青く燃ゆる殺意
小屋の裏側、つまり墓地へ登っていく山道を少し登り右側の獣道に入ると小さな小川がある。
今日の目的の場所は、その小川を伝うように歩いたずっと先にある。
僕はカルミヌスが入っている鳥かごを右手に掲げて、その獣道を進んでいた。
「あの人の言っていたこと、私は分からないでもないんだよね」
獣道は鬱蒼としていて薄暗かった。
鳥たちのさえずりに混じって、遠くから獣の鳴き声が微かに聴こえてくるが、それでも、森は街と比べたら遥かに静かで、カルミヌスの透き通るような声があたり一面に広がるように響いていた。
「自分の大切な人たちを守るために、自分の正義を守るために、やらなきゃいけないことがある。人も人魚も。やり返さないと、ずっと、弱いまま。弱いものは泣き寝入りするしかないなんて、私は嫌だ。私も、そう思ってた」
カルミヌスは浴槽型の水槽から顔を出して僕を見上げながら言った。
真剣な表情で。
その表情に、胸の奥がドクンと脈打つ。
そしてズキズキと痛んだ。
彼女の真剣な話など、ちっとも聞いてない罪悪感が襲う。
美しくて、愛しい。
「うん。そうだね」
僕は彼女から視線を外して、森の木々へ目を向けた。
朝早く出てきたが、ずいぶん歩いてきたので、おそらく太陽が一番高いところに昇るガンギルの刻に近づいていた。
僕は、じわりと吹き出した汗を拭いながら、近場の切り株に腰を下ろして、持ってきた水筒の水を口に含んだ。
カルミヌスには近くの葉っぱを丸めてコップのようにして数滴の水を入れて渡した。
カルミヌスは僕と暮らすようになってから、喉が渇くと言って食事の時に水分を摂るようになった。
人魚は海の中でどうやって水分補給をするのか聞いてみると、彼女は魚から水分補給をすることを教えてくれた。
そういう話を聞くたびに、彼女はおとぎの国の妖精などではなく、よく似た別の種類の生物なのだということを実感した。
「ただの迷信だと思っていたことの多くは、本当は全て科学で証明できることなのかもしれない。君に会ってから、そんなふうに思うことがよくあるんだ」
そう言って笑った瞬間だった。
目の前の木の影から現れた黒い大きな影がこちらに向かってくるのが視界に入った。
ギラギラと光る大きな目と、鋭く長く突き出した牙。黒く長く伸びる耳に太くて大きな尻尾。
猛獣マタンダルだ。
気がついた瞬間、カルミヌスの鳥かごを持ち上げて、もう走り出していた。
いきなり持ち上げられた鳥かごの中で、カルミヌスは体勢を崩して叫び声を上げる。
「何? アジュア、どうしたの?」
「山の死神、マタンダルだ。捕まったら生きては帰れない」
カルミヌスは追いかけてくるマタンダルの唸り声と形相に震え上がり、目を瞑り体を丸めた。
「大丈夫、この辺に洞窟がある。あいつは目が悪い。視界から逃れられたら追いかけては来ない」
ただ、心配なことが一つだけあった。
先程から聴こえていた複数の獣の鳴き声。
あれが全てマタンダルだったとしたら、おそらく一匹ではない。
一人ならどうとでも逃げきれるが、カルミヌスが入っている浴槽の海水をこぼさないように走るのは簡単じゃなかった。
万が一のことを考え、落ちていた大きな枝を走りながら拾い上げる。
「あった。あの洞窟だ」
夏の暑い日には、この洞窟で休憩をする。
僕は洞窟から少し奥まったところにある子供の背丈くらいの岩陰に隠れて、外をうかがった。
マタンダルは見当たらない。どうやら僕たちを見失ったようだ。
僕は、安堵で胸を撫で下ろした。
「この辺の山に出る人喰いの獣なんだ。昼間に出てくるなんて、どういうことだろう。夜行性だから、昼間に出てくるはずはないんだけど」
僕はカルミヌスの入った鳥かごをようやく下におろして言った。
「なにか、とても怒っているようだったわ」
「そうだね」
