いらっしゃいませ。こちら、『レンタル敵』屋です。あなたの物語を盛り上げます。
風和ふわ
いらっしゃいませ。こちら、『レンタル敵』屋です。あなたの物語を盛り上げます。
小さい頃から、私は自分の顔が大嫌いだった。
整った顔ではあるけれど、近寄りがたいっていつも言われて。
そのうえに自分がおかしいと感じたら、ついきつく注意しちゃって。
「麗子ってさー、少女漫画の悪役みたーい」
唯一の親友だと思っていた子に、そんな事を陰で言われているのを聞いた。
たった一人の心の拠り所だった。
他の人にとっては「なんだそれくらいよくある話じゃないか」と思うかもしれないけれど──私は、自殺した。
心の弱い人間だと、笑われていい。
私は、皆が思っているほど、強い人間ではなかったのだから。
お母さん、お父さん、ごめんなさい。
本当に、ごめんね。
でも、私は──こんな顔に私を産んだあなた達も、憎いよ。自分の顔と同じくらい。そう思ってしまう自分が大嫌いだった。
……あぁ、死ぬって、苦しいなぁ。
***
──。
───。
────。
「あれ?」
首を吊ってから、苦しくなって、もがいて、無になって──
私は死んだはずだ。
だけど──この足の裏の感覚はなんだ?
もしかして、死にきれなかった?
はたまた死後の世界か?
そっと、目を開けた。
「なに、ここ……」
死後の世界は、三途の川でも、お花畑でもない。
えーっと、凄い言いづらいんだけど……私の死後の世界はラブホらしい。
目の前にラブホが建っている。
なんかもうピンク。
どこを見てもピンクで──入り口の上部には特に目立つ金色の看板が飾ってある。
「『レンタル
──ラブホじゃない、だと?
私は眉を顰める。
怪しい。怪しすぎる。でも、辺りは闇しかなくて、どうしようもない。
ただ、目の前のラブホが嫌というほど私の目を刺激してくるだけで、何も聞こえないし何も見えない。
あぁ、私、死んで“無”を手に入れたはずなのに──なんでこんな胡散臭い変な建物に邪魔されないといけないの?
「おや? お客様でしょうか」
聞き心地のいい低音に振り返る。
そこにいたのは──私の何倍もある──。
「なんだぁ? てめぇは……喰われてぇのかぁ……?」
目の前に大きな口があって、とてつもなく臭い突風が私の顔面に突撃してきた。
でも、匂いが強烈でも、そんなのは気にしない。
だって私の前にいるのは──いわゆるファンタジー小説に登場するトロールだったからだ!!
「うまそうだなぁ」
「ひ、ひぇぇええっ」
なんて間抜けな声。
って、そうじゃない! なにこれ!? なんで死んでそうそうトロールに食べられなきゃいけないの!? おかしくない!?
私は気を失いそうになったが、先ほど聞こえた心地のよい低音の声に意識をなんとか取り戻した。
「ごめんごめん。驚かせてしまったね」
トロールの後ろからひょっこり出てきたのはイケメンだった。
寝癖か、天然パーマかよく分からない跳ね具合の髪型に、神様にちゃんと整理整頓された顔のパーツ達。
たれ目な青年の笑顔はなんとも朗らかだ。
「こら、トロちゃん。ここは舞台じゃないぞ」
「がっはっはっはっ。すまねぇな嬢ちゃん! ちびってねぇか? つい驚かせちまった!」
トロールは豪快に笑うと、その建物の中に入っていった。どしん、どしん、と歩くたびに地面の振動を感じる。
私は唖然としながらその後姿を見つめた。
「ははは。トロちゃんってばお茶目なんだから~。あ、お客さん、どうぞこちらへ。温かいお茶を入れましょう」
「え、あ……」
「それにしてもおかしい。お客さんなら分かるはずなんだが。でも──君──?」
青年は私をまじまじ見ると、「ま、とりあえず中へ」と私の背中を押す。
私はラブホ(?)の中へ入る他なかった。
ラブホの中は案外普通のオフィスという感じだった。驚いたのは窓の外は明るく、昼間だったことだ。外は闇しかなかったのに!!!!
