夜の街には危険がいっぱい
「欲求不満って、これかよ……」
プリムに腕を引かれて連行された先は、宿の敷地内にある裏庭だった。
普段は宿泊客の子供が遊ぶ場所として開放しているのか、庭の隅には片付けるのを忘れたらしい子供用のスコップやボールなどが落ちている。
子供やペットが充分に走り回れる広さがあり、身体を動かすにはちょうどいい大きさだ。
ここまでラフィンを引きずってきたプリム本人はと言えば、先ほどから彼と随分離れた場所で準備運動の如く身体を動かしている。
上体を左右に振ったり、屈伸運動をしたりと。風呂を終えたばかりだろうに、彼女は本気で汗をかくつもりだ。
ラフィンはプリムが何を求めているかを理解して、思わず深い溜息を吐いた。
「なんや、あっはんうっふんな展開でも期待したん? エロいなぁ、ラフィンは」
「あんな言い方すりゃ誰だってそう思うだろ」
「ほほう? そっちの方がええの?」
「誰がお前みたいなアバズレと」
完全に誤解していたらしいラフィンの様子に、プリムは愉快そうに笑みを滲ませながら首を捻る。
腰に片手を添えて上体を屈ませると彼女の豊満な胸が余計に露わになり、男の目には色々な意味で毒だ。アルマの一体何倍あるだろうか。
しかし、間髪入れずに返った言葉に対しプリムはこめかみに青筋を立てると、大股でラフィンの目の前まで歩み寄り――彼の胸倉を掴み上げた。
「誰がアバズレや、誰が!」
「自分のカッコ見てから文句言え!」
プリムの格好と言えば、非常に露出度が高いのだ。
腹部を露出する丈の短いチューブトップに、下半身はと言えば下着と見紛うショートパンツのみ。一応分厚い布地ではあるようだが、程好く肉の付いた太股など惜しげもなく晒されている。
淡い桃色のスカーフを腰に巻いてはいるものの――生地がレース故に透け透けだ。動きやすさを重視しているのだろうが、やはりこちらも目に毒である。
「とにかく! アンタはパパと同じハイ・ガーディアンなんやろ? そんならこれから時間のある時はウチと訓練しようや!」
「あ、ああ、いいけど……」
「アンタならウチの攻撃防げるやろうし、ウチも訓練になるしなぁ」
「まぁ、そうだな」
プリムの実力はまだよく分からないが、アーブルの街で交戦した時に受けた印象はパワーファイターだ。まだまだ荒削りで未熟な部分は多いものの、鍛えれば攻撃の要になることだろう。
とは言え、旅はまだまだ始まったばかり。あまり長々とはせず、ほどほどのところで切り上げた方がいいだろう。
それは彼女も同じ考えだったらしく、早々に腰から三節棍を取り出す様を見てラフィンも身構えた。
* * *
「ラフィンもプリムもどこ行っちゃったんだろう……」
一方で、アルマは宿を飛び出した後――どこへ行けばいいか分からず、通りを右往左往していた。
このオリーヴァの街は非常に広い、そんな街の中から二人を探し出すなど至難の業だ。ましてや大通りの賑わいはまだまだこれから。仕事終わりの者たちが酒場で楽しいひと時を過ごす時間帯である。
つまり、人通りはまだかなりのもの。
右も左も分からない中で、どこへ行けばいいかも分からない。アルマは完全に困っていた。
「……迷子にならないようにしないと」
夜の街に出てはいけないとレーグルは言っていた。そのため、できるだけ早く二人を見つけなければならない。
とにかく佇んでいても仕方ない――アルマは街の明かりを頼りに、商店街の方へと駆け出していく。
だが、商店街の方は普通に賑わっている。特に何か騒ぎがあったというような雰囲気ではない。
当然だ、アルマが単純に勘違いをしているだけなのだから。
実際には騒ぎなど何も起きていない、ラフィンとプリムは宿の中庭で互いに戦闘訓練を行っているだけだ。
現在のアルマは、少女の姿。
荒くれ者が多く揃う夜の商店街をウロウロと彷徨うのは――オオカミの群れに野ウサギが迷い込むようなもの。
酒場のオープンテラスで酒を飲み交わしていた男たちは、何かを探すように右や左を見回しながらうろつくアルマを見つけると、暫しその姿を見守っていたが――やがて口元に薄い笑みをたたえる。
片腕で口元を拭い、仲間と目配せをしてから共に席を立つと、商店街の街並みを外れていくその後を追い掛けた。
「……?」
アルマがそれに気付いたのは、商店街を離れて少ししてからだった。
あちらこちらを見回しながら歩く中、自分以外の足音が聞こえる。それもひとつやふたつではない、数からして四人はいるだろう。
自分と行く方向が同じなのか――最初はそう思ったのだが、何かがおかしい。
アルマが立ち止まれば、足音は止まる。つまり、後ろの者たちも止まるのだ。
そして再び歩き出すと、彼らもまた付いてくる。
それは、アルマに言い知れぬ恐怖と緊張を与えた。
「(でも、もしかしたら誤解かも……)」
自分のように誰かを探しているのかもしれない、道に迷っているのかもしれない。
あくまでもいい方に考えて、試しにそっと振り返ってみたのだが――
「へへへ……お嬢ちゃん、こんな時間にどこ行くんだい?」
「時間があるなら、おじさんたちとちょ~っと遊んでくれない? きっと楽しいよぉ~?」
アルマの淡い期待は、見事に打ち砕かれた。
男たちは全部で六人――先頭に立っていた二人は酒瓶を片手に持ちながら、頬や鼻を赤らめて一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
その言葉の意味を理解できないほど、アルマは無知ではない。ましてや、今の自分の身体は女なのだから。
「ははっ! 逃げたぞ!」
「なぁに、どうせこの先は行き止まりだ。じっくり遊んでやろうぜ!」
アルマは慌てて駆け出した、右も左も分からない街の中を。
薄暗い道、酒に酔った複数の男、人気のない路地――そして、女の身体。
それらを意識すると、到底落ち着いてなどいられない。全身を支配する恐怖心が、アルマをただただ走らせた。
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