そう呟いたとき、安堵のせいか、一気に血の気が引くような感覚が襲い、一瞬目の前がぐらりと揺らめいて、地面に手をついた。
その腕が視界に入る。
真っ暗な洞窟の中で、青白く発光している僕の右腕が視界に飛び込んできた。
服の上からでも分かるほどの閃光。
体の下のほうから、何かが突き上げるようなひどい吐き気が込み上げる。
ぐらぐらとする感覚に何とか耐えながら、袖をまくると、右腕の肘のあたりにあった手のひらほどの大きさだった鱗が、手首近くまで広がり、それが暗闇の中で、異様な光を放っていた。よく見ると魚の鱗のように、虹色に透けて見える。
「これが、人魚の鱗か。これが全身に広がった時、僕はこの世から消える。おとぎ話みたいな言い伝えだと思っていたのに、本当だったなんて、今も信じられないよ」
「この世から消える……? ちょっと待って、その村の言い伝えってどんなものなの?」
カルミヌスは僕の言葉を遮るように驚いた声を上げた。
『小さな人魚を見たものは、それに触れてはいけない。触れたものは、鱗の紋様が身体中に現れ、死に至るだろう』
村の言い伝えをカルミヌスに話すと、「それは……その言い伝えは間違ってる」と、彼女はつぶやいた。
「え、どういう……こと?」
その時、洞窟の入り口のほうから低い獣の唸り声が聞こえた。
何重にも折り重なる唸り声。
真っ赤にギラギラと光る点が12個。
6頭だ。マタンダルが洞窟の入り口に6頭いる。
彼らは鼻が効く。この距離では、隠れたところで探し出されてしまう。
すでにもう、見つかっているに違いない。
途中で拾った木の枝を、持ち上げて構えた。
こんなものでは、彼らと立ち向かうことなど到底できないことは頭では理解しながら。
このままでは、二人とも喰い殺される。
僕は必死に考えを巡らせた。
そして、ある方法を思いついた。
「この洞窟の奥に川が流れてる。その川の行き着く先に、僕が君に見せたかったものがある。絶対に君を守ってみせる」
持ち上げた木の枝を一度置くと、鳥かごから彼女の入った浴槽を取りだして、そして中にいる彼女を両手ですくって地面へと置いた。
つるんとした冷たい感触。
魚とも人間とも少し違う、不思議な手触り。
「川まで少し遠いけど、頑張って辿り着いて」
「え……アジュアは?」
カルミヌスは困惑した表情を浮かべた。
そう言い終わると、僕は木の枝を再び手にした。そして、手にした枝を真っ二つにぶち折り、両手に構え、喚き散らかしながら洞窟の入り口を目掛けて走り出した。
僕の怒号と獣の咆哮が、崩壊させそうなほど洞窟全体を震わせている。
お互いに、お互い目掛けて、突進する。
何も、やらないよりはマシだ。
僕が喰われてる間に、彼女は川を目指す。
もともとマタンダルが狙っているのは、人間であるこの僕だ。人魚の彼女を追いかけるかどうかは分からない。
極限まで抗って、せめて2頭くらいは、喉元を串刺しにして、あの世へ道連れにしてやる。
全身に熱が帯びる。体が熱い。
殺してやる。
彼女を危険に晒すものは、全員、姿形残すことなく、バラバラに引き裂いて惨殺してやる。
そう強く念じながら、両手の枝を先頭のマタンダルの喉元に突き立てようとした瞬間、目の前に青白い炎が現れ、その炎がマタンダルの全身を覆い、瞬く間に大きな漆黒の肉塊を燃やし尽くした。
驚いたように動きを止めた後方に構えていた3頭も次々と青白い炎に包まれ、燃え上がる。
マタンダルの悲痛な叫び声が次々に爆発音のように湧き上がる。
すでに逃げようとしていた残り2頭も、尻尾から全身に炎が這い上がり、瞬く間に真っ黒く燃やし尽くされていく。
動物の焼ける香ばしい香りと共に。
気がつくとあたりには、まるで炭の塊のようになった黒い大きな物体が6つ転がっていた。
これがマタンダルだったとは、言われても分からないほどに原型を留めてはいない。