「え、え、今って夜じゃないんですか?」
「おかしな事言いますね。ここに昼夜なんてないですよ」
「え?」
「ここは
「えっと……」
するとその時、オフィスの奥から私の腰くらいの小さな生物が数匹出てくる。
えっと、これは……ゴブリン? だっけ? 洋画で見た気がする……。
「ボス! お疲れさまです!!」
「あぁ、一号君。どうだった?」
「はい! お客様は小説を書き始めたばかりの中年サラリーマンみたいなんですが、なかなかいい悪役をさせてくれました!! あいつの小説は売れますぜ!! 書籍化やアニメ化も夢じゃねぇでさぁ!」
「それはよかった。ゆっくり休むといい」
「へい!」
ゴブリン達はにっこり笑って去っていった。
青年に促されるまま、ふかふかのソファに座る。
青年がそっとペンと紙を取り出し、『私は、世界一美味しい紅茶を用意し、客人をもてなした』と書いた。
すると私の目の前に、湯気が漂うティーカップが現れた。中身はおそらく紅茶だ。
私は口が開きっぱなし。
「ま、魔法?」
「ふむ。その様子を見るに、君は僕達の客人ではないようだ。君は自殺してここにきたね?」
「っ、なんでそれを」
「君の首を見るといい」
青年が私に手鏡を渡してくる。私はその手鏡を見て──思わずそれを落としてしまった。
私の首には縄で縛られた跡がくっきりと残っていたままだったからだ。
「さて、君がさらなるパニックの中に入る前に、自己紹介をしておこうか。僕の名前は“
「え、えっと」
「君の聞きたい事は分かってる。ここはどこなのか、僕は誰なのか、君がどうなっているのか。そして一番気になっているのは──僕に恋人がいるかどうか、だろう?」
「最後の以外は正解です」
文字さんは「意外に辛辣だねぇ」とクスクス笑うと、足を組んだ。
「さっきも言った通り、ここは『仮想世界』。君の知るあの世とこの世の中間地点のようなものだよ」
「はぁ……」
「まぁ、理解しろなんて難しいか。理解ってのは身体に自然に染みつかないといけないからね。とりあえずこの話は終わり。次は、そう、僕が誰なのか。君はどう思う?」
「何もないところから紅茶出したし、魔法使いだったり? そうには見えないけど。なんか大正時代の書生? みたいな服装ですよね」
「ふむ。ところで知っているかい、君? 童貞っていうのは三十を過ぎると魔法が使えるらしい」
「まじで!?」
「勿論嘘だよ。魔法使いじゃない。言っただろ? ここは仮想世界。いわばなんでもありの世界だ。君が今飲んでいる紅茶だって、僕が作りだした妄想であって、存在してないも同然の存在なんだよ」
「よ、よく分からないです」
「そうだろうね。まぁとりあえず僕の妄想は具現化できるってことだ。次に君が今どういう状況なのか」
私は唾を呑みこむ。
それだけでも、理解したかった。
私は死んでいるのに、どうしてこんな所で生きているのか。
「結論を言うと、僕にも分からない。故に、何もしてあげられない」
「えぇ!?」
「自殺した人間は転生できない。だからこの中間地点に君の魂が引っかかったという理論が分かりやすくていいだろう。同じ経緯の人間がここにいるからね」
「同じ、経緯?」
「僕だ」
文字さんが口角を上げ、ウインクをする。
私は首を傾げた。
「えっと、それはつまり、文字さんは──」
「そう。自殺したよ。睡眠薬でぐっすりね。だから」
文字さんは自分の口の中に指を突っ込む。
そしてしばらく指を動かしていると──吐き出された指は錠剤を掴んでいた。
「咳などをするとよく出てきて困るんだ」
「う、うわ」
「ごめんね。レディの前で見せるものじゃなかった。で、君はこれからどうするつもりだい? 僕には期待しないでほしい」
「そ、そうですか……ど、どうしましょう」
私は死んだ時に着ていた制服のスカートを握りしめ、俯く。
死んだのに、なんでこの顔とおさらば出来ないの?
