ブランシュ村の野菜料理
少女を助けたラフィンとアルマは「お礼がしたい」という彼女の誘いを受け、近くの村に足を運んでいた。この村は森を抜けた先にあるとても小さな村だ、名をブランシュという。
村の中にあるものと言えば旅人用の宿に、薬や道具が並ぶ小さな店、畑で作っている野菜や果物を取り扱う食糧品店のみ。その他はいくつか住人用の家屋があるだけ。若者もあまりおらず、いずれも年輩の者ばかりであった。
「助けて頂いて本当にありがとうございました、ラフィンさんはとてもお強いのですね」
「い、いや、そんなことは……」
「ラフィンすごくカッコよかったよ!」
「そ、そうか?」
少女はほんのりと頬を朱に染めてラフィンとアルマに向き直ると、深々と頭を下げる。
赤く長い髪を持つ少女だ。白のロングスカートを身に纏うほか、眼鏡をかけている姿からは非常に大人しい印象を受ける。
ラフィンは一度こそ少女の言葉に慌てて頭を左右に振るが、傍らから彼女の称賛を肯定するアルマの声が聞こえると満更でもなさそうに片手で己の横髪をかき乱す。
ゆっくりと顔を上げた少女は、暫し貼り付けたような笑みで二人のやり取りを見つめていたが、やがて宿に向き直ると一度止めた歩みを再開させた。
「この村は野菜料理がとてもおいしいんです、助けて頂いたお礼に今日はご馳走させてください。宿代は私が持ちますから」
「わあぁ、野菜料理だって。でも、あの、本当にいいんですか? それに僕は何もしてないし……」
「気にしないでください、私がそうしたいんです」
アルマは一度こそ嬉しそうに表情を笑みに破顔させるものの、自分は結局何もしていないことを思い出すと困ったように眉尻を下げた。アルマはラフィンの戦いを木の陰に隠れて見ていただけで、本格的に何もしていないのだ。
だが、少女はにっこりと可愛らしく笑いながら、至極当たり前のことのように返答を向ける。
「お前にここ動くなって言ったのは俺なんだし、そんなに気にすんなって」
少女やラフィンからかかる言葉にアルマは二人を何度か交互に見遣ったあと、心底嬉しそうに笑った。
* * *
「っかー! こりゃウマいな、母さんの作る飯もうまかったけど確かに絶品だ!」
「うん、すっごくおいしいね!」
宿に部屋を取ったラフィンとアルマは、暫し村の中を見回ったあとに宿の食堂で夕食を摂っていた。
少女の言葉通りこの村は野菜料理が主らしい。次々に用意される料理はいずれも野菜がメインのものばかり。だが、肉や魚料理に劣らぬほどの見事な味だった。
アルマはニンジンとジャガイモ、ブロッコリーをじっくりと煮込んだクリームシチューを大層お気に召したようだ。先ほどから幸せそうに表情を破顔させながら口に運んでいる。
対してラフィンは、ニンジンやタマネギ、キャベツなど様々な野菜とベーコンをふんだんに使ったポトフに舌鼓を打つ。特別な肉や魚がなくとも、野菜とわずかな肉だけで充分満足できる料理ばかりだ。
少女は搾り立てのジュースを飲みながら、そんな二人の様子を見守っていた。
「ラフィンさんとアルマさんってお付き合いされてるんですか?」
「――ぶッ!!」
グラスに注がれた水を呷ったラフィンは、少女からの唐突な問いに思わず咳き込んだ。激しく咳き込む様子にアルマは目を丸くさせると、食事の手を止めて隣に座る彼の背中をさする。
今のアルマは少女の姿だ、見ようによってはそう解釈できるのだろう。
少女はラフィンのその反応にどこか満足そうな笑みを浮かべると、彼らの答えを待たずにグラスの中身を飲み干して立ち上がった。
「うふふ、仲がよろしいんですね。お邪魔すると申し訳ないので私はこれで。今日は本当にありがとうございました、ゆっくり楽しんでくださいね」
それだけを告げると、少女は上機嫌な様子で二階へと向かっていった。その足取りは弾むようで、非常に軽やかだ。
ようやく落ち着いたラフィンは軽く何度か咳を繰り返しはするものの、文句を向けるようなことはせずにアルマと共に彼女の背中を見送った。
「あのお姉さん、すごくいい人だね」
「まぁ、な……ったく、不意打ちさえなけりゃ純粋にそう思えたんだけどな」
「不意打ち?」
「いーや、なんでも」
ラフィンは改めてグラスを呷ると、冷えた水を一口喉に通す。そこでやっと安堵したように深く息を吐き出した。
ちらりと隣のアルマを見れば、先の少女の言葉も特に気にした様子がない。お気に入りのシチューを口に運んで、さぞご満悦だ。現在のアルマは少女の姿をしてはいるが、元々の性別は男。取り立てて気にするようなことでもないのだろう。
「(それはそれで、なんかむなしい気もするような……いやいや、何考えてんだ俺は)」
アルマは可愛らしい顔立ちをした少年だ、少女となっている今は輪をかけて可愛らしい。事情さえ知らなければ恋人と間違われるのは悪い気はしないだろう。
だが、ラフィンは知っている。アルマが元は男なのだということを。
ラフィンにとってアルマはあくまでも親友、いくら可愛らしくともその認識はやはり変わらなかった。
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