死の病


「アルマ」

「……」

「おーい、アルマ。ぶつかるぞ」

「――ふぎゃッ!」


 幸いなことに、ギルドにはいくつもの依頼があった。

 今回はアルマが同行するということで比較的簡単なもの――且つ、アルマでもできそうな仕事クエストを選んだつもりだ。


 アーブルの街近郊にある林で薬草を集めてくること、それが今回引き受けた依頼である。

 これならばアルマでも問題なくできるだろう、二人でやればそれだけ早く終わる。時刻は既に夜の七時を回り、辺りは夕闇に支配されてしまったが。


 そんな中、林に着いて小一時間。街を出た辺りからアルマはどこか上の空だ。

 最初こそ旅の疲れがあるのだろうとラフィンも心配にはなったのだが、どうやら違うらしい。疲れているのか聞いても、そんなことないとしか言わない。

 薬草を拾い集める動作にもそれほど疲労の色は滲んでいないところを見れば、本人の言うように別に疲れているわけではないのだろう。


 だが、場所を移動すべく歩いていた時――念のためアルマに声をかけたのだが、聞こえていなかったのか目の前の木にものの見事に顔面を打ちつけていた。


「ったく……大丈夫か? どうしたんだよ、何か気になることあるんだろ? さっきから上の空じゃねーか」

「ううぅ……いや、うん……あの」

「うん?」

「えっと……嫌なこと思い出させたら、ごめんね」


 木にぶつけただろう額を手の平でさすってやりながら、ラフィンはアルマの言葉に不思議そうに首を捻る。

 ――嫌なこと。そう言われて、すぐに思い当たることは特に何もない。

 アルマは暫し「うう」と唸ってはいたのだが、やがて観念したように話し始めた。


「さっき街で会った男の子のことなんだけど……あの子、顔が赤かったんだ。指先もちょっと震えてて、青っぽくて、服に隠れてよく見えなかったけど、片足首も赤かった」

「ああ、足は俺も見たけど……他は気づかなかったな」


 アルマのその言葉に、ラフィンは怪訝そうな面持ちで親友を見遣る。少年の足首が赤くなっていたのは彼自身も気づいていたが、それ以外の症状は特に気にならなかった。

 するとアルマは緩く握った手を己の口元に添え、改めてしょんぼりと肩を落とした。そして暫しの沈黙の末に言い難そうに呟く。


「……ラフィンならわかるでしょ。あの子、モール病だ」

「――!」


 モール病、それは原因が不明とされている不治の病――所謂「死の病」だ。

 ある日、突然高熱を出すことから始まる。そのため多くの者は風邪を引いたとしか思わず、適切な処置が遅れてしまうのだ。

 もっとも、このモール病の治療法は確立されておらず、現在は症状の緩和や進行を遅らせる程度しかできることがないのも事実。


 高熱が出た後は徐々に内臓や細胞が腐り始め、最終的には心臓が腐ることで脳が死んでしまう病である。当然、脳が死ねば生き物は生きてなどいられない。


 ラフィンには覚えがあった、このモール病はかつて彼の母クリスが罹った病なのだ。

 それゆえにアルマはあまり話したくないと思ったのだろう、ラフィンが嫌でも当時を思い出してしまうと心配して。


「立って歩けてたし、まだ発熱の段階みたいだから、あの時のクリスさんよりは症状が軽いとは思うけど……でも――」

「放っておけば間違いなく死ぬ、か……」

「うん、片手の指先はもう壊死が始まってるみたいだった」


 そうだ――本来はクリスとて徐々に身体が弱り、内部から腐り果てて死ぬはずだった。

 アルマがそんな状態にあった母を助けてくれたのだ。そのため、クリスは死なずに済んだ。アルマなら、不治の病とされているモール病とて怖くはない。


「……ねぇ、ラフィン。ガラハッドおじさんが言うこともよくわかるんだ、僕のこと心配して言ってくれたんだってことも。でも……こういう時でも、約束を守らなきゃダメなのかな……」

「……」


 ガラハッドはまだラフィンとアルマが幼い子供であった頃、アルマの力のことを決して口外してはならないと言った。

 だが、手の届く範囲に死の病で苦しむ者がいる。それでも素知らぬ顔をしなければならないのか――アルマはそう言っているのだ。


 ラフィンは思案するように視線を下げると、複雑な面持ちで黙り込む。アルマはそんな親友の姿に慌てて胸の前辺りで両手を揺らした。


「ご、ごめん、ワガママを言う気はないんだ。忘れ――」

「アルマ」


 旅の疲れがあるだろうに自分のワガママでラフィンを悩ませてしまったと、そう考えたアルマはやや早口に言葉を紡ぎはしたものの、そんな親友の言葉をラフィンは途中で遮った。


「お前は助けてやりたいんだろ? なら、そうしようぜ」

「え、でも……おじさんの言いつけが……」

「オヤジの言うこともよくわかるし、その通りになるかもしれないとは思うけどよ……大丈夫だって。お前を利用しようっていう連中がきても、俺が絶対に守ってやる」


 ラフィンのその言葉にアルマは蒼の双眸をまん丸くさせると、暫しぼんやりと彼を見つめていたが、やがて嬉しそうに表情を笑みに破顔させて目の前の彼に飛びつく。

 そんな親友を慌てて抱き留めると、懐いてくる犬を宥めるかのようにその背中を撫でつけた。


「ラフィン大好き! ありがとう!」

「お……おう」


 どうせ飛びついてくるなら女の時がいい――と、ラフィンはそう思ったのだが、あまり挑発するなと言った手前、そこには矛盾が生じる。

 ゆえに特に何も言わぬまま、アルマが落ち着くまで好きなようにさせた。

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