守護者の技
女性が上げたと思われる悲鳴の出所を探し、ラフィンはアルマと共に森の中を駆けていた。この森は比較的浅く、視界も利く。人の姿があればすぐに気づけるはずだ。
ラフィンはアルマの手を掴んだまま周囲に視線を巡らせる。自分一人で走って行けば早いのはわかっているのだが、どうにもアルマを一人残していくのは気が引けた。心配で人捜しどころではなくなる。
森の中で悲鳴を上げるような事態――考えられることはあまり多くない。
魔物に襲われた可能性もないわけではないが、この森に生息しているのは先ほどからちょこちょこととぼけた顔を出すスライムが主だ。彼らは人を襲ったりしない、懐くだけだ。――スライムが懐いてくる、という状況に慣れていない場合は驚いて悲鳴を上げることもあるかもしれないが。
そんな平和的な理由であってくれればいいとラフィンは思ったが、その期待は見事に打ち砕かれた。その刹那、アルマが右斜め前を指し示して声を上げる。
「ラフィン、あそこ!」
「チッ、野盗か何かの類か?」
「わ、わからないけど、女の人が襲われてるよ」
アルマが示した先――そこには、三人の男に囲まれている一人の女性がいた。眼鏡をかけた、いかにも大人しそうな少女だ。それに反して男たちはいずれも旅慣れた印象を受ける屈強そうな者ばかり。
そんな様子をアルマが見過ごせるはずもない。ラフィンと共に一度は足を止めたものの、すぐに繋がったままの手を引いてきた。
「助けないと!」
「ああ、お前はここにいろ。ジッとしてろよ」
「え、あ、あ」
ラフィンは早口にそう告げると、繋いでいた手を離して男たちの元へと駆け出す。残されたアルマは目を丸くさせると先に駆けていくラフィンの背中に思わず両手を伸ばすが、彼は振り返らなかった。
慌てて追いかけようとはするものの「ここにいろ、ジッとしていろ」と言われてしまえば勝手に動くわけにもいかない。アルマは伸ばした手を下ろすと、しょんぼりと肩を落とした。
「いやああぁっ! 誰か、誰か助けてええぇッ!」
「うるせぇぞ、コイツ!」
「何が助けて、だ!」
襲われている女性は、怯えるように頭を押さえてその場にうずくまる。それを見て男たちはいきり立つと、手に持つ剣や棍などの武器を振りかぶった。
ラフィンは駆けながらいくつか石を拾い上げると、振り上げられた武器に的確にそれらの石を投げてぶつけてやる。やめろ、との意味を込めて。
「――っ、なんだぁ!?」
「おい、事情は知らんがこんな真昼間から女を襲うとかやめとけよ」
「ふざけやがって、邪魔すんならテメェもぶっ潰すぞ!」
男たちはラフィンの存在に気づくと、こめかみに青筋を立てて向き直る。邪魔をされたことが余程腹立たしいのか、随分とご立腹だ。
当のラフィンはと言えば、闘技場で荒くれ者に囲まれていたこともあり、取り乱すような様子はない。ヴィクオンの闘技場には挑戦者よりも観客の方が血気盛んな者が多いのだ、そんな男たちにしょっちゅう絡まれていたお陰で免疫は人一倍ついている。
剣を振り上げた男は動じることのないラフィンに怒りを煽られたらしく、誰よりも先に襲いかかってきた。
「ふざけやがって、痛い目に遭わせてやる!」
「……仕方ねーな、悪く思うなよ!」
先んじて戦闘態勢に入った男に触発されたように他二名も各々武器を構えると、ラフィンへと向き直る。まずは邪魔者を始末してから――そういうことだろう。
真っ先に駆け出してきた男は一気に間合いを詰めるなり、剣を真横に薙ぐように振るってきた。
ラフィンは腰裏から短剣を引き抜いて逆手に持つと、振られた剣を刃で受け止める。護身用にと選んだそれは典型的なサバイバルナイフだ、刃の背部分にはいくつもの窪みが付いている。
薄く口元に笑みを滲ませると、中腹辺りの窪み部分に男の剣の刃を挟み、力任せに捻り上げてやる。すると予想外の行動だったのか、男の手からは呆気なく剣が離れた。
「な……っ、なんだと!?」
「ちょっくら寝てな!」
足元に落ちた剣を近くの茂みに向けて蹴ってから、ラフィンは素早く身を低くすると勢いを付けて足払いを叩き込む。あっさりと足を払われた男はその場に尻餅をつき、その一連の反撃に呆気に取られたように見上げてきた。
棍棒を持つ男は、明らかに戦い慣れたラフィンの様子に忌々しそうに舌を打つと、その斜め後ろに立つもう一人を庇うように一歩前に出る。
そこでラフィンは気づいた。もう一人の男は手に短剣こそ持っているものの、彼の口が紡ぐのは天に捧げる祝詞。
そして程なくして男が高く短剣を掲げると、水流が短剣の周りに巻き起こり鞭のようにしなる。
次いだ瞬間――男が挙げた手を振り下ろせば、水流は円を描きながらラフィン目がけて一直線に襲いかかってきた。
こちらに飛んでくる水の鞭に対しラフィンは小さく舌を打つと、尻餅をついたままの男を一瞥し、彼を庇うよう数歩前に足を踏み出した。
「祈り手か――早速使わせてもらうぜ、親父!」
ラフィンが短剣を持つ利き手の人差し指を素早く宙に走らせると、空中に魔法陣が展開する。
その刹那、放たれた水流が直撃したが――ラフィンの周囲に見えない結界でも張られたかのように、完全に弾かれてしまったのである。
それを木の陰からこっそりと見ていたアルマは目を輝かせ、男たちは大慌てで身を引いた。
「げえぇッ!? ク、クラフトの祈りを防ぎやがった、マジかよ!? お、おい、さっさと行くぞ!」
「ったく……へへ、実戦で使うのは初めてだったけど、気持ちいいモンだな」
男たちは表情を引きつらせると、我先にと逃げて行った。まるでクモの子を散らすように。
茂みの中に蹴り飛ばした剣も忘れて行ってしまった男たちの背中を見送りながら、ラフィンはその剣を拾い上げる。扱えないこともないが、彼の戦闘スタイルに片手剣はどうも合わないのだ。
少女はそんなラフィンを目を丸くさせながら見上げていた。
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