神様がいるなら恨んでやる。こんな、中途半端な状況にするなんて……。
「君が」
「?」
「君がいいなら、僕にも一つ君の居場所を提供する事は出来る」
「え?!」
「ここで働かないか?」
文字さんが私の顔をビシッと指差した。
「君のその顔!!! 実にいい!! 最近人気の“悪役令嬢”顔だ!!! 僕は君の顔が欲しい!!」
「はぁ?」
「おっと失礼。女性に対して失礼だったね。つまりだ、僕は君の顔を欲している」
「いや、さっきと変わってませんよね? そんなキメ顔で言われても……」
「ははは。僕は素直でね」
文字さんに頬を触れられる。
男性経験のない私はそれだけで動いているはずのない心臓が昂った。
「美しい……というのに棘のあるこの顔……いい、実にいい……需要あるよ……ぜひ欲しい」
「……どういう意味ですか」
「この『レンタル敵屋』は人々が考えた物語の
「あく、やく……?」
「この店の客は主に守護霊だ。君、守護霊を知ってるか?」
「え? えっと、人間を守ってくれる幽霊?」
「本当に凡庸だな君は。守護霊というのは守ってくれるものじゃない。一人の人間に一人の守護霊が担当し、その一生を見守るっていうだけだ。守護霊個人に、担当した人間の運命を変える力はない」
「へぇ」
「しかし守護霊は大体が担当した人間に情が湧く。生まれた時から見守っているわけだからね。故に、その人間の為に何かしようと足掻く。例えば、人間が小説家で、自分の物語のあらすじに悩んでいたとしよう。するとどうだ、守護霊はこの仮想世界に足を運び──あ、守護霊には足はないよ。例えねこれ──この店に来る」
「それで、先ほどのトロールさん? とかをその人間の頭の中に送るっていう事ですか?」
「そうそう。分かってるじゃないか。物書きというものは文字という概念がある世界ならばどの時代だって湧いてくるもんだ。僕はそんな彼らの手伝いがしたかったのさ」
「トロールさんとかは……えっと、文字さんの妄想ですか?」
「いや? この仮想世界には人間じゃない魂もやってくる。何も人間が世を支配している世界だけがすべてじゃない。平行世界、異世界……全てを超越している世界だからね、ここは」
「えぇ?」
「あー、つまり、世界には無限の可能性があるってこと。君が読んでいるファンタジー小説の世界だって、次元を超えた銀河のどこかに存在しているかもしれない」
「よ、よくわからないけど、とにかくあのトロールさんが存在している世界もあるって事ですか?」
「そ。よくできました~」
文字さんは私の頭を優しく撫でると、ずいっと私に顔を近づけてくる。
か、かかか顔近い!
「で、どう? この店でやってみないかい? どうせ君は転生出来ないんだ。何もしないよりはいいんじゃないか?」
「でも、それって、私が、悪役顔だからって事ですよね……?」
「…………」
「え? そうだけど何か?」みたいな顔すんな。すっごい腹立つ!
私は唇を噛みしめ、立ち上がった。
「お断りします。私は自殺したんです。このままずっと外の闇を彷徨って、そしていつか消えるのを待ちます」
「はは、都合がいいね。自分で死んだくせに、
「っ、」
──何も、知らないくせに!!
──私の何も、知らないくせに!!!
私は手を振り上げ、思い切り文字さんをひっぱたいてやろうと思った。
しかしその前に、入り口のドアがノックされる。
「ごめんください、こちら『レンタル敵屋』ですか?」
「!?」
黒マントに骸骨頭。まさに死神のイメージそのままの姿の客人が訪ねてきたのだ。
文字さんが私を押しのけ、すぐさまその客人の方へ向かう。
「はい、そうですが!! ご依頼で?」
「はい。私が担当している人間が『小説を書こう』という小説投稿サイトで最近流行りの“悪役令嬢もの”に手をだしたもので……主人公になる悪役令嬢のビジュアル、性格が決まらない、と」
「おや? 悪役令嬢ものですか。そういえば、最近そういうの流行ってますよね。主人公が悪役令嬢に転生して奮闘する話。ですがそれ、悪役っていうんですか? 僕の店は
「しかし他の店では気に入る悪役令嬢キャラが見つからず……」
「ふーむ、悪役令嬢かぁ。しかも純粋な悪役ではないときた。悪役を演じる
「本当は担当の人間自身で生み出すべきものですが、なかなかキャラが決まらず筆を折ろうとしている彼を見ていると、どうも見ていられなくて……。私は見守る事しか出来ないので」
「……死神さん、いい人なんですね」
思わずポツリとそう呟いていた。
死神さんはそんな私に笑っているのか肩を揺らす。
「私は死神ではありませんよ。守護霊です。まぁ、人間達は守護霊を死神だと思っているんでしょうけど。死期が近くなった人間はあの世に近くなっているのでたまーに我々が見える事があるんですよ。だから我々が彼らの命を狩っていると思ったんでしょう。ですが、私達守護霊はただ見守っているだけなんです。母親や父親よりも、一番長く、一番近くで……」
「……私にも、いたのかな、守護霊」
私は自分の首に触れて言った。
守護霊さんはそんな私に私の事情を察してくれたらしく、私の肩に手を置く。
「はい。貴女にも、きっと」
「……担当する人間が自殺した時、どう思いますか?」
「そりゃつらいですよ。私達は見守る事しか出来ないんですから。何度やめろと泣き叫んでも、人間には届きません」
「…………」
「もし、貴女の担当守護霊に奇跡的に出会ったなら、謝ってあげてください。それだけでいいんです。その守護霊は、貴女を救えなくてごめんねって泣き出すかもしれませんが。見守ってくれてありがとうと、労わってあげてください」
「……はい」
守護霊さんは満足そうに頷くと、文字さんに頭を下げた。
「では、この店には悪役令嬢はいらっしゃらないようなので、ここでおいとまします。失礼しました」
「おや? 行ってしまうのですか?」
「?」
「お客様がお気に召される悪役令嬢はここの従業員にはいないでしょう。しかし、従業員ではない方で、なら──」
文字さんが私を見る。
もしかして、私の事言ってる!!?
