大人しそうな女がその通りとは限らない


「――ラフィン、ラフィン! 起きて!」

「……んあ……?」


 翌朝、ラフィンはアルマの慌てた声に叩き起こされた。

 昨夜は例の騒動であまり寝つきがよくなかったラフィンは、眠たげに大きなあくびを洩らしながら身を起こす。美しい金の髪には盛大に寝癖がついている。


 今度は一体なんだと眠そうに目を擦るラフィンに対し、アルマはボロボロと大粒の涙を零して彼の肩を掴み、その身を揺さぶった。


「ラフィン、大変だよ! お金がなくなってるよ!」

「……はあぁ!?」

「それに僕が持ってたこう……小さいカバンも、ない……」


 その言葉は、ラフィンの眠気を吹き飛ばすには充分すぎた。

 ――金がない。

 宿代は昨日の少女が払ってくれると言っていたから問題はないだろうが、決して楽観視できる問題ではない。金がなければ困る、暫くは野宿でも大丈夫だろうが食糧が尽きた時には何より困る。


 少し大きめの街に着けば金を稼ぐ方法には色々あるものの、それでも無一文と言うのは聊か不安になる。アルマが持っていたカバンまでもがなくなっているということは、盗みの可能性が非常に高い。


 ラフィンは慌てて寝台を降り、己の荷物を確認した。すると、確かに財布がなくなっている。

 アルマは何かと危なっかしい部分があるため、金銭管理はラフィンの担当。旅に持ってきた全財産が綺麗になくなっていたのだ。


 それに、昨日少女を助けた際に使い手が武器を放って逃げてしまったために拾った剣さえもなくなっている。昨夜眠る時に荷物の近くに立てかけておいたはずだったのに。


「うえぇん……」

「あ、ああ、よしよし。お前のカバンには何が入ってたんだ?」

「ええと……大事なもの」


 次々に涙を溢れさせるアルマの頭を撫でて慰めながら、ラフィンが気になったのは親友の身体だ。

 眠る前までは確かに異常はなかった。ならば自分たちが眠っている間に何者かが部屋に忍び込み、盗んだものだと考えられる。もしも犯人が男であったのなら――と、そこまで考えて気付いた。

 今のアルマは男だ。おやすみ、と挨拶をしたことで男に戻ったのだろう。


「(寝てる間もこの姿か、ならついでにつまみ食いされたりはしてない……な)」


 盗人が男であったのなら、眠っている間にアルマに何か善からぬことをしたのではないか――そんな心配もあったが、男の状態であれば問題はないだろう。

 今日はのんびり「おはよう」の挨拶もできていない、アルマは今もまだ少年の姿のままだ。ラフィンは何事か考えるような空白を要した後に改めて口を開いた。


「とにかく、支度整えて降りるぞ。女将さんに聞いてみようぜ」

「う、うん……見つかるかな……」

「大丈夫だ、きっと見つかるさ」


 アルマは未だに涙目だ、カバンに入れていたものが余程大切なものなのだろう。

 ラフィンは改めてアルマの頭を撫でてやりながら、正体の知れぬ犯人に内心で怒りの炎を燃やした。


 * * *


「――ちょ……ッ、どういうことだよ女将さん! 俺たちの宿泊代が払われてないって!」

「そう言われてもねぇ……あんたたちは今朝発つ時に払うって昨日聞いたんだけど……違ったのかい?」

「聞いたって誰に……もしかして、昨日の赤い髪の女か!?」

「そうさ、あの子からは一人分の宿泊代しかもらってないよ。残りの二人は明日の朝、出発の時に払うって言ってるからって……」


 階下に降りるなりラフィンはカウンター内にいた女将を捕まえて事の顛末を話したのだが、理由や原因はすぐに判明した。


 どうやら、ラフィンとアルマの宿泊代は払われていないらしい。昨日助けた少女は確かに宿代は自分が持つと言っていたのだが、完全に騙されてしまったようだ。

 そういえば昨晩お礼を言おうとした時、彼女が取った部屋からは何の反応もなかった。既に寝入ってしまったものだとばかり思ったが、それらも全て計算の内だったとしたら。


「(もう寝たものと見せかけて、俺たちが深く寝入った頃を見計らって盗みに……ってとこか。いや、でもな……)」


 もしかしたら、完全な濡れ衣かもしれない。

 そう思いながら、ラフィンは改めて口を開いた。ご丁寧に身振り手振りを混ぜながら。


「それで女将さん、あの女はどこに?」

「一時間くらい前かねぇ、もう村を出て行ったと思うよ」

「その時にこのくらいの……剣を持ってなかったか?」

「ああ、持ってたねぇ。あんな可愛らしいナリの娘さんが剣なんか使うんだ~と思ったから、よ~く覚えてるよ」


 決定的な証拠だ。

 その剣は、昨日少女を助けた際に得た戦利品である。

 それまで不安そうな面持ちでラフィンと女将のやり取りを聞いていたアルマは、しょんぼりと頭を垂れた。


「じゃ、じゃあ、昨日のあのお姉さんがお金とカバンを……」

「十中八九そうだろうよ、大人しそうな女だから全く怪しいと思ってなかった……女将さん、あの女がどっち行ったかわかるか?」

「多分、南のオリーヴァ方面に向かったと思うけど、あんたたち宿代が払えないならこのまま帰すわけにはいかないよ。こっちも商売なんでね」

「う……」


 確かにそうだ。ラフィンたちの事情も事情だが、女将には関係のない話。

 なんとか金を作ろうにも、特に売れるようなものもない。アルマは再び目に涙を溜め、ラフィンは気まずそうに女将に声をかけた。


「……俺たちにできそうなことなんて、何かあるかな」

「なに、難しいことは言わないさ。昼まででいいから、外の畑の収穫と昼食の仕込みを手伝っとくれ。それが終わったら自由の身だよ」


 ラフィンに料理関係は無理だ、仕込みはアルマに任せる方がいいだろう。その代わり収穫は力仕事になる、こちらはラフィンの得意分野だ。


 とにかく、あの少女を追いかけるには自由の身になることが先。

 ラフィンとアルマは互いに顔を見合わせると、互いに言葉もなく頷いた。

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