カネルの取り調べ
「……じゃあ、あの火災はきみがやったものなのか?」
「はい」
ヴィクオンの都では、ガラハッドがカネルの取り調べを行っていた。
ガラハッドはこの都の治安を守る自警団のリーダーだ。先日の火災の件を調べるのも彼の仕事のひとつである。
木製のテーブルを挟んでソファに座るカネルは、真正面からガラハッドの顔を見つめて即答した。
考えるような間も置かずに返る返答に、思わずガラハッドの口からは溜息が零れる。少しくらい否定してみせたらどうなんだ、とばかりに。
「……なぜそんなことをしたんだい?」
「なぜ? わからない?」
「わからないから聞いとる」
わからない――そうは言いながらも、ガラハッドにはある程度の理由はわかっている。十中八九ラフィン絡みだろう。
ガラハッドの返答にカネルは不貞腐れたような表情を浮かべると、座していたソファから立ち上がって己の胸に手を当てた。そして至極当然と言いたげに口を開く。
「ラフィンがわたしを見ないから悪いのよッ! いっつもアルマアルマってそればっかり! わたしは祈り手として都のみんなからすごく期待されてる、そんなわたしの傍には優秀な
「……」
「わたしが火災を止めれば認めてくれるって思ったわ。よくやった、ありがとう、お前は優秀だって! なのに、あんな時でもアルマのことばっかり……!」
カネルの訴えに、ガラハッドの口からは再び――今度は非常に重苦しい溜息が洩れる。
確かにラフィンは優秀なガーディアンだ。彼には幼い頃からガラハッドが徹底的に戦い方を叩き込んできた。今やこの都でラフィンに敵う者はいない――唯一、ガラハッドを除いては。
だが、カネルの言葉はあまりにも身勝手だ。ラフィンの意思などまったく気にもしていない。
「なぜそんなにラフィンのことを? 昔からきみと仲がいいという話は聞いたことがなかったが……」
ガラハッドが気になったのは、なぜカネルがそこまでラフィンに執着するのか、だ。
ラフィンは素直ではない部分はあれど、誰にでも分け隔てなくフレンドリーに接する性格をしている。
そのため、昔から都に友人は多かった。家族で食卓を囲んだ際に色々な話をしたものだが、その中でカネルの話が出たことはほとんどない。
アルマと知り合ってからは、彼女の話が出る度に嫌そうな顔をしていたくらいなのだ。
「おじさんにそこまで話す必要はないと思いますけど?」
「そうか。わかった、もう戻っていい」
彼女から返る反応に、それ以上の追究はしなかった。する気になれなかったのだ。
大事なのは、あの火災を起こしたのがカネルであったという事実だけ。
テーブルに置いたベルを鳴らすと、部屋の出入り口からは自警団員が二人ほど顔を出す。独房に連れて行くように伝えれば、団員は了承の意味合いを込めて頷き、カネルを連れて出て行った。
「……ラフィンは女のアクセサリーじゃないんだがな」
優秀なガーディアンだから傍に置きたい、そういうことなのだろう。
更に言うなら、彼は母クリスに似たのか顔立ちは整っている方だ。女が連れて歩くには申し分ないと言える。
恐らくカネルの欲求は認められたい、所謂『承認欲求』だ。ラフィンに認められたい、彼の一番になりたいのだろう。
しかし、当のラフィンはアルマ以外のガーディアンになる気がなかった。
ラフィンと知り合ったのはカネルが先でもある。後からやってきたアルマに突然横からかっさらわれたような感覚なのだろう。
「(もしアルマちゃんと出逢わなくても、あいつがカネルちゃんを選んでたとは思えんがなぁ……)」
ガラハッドは取り調べの際に記したノートを片手に持つと、なんとはなしに数ページほど捲る。
先日の火災は彼女が祈りの力によって意図的に起こしたもの。それを鎮火してみせて、ラフィンに自分の実力を見せつけ、認めさせようとした。
なんとも勝手すぎる犯行だ。そのせいで何人が怪我をしたことか。
命を落とした者がいなかったのは不幸中の幸いだったが、この結果はヴィクオンの都を纏める長に報告しなければならない。
恐らく、カネルは都を追放になるだろう。一家で追放になるか、彼女だけになるかはわからないが。
「気が重いものだな……やれやれ」
いくら騒ぎを起こしたとは言え、カネルはまだ子供。
そんな彼女が追放処分になることにガラハッドの胸は痛んだ。
――同情はしなかったが。
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