重力に争う雪のように、おびただしい数の灰が、地面から舞い上がる。
僕は驚きのあまり、その場に腰からへたりこんだ。先程までの気分の悪さが、何故か一気に消え去っている。
洞窟の中が明るい。その原因が自分だと気がつくのに時間がかかった。
自分の両腕が、まるで呼吸をするかのように青白く瞬きながら光っている。
さっきまで、確かに左腕に鱗はなかったはずなのに、左腕にも人魚の鱗が広がっている。
僕は両腕の袖をまくって、顔の前へ持ち上げてよくよく自分の腕に現れた鱗を眺めた。
僕の呼吸に呼応するかのように、光は瞬間ごとに強まり、そして弱まる。
「もしかして…マタンダルを殺したのは、僕、なのか?」
鱗の模様は、かなりはっきりと濃くなっていた。体の底から、何か力が湧き上がってくるような感覚。力だけではなく、勇気のようなものも湧いてくる、そんな感覚がある。
自分の身に起こった不思議な光景を呆然と眺めていたところで、カルミヌスのことを思い出して、すぐさま洞窟の奥へと戻って行った。
すると、尾びれを上手に使って膝立ちをするかのように立っているカルミヌスを、道のちょうど真ん中で見つけた。
彼女は、これまでに見たこともないくらい、厳粛で怖い表情をして僕のことを見上げていた。
「それは、人魚に触れた人間に現れる特殊な能力<ラングルス>。周りにある、ありとあらゆる万物を燃やすことができる能力」
「特殊な能力?」
僕は驚きのあまり、閃光を放つ自分の両腕を見つめた。
「まるで、空想の世界の話みたいだ。炎を作り出すことができるだなんて。信じられない。人魚が人間にこんな能力を与えることができる存在だったなんて、まったく知らなかった」
僕は興奮しながら言った。
「はるか昔、人間と人魚が仲良く暮らしていた頃、人間はその能力を使って、人魚を襲う動物たちから人魚を守ってくれたそうよ。今のアジュアのように。そして人間は、その炎を動力としてさまざまな道具を動かして生活をしていた」
聞いたことがある。
<伝説の機械仕掛けの村>だ。
かつて、はるか昔、歴史が記録されるようになるよりも前、現在のウルグ村のあるこのあたり一帯には、機械仕掛けで動く村があったという伝説だ。
なぜ伝説と言われているかと言うと、その機械仕掛けの村の存在は伝承はされているものの、痕跡や遺物が何一つ存在していないからである。
しかも、伝承される村の様子も、とてもにわかには信じられないようなものが多い。
例えば、その村では、夜に家を明るくするのに火は使わず、『瞬き』と呼ばれるものが使われ、それがまるで水路のように各家庭へ配給されており、レバーを下ろしたり上げたりするだけで、家全体に灯りを点けることができたという伝承だ。
道には、『瞬き』で動く乗り物があり、行き先を指定すると、人は歩く必要なくそこまで移動ができた。
村全体が機械仕掛けで出来ていて、農作物も水も不足することはなく自然さえも操ることができたという数々の驚くべき伝承が残っている。
「もしかして、伝説の機械仕掛けの村で使われていた『瞬き』と呼ばれる動力って…このラングルスが生み出す炎のことなのか?」
僕は独り言のようにつぶやいた。
「おそらく、そう。だから、人魚に触れたものが死んでしまうというのは、事実とは少し違う」
カルミヌスによると、人魚に触れた者のうち、ラングルスの能力を手に入れられる者は限られていて、そして、ラングルスの能力を手にしたからといって、すなわち、人が死に至るということはないということだった。
ではなぜ、村では人魚に触れることを禁忌として定めたのか。カルミヌスは、彼女が知るラングルスにまつわる機械仕掛けの村で起こった歴史に理由があるのではないかと話した。
