勝負じゃ!


 ラフィンは暫しジジイ神とどつき合っていたものの、程なくして羽織っていた上着を脱ぐとアルマに駆け寄った。腰辺りまで池に浸かっていたためにアルマはびしょ濡れだ。


「ほら、アルマ。下脱いでこれ羽織ってろ、あとは俺がやるから」

「え、でも……風邪引いちゃうよ」

「自分のカッコ見てから言えよ、お前だってそうだろ」


 半ば強引に上着を押しつけてしまうと、そのまま片手はアルマの腕や腰に触れさせる。手の平から伝わる体温はラフィンが思っていた以上に低い、彼の形のよい眉は自然と心配に歪む。

 ラフィンとしては真剣に心配しているのだが――その光景を見ている周囲の面子としてはなんとも言えない雰囲気だ。


 イチャつくならヨソでやってくれ――プリムが内心でそう思うほど、非常に親密そうな様子である。

 レーグルは目のやり場に困ったか明後日の方を見遣り、プリムは目で殺す勢いで睨みつける。言葉にこそ出さないが「リア充爆発しろ」とでも言うように。

 そしてジジイ神はと言えば――


「うぬぬぬ……ワシの可愛いアルマちゃんとイチャイチャと……! ラフィン、どっちが先にアルマちゃんの落とし物を見つけるか勝負じゃ!」

「勝負?」

「そうじゃ! ワシが先に見つけたら……アルマちゃんにお礼のちゅーしてもらうんじゃあぁ!」

「ふっざけんなエロジジイ!!」


 そんな駄々をこね始めたのである。

 その申し出に、ラフィンは当然とばかりに即座に反論を向けた。


 確かにアルマの落し物は探すつもりだ、だがなぜジジイ神と張り合わなければならないというのか。しかし、ラフィンがどう言おうとジジイ神の方には聞く気など――己のハゲ上がった頭の如く毛ほどもないらしい。

 そこで、彼はふと思った。むしろこれは逆に使えるのではないかと。


「……俺が先に見つけたらどうするんだ?」

「なんでもひとつだけ言うことを聞いてやろう!」


 なんでもひとつだけ、言うことを聞く。

 そうと決まれば、引き受けない手はない。絶対にジジイ神よりも先に見つけて、アルマを元に戻させる――ラフィンはそう決めると口角を引き上げて笑った。


「わかった、それなら受けて立ってやろうじゃねーか!」

「よくぞ言った、ではゆくぞ!!」

「ちょ……ッ、ラフィン!」


 自分の落とし物を親友に探させるわけにはいかない、下手をすれば風邪を引いてしまう。

 アルマは止めようとしたのだが、それよりも先にラフィンとジジイ神はほぼ同時に池の中にダイブしてしまった。それはもう、勢いよく。

 プリムとレーグルは互いに顔を見合わせると、心配そうに池を覗き込むアルマの傍らへと歩み寄った。


「だ、大丈夫やって、そのうち元気よく飛び出してくるやろ」

「う、うむ。事情はよくわからないが、きっと大丈夫だ。……それよりアルマさん、ラフィン君は守護者ガーディアンなのかな?」


 池の傍に両手をついて水面を覗き込むアルマはそれでも心配そうにしていたが、レーグルから向けられた問いには彼を不思議そうに見上げて小さく頷く。

 ラフィンはガーディアンだ、アルマの。それがどうしたのだろうか。


「は、はい。そうですけど……」

「そうか……」

「パパ、どうかしたん?」


 昨夜初めて会った時もそうだったが、レーグルはその身を甲冑に包んでいる。恐らくは彼もガーディアンだ。パートナーとなる祈り手がいるのかどうかは定かではないが。

 同じガーディアンとして何か気になることがあるのだろう、プリムからかかる問いに渋い顔をしたまま「うむ」と小さく唸った。


「……少し気になることがあってな。もし今のままのスタイルで行くのなら、彼は途中で挫折するかもしれん」

「え……」

「ちょ……パパ、そんなん言うたらアルマちゃんが不安になるやん!」

「そうなのだが……いや、だからこそアルマさんには知っておいてもらう方がいいだろう。彼はガーディアンとしては未熟だと」


 ラフィンが、ガーディアンとして未熟。

 レーグルから向けられた言葉に、アルマは驚いたように目を丸くさせた。


 * * *


「ぶばばばば! ふがっふぁはばふぃん!」

「(何言ってんだかさっぱりわからねぇ)」


 割と浅いものかと思っていたのだが、この池はそれなりに深い。中央に行けば行くほど深くなるようだ。中央付近は水深三メートルほどはあるだろう、下手をしたらそれ以上かもしれない。

 ラフィンは水底のあちらこちらに目を向けてはいたのだが、その最中にジジイ神から声がかかった。聞き方次第では溺れて悶えているようにも聞こえるが、面倒くさそうにそちらを見遣ると元気はつらつとした様子で大量に泡を吐いている。


 何か喋ってはいるのだが、何を言っているのかはまったくわからない。恐らく「ふはははは! かかったなラフィン!」といったところだろう。

 構っていられないとばかりに早々に視線を外してしまうと、ジジイ神は怪しく目を光らせる。


「ぐあえ! ぶいびゅうをわびにぶぼええぇ!」

「(うるせーな!!)」


 真面目に探す気があるのか。

 文句でも言ってやろうかとラフィンは改めてジジイ神に目を向けたのだが、その刹那――不意に首元を中心に全身に圧迫感を感じた。

 何事だと見てみれば、池の中の水の一部がラフィンの身体を絞めつけている。水と同化してよくは見えないが、それはまるで水の蛇のようであった。


 水蛇はラフィンの全身を絞めつけたまま、そのまま池の底へとゆっくり降りていく。ジジイ神を見ればニヤリとしたり顔で笑っていた。


「(あんのエロジジイ、このまま沈めるつもりか。神さまのやることかよ!)」


 拘束されたまま引きずり込まれれば、確実に溺れる。

 ニヤニヤと不敵に笑うジジイ神を忌々しそうに見遣り、ラフィンは固く拳を握り締めた。

 アルマの落とし物を探すのは、この水蛇とジジイ神をどうにかしてからだ。

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