出店での買い食いは焼き鳥に限る


「それで、問題はあのチビがどこにいるかだよなぁ……」


 無事に薬草集めを終えたラフィンとアルマは、アーブルの街へと戻ってきた。

 ギルドで納品して報酬を受け取り、なんとか本日分の宿代を確保することはできたものの、時刻は既に夜の十時を回ろうとしている。この時間で果たして部屋が空いているかどうか。


 ちらりと横目でアルマを見れば、もらったお金が入った革袋を大切そうに両手で抱き締めながら、嬉々として歩いている。初めての労働でお金を得たことが嬉しいのだろう。

 ――が、その顔には隠し切れない疲れが滲んでいた。


「(村で飯の仕込み手伝って休む間もなく仕事だ、仕方ないよな……俺も腹減ったし。露店で軽めの食い物でも買うか)」


 多少ならば使っても大丈夫だろう、なんとか二晩くらいは泊まれるほどの金額になったはずだ。商店街に出回っているいくつもの露店に視線を巡らせながら、ラフィンは店を物色し始める。

 そんな彼の様子に、アルマは不思議そうに目を丸くさせると首を捻った。


「ラフィン、どうしたの?」

「なんか軽く食いモン買おうぜ、腹減っただろ。この時間だと宿も取れるかわかんねーしさ」

「うん!」


 空腹は当然ながらアルマも同じなのだろう、ラフィンの提案に目を輝かせて何度も頷く。そんな親友の様子を確認してから、近場の店に目星をつけた。


 店から漂う食欲と空腹を刺激する肉の焼けた匂いに、ラフィンは思わず表情を綻ばせる。

 この匂いは鶏肉だ、網で焼いた鶏肉に塩胡椒をふって味をつけた、シンプルながらも幅広い年齢層に親しまれる――焼き鳥。


 できたての熱々を頬張りかじった時の、口いっぱいに広がる肉汁と熱、そして旨味を思えば未だ手元になくとも幸福感に満たされる。

 しかし、そんな幸福なひと時も直後には破壊されることとなった。


「おっちゃん、おーきに。またなー!」


 露店に足を向けた時、それまで店の前で品物を購入していたと思われる人物が会計を終えて振り返ったのだ。鼻歌を交えて、とても上機嫌そうに。

 ぶつからないようにラフィンも一度は道を開けようとしたのだが、その顔を見ればそうもいかなくなった。


 そしてそれは、相手も同じだったらしい。ラフィンと目が合うと、きょとんと双眸を丸くさせたあと――「うげっ」と小さく声を洩らして表情を引きつらせた。


「てめ……ッ! 見つけたぞ、この泥棒猫!」

「な、ななななんのことやろなあぁ!? お兄さん人違いちゃうん!?」


 昨日とは服装も雰囲気も変わっているが、その人物こそ――ラフィンたちから金を盗み取ったあの赤毛の少女だったのだ。

 長い赤毛は今は頭頂部でひとつに纏めて結われ、服装も淑女を思わせるようなものから腹部や腕、太腿などを大胆に晒す快活そうなものへと変わっていた。眼鏡も、その顔には存在していない。


 ラフィンは利き手で拳を作り胸の辺りまで引き上げると、逆手の平を添えて軽く指を鳴らす。その表情には笑みこそ浮かんでいるものの、目はまったく笑ってなどいなかった。


「どうやらそっちが本性みてーだなぁ……人の金盗んで堂々と買い食いとは、本気で性根が腐ってやがる」

「ラ、ラフィン……」

「下がってろ、アルマ。この女とっ捕まえて、窃盗罪で騎士団に突き出してやる!」


 騎士団とは、その地域の治安と住民の安全を守るのが仕事だ。

 彼らは罪人を捕らえ、上の判断や命令に従い裁く権利を有している。


 今回ラフィンたちは金銭を盗まれたため、この少女を捕まえて騎士団に引き渡せば相応の処罰が下るだろう。場合によっては窃盗罪に加え、詐欺罪にも該当するはずだ。

 実際に盗まれる現場を目の当たりにした者はいないが、ブランシュの村の女将による証言もある。状況は明らかにラフィンたちの方が有利だ。


「イヤやなぁ、男が細かいことグダグダ言うなんて、なっさけないわぁ」

「細かいこととはなんだ、細かいこととは! 金が全部なくなりゃ誰だって騒ぎ立てるわ! どうせお前を襲ってたあの男連中からも盗んだんだろ!」

「はッ、なんのことやろなぁ。女とチャラチャラしたデートしとる男なら、金なんざある程度は持っとるんやろ? そんなら少~しくらいええやん」


 少女は自由な逆手を肩くらいの高さまで引き上げると、呆れたように双眸を半眼に細めながら力なく揺らす。既に淑女を装う気もないらしい、その口調はどこまでも人を小馬鹿にしていた。

 ここは商店街、更には往来の激しい露店前だ。声を張り上げる両者の周りには「なんだなんだ」と野次馬が集まり、人の輪ができている。


「どうやら本気で根性叩き直してもらわねーとダメらしいな、とっ捕まえて金とカバン返してもらうぜ!」

「カバン? ああ、あのガラクタ入りの?」

「ガっ……そのカバンどこにやりやがった! あれは――!」


 盗まれたカバンはアルマのものだ、中には大事なものが入っていると言って泣いていた。それをまさか「ガラクタ」呼ばわりされると思っていなかったラフィンは、今にも飛び掛かりそうな衝動を抑えながら、その所在を問う。

 彼女の手元になくとも、場所さえわかれば――そう思ったのだ。


 しかし、至極当然のように返った次の返答にはラフィンもアルマも固まった。


「何言うてん、ガラクタしか入ってなかったから外の池に捨ててもーたわ。金になりそうなモンでも入っとるかと思うて期待したんに、ガッカリやったわぁ……」


 アルマは何を言われたのか即座に理解できなかったらしい。暫し彼女をぼんやりと見つめていたが、やがて静かに視線を下げると顔を伏せて片手で目元を覆った。

 程なくしてすすり泣くような声がラフィンの鼓膜を揺らすと、利き手で再度拳を作り、今度こそ少女に向かって飛びかかる。


「……てんめえぇ……ッ! 歯ぁ喰いしばれ!」

「ふっ、おもろいやんけ! カノジョの前でそのご自慢のツラ、ボッコボコにしたる!!」


 少女は昨日のように怯えて見せるようなことはせず、腰から三節棍を取り出すと片手でひと回し。買い物袋は自由な逆手で小脇に抱きながら、襲い来るラフィンを迎え撃った。

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