かつてウルグ村のあった場所にあった村は、人魚の王国と交流を持ち、人魚から与えられたラングルスの能力から生み出される青い炎を、生活の動力源として活用して生計を立てていたという。
その頃は当然、人魚と人間は互いに支え合う、良きパートナーという関係だった。
村人たちは、そのラングルスの生み出す力をもっと活用して、さまざまなことへ応用できるのではないかと考えるようになった。
通常の火が作り出す動力に比べ、ラングルスの炎が作り出す動力は何十倍もあり、青い炎を動力源とする多くの仕組みや製品が発明され、その村の噂を聞きつけてきた発明家が村に集まり、またさらに多くの発明品が生まれるようになったそうだ。
村は、急速に発展し、一つの国家のようなものを形成するようになっていった。
ラングルスという強靭な能力を手に入れた村人たちの運命が狂い始めたのはその頃だった。
村人たちはより豊かに暮らすために、ラングルスを使って周りの村を武力で制圧するようになっていったのだ。
ラングルスの使い手は、兵士として、また青い炎は兵器の燃料として利用されていった。
当然のことながら、ラングルスの威力は凄まじく、次々と村は周囲の村を制圧しながら拡大していった。
そんな、村の最盛期に、ある事件が起こる。
村で一番のラングルスの使い手だった青年が、村人と建物を7日間にわたり燃やし尽くすという凄惨な事件が起こった。
命からがら逃げ延びることができた村人は数人。死者は数万人に及んだと人魚の王国では伝えられているそうだ。
もちろん、人間界にそのような記録はどこにも残ってはいない。
青年は能力を使い続け、次第に体の鱗が濃くなっていき、ついには全身が鱗に包まれて、死んでしまったという。彼が死を迎える頃、ほとんど村に残されたものはなく、恐ろしいほどに発展していた村は、跡形もなく消えさってしまった。
その事件をきっかけとして、人間は人魚を殺すようになったと、カルミヌスはばあやから教えられたそうだ。
ラングルスの能力は、使えば使うほど強くなり、使えば使うほど人の命を食い尽くしていく。そういう能力であり、人間もそれを承知でそれまで人魚と共生してきたという。
これは僕の想像だが、つまり、ラングルスは命の長さと引き換えに使える能力であり、人はそれを大事な時に利用していたはずだった。
しかし、ラングルスの生み出す力の価値に気づいた人間は、それを乱用してしまった。
それが、ことの顛末のように思えた。
そうやって機械仕掛けの村は跡形もなく無くなり、その後に命からがら逃げて行った人が戻ってきてこの村を再建した。
だから、この村の人間はラングルスの引き起こした悲劇を恐れ、人魚を殺すようになった。
つまり、そういうことか。
「人魚を殺さなければいけない掟ができたのは、このためだね。ようやくこの掟の理由を知ることができた」
僕はカルミヌスを鳥かごへ戻しながら言った。
落ち着きを取り戻した僕たちは、洞窟の奥の川の流れる音のするほうへ歩き出しながら、話を続けた。
「私たち人魚の寿命は人間よりもはるかに長いのだけど、もともと私たちには天敵が多くて、人間が人魚を殺すようになって、王国の人魚はかなり数が減ってしまって、今では、人間の目につくような場所へ行くことさえも、王国では許されていないわ」
人魚たちからすると、おそらく数世代前の話だからこんなにも詳細な経緯が伝えられているのだ。僕たち人間からすると、15世代は前の話だ。もはや、人魚の存在自体が、空想の生き物として捉えられている。
種族だけではなかった。
彼女が生きている時間軸と、僕の生きている時間軸。こんなにも僕たちは、生きている世界が違う。
僕たちは、出会うことなど、けしてなかったはずの存在だ。痛いくらい、自覚する。
ようやく洞窟の終わりが見えてきて、キラキラと川面が光を反射しているのが目に入ってきた。
「もうすぐだよ。今日の目的地。君に見せられると良いんだけど」