え、えっと……悪役令嬢って、昔読んだ少女漫画で出てきたような……えっと、主人公を妬んで嫌がらせをしてくるお金持ちなお嬢様ポジションってこと?
確かに生前、少女漫画の悪役顔とは言われたけれども!!
すると守護霊さんが私の両手を握ってきた。
「た、助かります!! 貴女は確かに彼がいう悪役令嬢キャラに相応しいと思います!!」
「え、私、やるって言って、」
「棘のある美しい顔に、私の言葉に瞳を潤わす優しさ!! “悪役令嬢”でありながら“主人公”!!」
「~~~~っっ」
顔に熱が篭もるのが分かる。
ほ、褒められている気はしないけれど……でも、この守護霊さんの力になれるなら、なりたい、かもしれない。
ま、まぁ、ちょっと手伝ったら出て行けばいいし……うん。
私はつい出来心で頷いた。
守護霊さんはそれはそれは喜んで、私の腕を引いて、店を出る。出る前に文字さんを見ると、「給料は報酬の二割ね」と言って、手を振っていた。
「ではさっそく、僕の担当の人間の頭の中に行きましょう!! 目を閉じてください!」
「え? それってどういう、」
「いいから!! 目を閉じれば分かります!」
私は何も分からないまま、興奮気味の守護霊さんの言う通り、目を閉じた。
……?
…………???
何も、起こらない?
恐る恐る目を開けると──。
「…………」
一人の可愛い女の子がいた。
えっと、この子は……?
というか、守護霊さんは?
(無事に入れましたね! 首吊り子ちゃん!)
「え? その声は守護霊さん!? っていうか、その呼び方やめてください! 私には麗子っていう名前があります!!!」
私の頭の中に声が響いた。その声は守護霊さんのものだった。
(それは失礼しました麗子ちゃん。えっと、今貴女がいるのは私の担当している人間の頭の中です。今目の前に女の子がいるでしょう?)
「は、はい」
(その子が今彼が考えている作品のヒロインです! 貴女は主人公の悪役令嬢!! ……の振りをする乙女ゲームの世界に転生してしまった女子大生です!! 貴女が動けばヒロインちゃんも動きます!!!)
「いや、なんなんですかその設定!? ハードル高くないですか?!」
(それが『小説を書こう』っていう小説投稿サイトで流行っているので仕方ないです)
いや、そんな厄介な状況の小説が流行るサイトってどういうサイトだ!
……でも、確かにゲームの中の悪役令嬢に転生してしまったらって考えると面白いかもしれない。
ふと自分の姿を見ると中世西洋風の紫色が基調のドレスを着ていた。
なるほど、悪役令嬢ってこういう……。
顔はきっと元の私のままなんだろう。
えっと、もう意味分からないから、とりあえず悪役令嬢を演じてみるか。
どうすればいいんだろう。
と、とりあえず頬をひっぱたく、とか?
私は思ったままに、女の子の頬を打ってみた。
「…………」
「…………」
あれれ?
全く動かないんだけど。
(おそらく、彼が『なんかそれ違う』って思ったから、物語が動かないんです!!)
「えぇ、そんな馬鹿な!」
じゃあどうしろっていうのよ!!!
