花の都ヴィクオン


 割れんばかりの歓声が、澄み渡った空の下にとどろく。

 出所でどころは、このヴィクオンの都で一番の名所コロシアムだ。

 丸形をした建造物の中央部分では一人の屈強そうな男と、長い金髪を持つ青年――ラフィンが対峙している。人々は一対一の対決に熱狂し、歓声を張り上げているのだ。


 コロシアムと聞くと多くの者が「殺し合い」を連想するが、この都では異なる。

 ヴィクオンのコロシアムでは逆に対戦者の命を奪った者が負けとなり、厳罰に処されるのだ。それゆえに老若男女が観戦し、多くの者が賭博に興じていた。


「いけえぇ! ラフィン、そこだぁー!」

「今日で十八連勝! また勝たせてくれよおぉ!」


 昼間から浴びるように酒を飲みながら野太い声を上げる男たちは、皆一様に楽しそうだ。大口を開けて高笑いを上げ、金の入った革袋を高々と掲げる。これだけ賭けてるんだぞ、とばかりに。


 殴りかかってきた屈強そうな男が繰り出してくる拳による連撃を、ラフィンは軽い身のこなしで次々に避けていく。足取りの軽いその動きはまるでダンスでも踊っているかのようだ、どこまでも余裕がある。


 勝敗が決するのは一瞬のことだった。


 大きく踏み込んだ男が拳を突き出してきたのをラフィンは寸前で避けると、その腕を掴み自分の倍近くはあるだろう巨体を背負い投げたのだ。そのまま腕を捻り上げる形で抑え込んでしまえば、既にこちらのもの。

 程なくして男は逆手で地面を叩き「降参!」と声を張り上げた。それと同時に観客席からは更に熱のこもった歓声が響き渡る。


 なんとも派手さに欠ける戦いになってしまった――と内心で思うラフィンは男の腕を解放すると、軽く上体を屈ませて片手を差し出す。男は「イテテ」と捻り上げられた手をさすりながらも、白い歯を見せて満面の笑みを浮かべる。そして、その手を取り立ち上がった。

 観客はそんなワンシーンにも歓声を張り上げるのだから、呑気なものだなとラフィンは苦笑いを零す。だが、彼も決してこのやり取りは嫌いではない。


「やっぱ強いな、お前さんは」

「まーね、これも修行の賜物さ」

「はっはっは、またやろうや。次はこうはいかねぇぞ」

「ああ、いつでも受けて立つぜ」


 男と固く握手を交わして、ラフィンは観客席に視線を向けた。酒瓶を振り上げて何事か叫んでいる酔っ払いの男たちは大いに興奮している。何を叫んでいるのかはその興奮のせいか、まったく聞き取れない。

 やれやれ、と肩を竦めてラフィンはリングを後にするべく選手出入り口へと駆け出した。


 * * *


「よぉ、ラフィン。今日も勝ったのか、最近絶好調じゃないか」

「おう、そりゃあな。なんと言ってももうすぐ旅に出るんだ、技を磨いておくに越したことはないさ」

「そういえば今日だっけ、アルマが祈り手の儀式を受けるのは。やっぱお前もついていくのか」


 ――祈り手の儀式。

 それは、選ばれた一人の少年や少女に特異な能力を授けるものだ。

 この世界には「祈り」という力がある。神々に祈りを捧げることであらゆる奇跡を起こすことが可能であり、今や祈り手は年々その数を増してきていた。

 祈りの種類にも様々なものがあり、攻撃を加えるものや加護をもたらして仲間を守るものなどがある。


 しかし、祈りの儀式で開花する能力はそれとは多少異なる特別なもの。

 誕生の際に特別な証を持って生まれた赤子は生涯に渡って「アポステル」と呼ばれ、十七歳の時に儀式を受けることになっている。

 そして、平和と恵みをもたらす「ファヴールの祈り」の力を授かるのだ。


 この祈りは各地で使うことで、その場に神の加護と恵みを与えるものであり、アポステルは十七歳で儀式を受け、世界各地を巡りながらこの祈りを捧げる使命を持っていた。

 この度ラフィンの親友のアルマが、その儀式を受けアポステルとして旅に出る。ラフィンはそんなアルマを守るために、随分前から共に行くことを決めていた。


「(……ここ最近、神さまに認めてもらえるか心配って落ち込んでたな。大丈夫かな、あいつ……)」


 ラフィンがそんなことを考えていたまさにその時、扉を蹴破る勢いで一人の女性が選手控室に飛び込んできた。美しく長い金の髪を持つ、優しそうな風貌の女性だ。どこから走ってきたのか、その肩は大きく上下している。

 ラフィンはその姿を認めると腰かけていた椅子から弾かれたように立ち上がり、彼女に慌てて声をかけた。


「か、母さん、こんなところまでどうしたんだよ」


 彼女はラフィンの母親で、名をクリスティーナといった。

 クリスは大勢の選手の中からかかった声に反応してそちらに早足で歩み寄ると、愛息子の肩を無遠慮に鷲掴む。どこか鬼気迫る様子に流石のラフィンも抵抗できず、思わず降参でもするかのように両手を小さく上げる始末。


「ラ、ラフィン! 早く神殿にっ、アルマちゃんが!」

「……!? アルマ、アルマがどうしたんだ!?」

「関係者以外は儀式の間に入れないから詳しいことはわからないんだけど……でも、儀式の途中で倒れたって報告が……」

「!!」


 母のその言葉に、ラフィンは顔から血の気が引いていくのを感じた。

 ――倒れた、親友のアルマが。祈り手の儀式の最中に。

 頭がそう認識するなり、ラフィンは大慌てで選手控室を飛び出した。

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