洞窟の終わりまでくると、一気に新緑と陽の光が目に飛び込んできて、目の前が真っ白になった。
目が慣れてくると、至るところに大きな苔むした岩が点在する湖が、青々と目の前に広がる。
その湖の淵をたどり、さらに奥を目指す。
しばらく進んでいくと、耳たぶをかすめていくように微かな音で、滝の音が聴こえてくる。
目的の滝は視界には見えているが、まだずっと先にある。
歩くたびに妖精が囁き合うざわめきのような滝の音が大きくなる。
「アジュア、お願い。何があっても、ラングルスは使わないで。さっきみたいに私が危なくなることがあったとしても。その能力は災いを呼ぶ能力なの」
鳥かごの中からカルミヌスは僕に話しかけた。
「うん。分かった」
「ごめんなさい、私…」
カルミヌスは何かを言いかけて、そこでやめた。
その瞬間、視界の先に見える微細な水しぶきを湧き上がらせて流れ落ちる滝に、大きな虹が架かった。
僕が10人は入りそうなほど大きな虹だ。
色の境目が、はっきりと分かるくらい、鮮明な虹。
「見て。カルミヌス。僕、これを君に見せたかったんだ。今日はついてる」
感動で胸がじんとしながら、僕は虹がよく見えるように鳥かごを顔の横まで持ち上げた。
カルミヌスのほうを見ると、彼女は浴槽に手をかけて身を乗り出すようにして虹を眺めていた。
その姿を見て僕は微笑んだ。
しばらく僕たちはそのまま、滝に架かる虹を見つめていた。鳥の鳴き声と滝の落ちる音、風が森を揺らす音。
地上の喧騒の中で、僕と彼女二人だけ。
先程の出来事がまるで夢だったかのように、地上は平和を取り戻していた。
この奇跡的な光景を、彼女に見せられたことが嬉しくて、僕の心が幸福で満たされていくのが分かった。
ふと、何も言わない彼女のほうを見やると、何故か寂しそうな表情で、目を細めて虹を見つめていた。
「アジュア、私、決めた。傷が癒えたら、海に戻る」
思ってもいなかった突然の彼女の言葉に、僕は驚いて返す言葉を失った。
「え……」
彼女の傷は、もうほとんど塞がっている。
つまり、もうあと数日で彼女との別れがやってくる。
引き留めたい衝動が、全身を巡る。
なぜ。
なぜそんなことを言うの。
なぜ君は、そんなに簡単に別れを告げられるの。
喉の奥を突き上げる言葉たちを、必死で飲み込んで、僕は頷いた。
「もう、すぐだね」
「うん」
もう少し、もう少しだけ。
もう少しだけ、こうしていたい。
もう少しがあとどれくらいの月日だったら満足ができるのか、分からなかったけれど、僕はそう強く願った。
いつか失わないといけない宝物だと知ってて、大切にしまったはずなのに、いざ、失う時が近づくと、手放すことがとても苦しい。
胸が引き裂かれるほどに苦しい。
重ねてしまった思い出の分だけ、苦しみの重みは増していた。
キラキラと輝く彼女の笑顔と声で、全身の至るところが貫かれて、ぽかりと空いたその無数の穴から、血しぶきが吹き出してきそうだった。
人を愛することがどういうことなのか、知りたいと思っていた。
きっと素敵で、幸福なのだろうと夢想した。
間違いではなかった。
間違いではなかったけれど、それだけではなかった。
自分の中に芽生えるエゴと、充満する欲望。
苦しみと、痛み。
憎悪と独占欲。
あらゆる感情が強く強く押し寄せ、高波のように全身を包み、呑み込まれて引き込まれていってしまいそうだ。
「アジュア見て、魚が跳ねたわ」
沈黙に耐えられず無邪気な笑顔でそう言った彼女を見て、生まれて初めて、生けるものを殺してしまいたいと思った。
命を奪って、永遠に輝き続ける宝箱の中に、ついさっき命懸けで守り抜いた彼女を、閉じ込めてしまいたいと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます