしまいそうな、そんな顔をしていたのだ。あのラフィンが。
自分が心配をかけたせいでラフィンにそんな表情をさせているのだと、そう思うとアルマは罪悪感に潰されそうになる。
「……うん、ごめんね」
駄々を連ねる代わりに、彼の口からは力の入らない謝罪が零れ落ちる。
いつものようにラフィンの手が頭を撫でてくれても、気分は落ち込んでいくばかり。ちっとも嬉しくなかった。
「(ラフィンにずっとおんぶに抱っこはイヤだ、このままじゃいけない)」
言葉には出さなくとも、アルマは確かにそう思った。
変わらないといけない、このままでは駄目だと。大好きなラフィンに、もうこんな顔をさせないために。
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