私はとりあえず色々やってみた。
ヒロインの周りをウロウロしたり、蹴ったり、変なポーズをしたり。
でも、ヒロインちゃんは動かない。ここまで動かないとなんだか面白くなってきたな。
次はどんな事をしてみよう。額に「肉」って書いてみるとか?
私はふと生前を思い出す。
おそらく誰もが一度はやった事があると思う。
スマートフォンのAIに「好きだよ」とか「愛してるぅ」とかふざけて言っちゃうことが。
その感覚だ。
「好き。私は悪役だけど……貴女が、どうしても、好き……」
──と、悪役令嬢になりきって言ってみた。
やっぱり動かないヒロイン。
渾身の演技だったんだけどな~。
なんだか笑ってしまう。
「なーんてね」
「……、」
頬を掻いて、だんだんと照れくさくなってヒロインに背を向ける。
しかし──その時だ。
ヒロインに後ろから強く抱きしめられた!!?
「え、えええぇえ!?」
「わ、私も、好き。でも、貴女は有名な財閥のご令嬢だからって、私とは釣り合わないんだって、諦めてた……」
「!!!?」
「……嬉しい、私達、両想いだったんだね……!!」
「ええぇ!?」
生き生きと喋りはじめるヒロインに私は動揺する事しか出来なかった。
頭の中で守護霊さんが喜ぶ声が聞こえる。
……え? これでいいの???
***
「──それで、帰ってきたんですね」
「は、はい。なんか、守護霊さんの担当してる人がガールズラブ展開OKむしろ大歓迎っていう人だったみたいで……悪役令嬢としていかに生き残るか奮闘する主人公をテーマにするより、悪役令嬢とヒロインというゲームの中の役割に苦しみながらもお互いに惹かれあう二人をテーマにしたら、スラスラ物語が進んだみたいです。私にはよくわからないんですが、悪役令嬢の婚約者やら色々出てきて凄かったです」
「ほうほう。タイトルは……『悪役令嬢に告白されたけど、私主人公♀なんですが』か。あの投稿サイトらしいタイトルだね。後で読んでみるか」
「ここネット繋がるんですね!? あ、あと、守護霊さん、凄い喜んでたみたいで……とりあえず、嬉しいです」
私は頬を緩める。
だって、大嫌いだったこの顔が少しは誰かの役に立てたんだから……。
私の顔が悪役顔だったからこそ、私の行動とのギャップで物語を動かせた。
守護霊さんの担当している人は無事に筆を折らずに小説を書いて楽しんでいるようだし。
自分が物語のキャラクターになるって、不思議な感覚だけど。
「……最後に、いい思い出になりました」
私はそう呟いて、レンタル敵屋の出入り口のドアノブに手を掛けた。
「おや? 行くの?」
「はい。もう、いいです」
「貴女には身寄りもないのでは?」
「そうですけど……でも、いいんです。この仮想世界を彷徨っていようと思います。そして、私の担当だった守護霊さんを探してみようかなって」
「貴女の守護霊は既に次の人間の担当になってるよ」
「分かってます。でも、もう……」
「なら、闇を彷徨うより、ここで働いた方が効率がいいかと思わないかい?」
「……え?」
振り向くと、文字さんがにっこり微笑み、数枚の紙を渡してきた。
それらには【依頼書】と書かれていた。
「今回の悪役令嬢ものの成功を聞いて、色々な守護霊が依頼を寄越してくれるようになったんだ。今は悪役令嬢ブームだからね! ぜひ君を悪役、又は主人公にしたいってね」
「っ!」
「物語を動かすなんて胸躍る仕事だと思うけど?」
──正直、それはとても魅力的だった。
前回の依頼でヒロインが動き出して、世界が色鮮やかになった瞬間を、私は忘れないと思う。
「みてみるといい。とあるゲームシナリオライターの担当守護霊からの依頼も来ているぞ? 乙女ゲームの悪役令嬢をより美しく、個性的にしたいけどどうしようもなくて困ってると。君の悪役顔といきなり目の前の少女に告白してみるという変人の出番だ」
「変人は余計です! でも、違う作品に同じ悪役令嬢が出たらおかしくないですか?」
「あぁ、そこは気にしなくていい。君が出るのは作者の頭の中だからな。作者の性癖や好み等のフィルターを通して物語は文字や絵になる。そのフィルターは人それぞれだから、元は君だが違うキャラになる」
「そ、そんなものですかね」
「そんなものだ。君は人の頭の中でさえ道理を求めるのかい? 言っただろ、ここはなんでもありの世界。難しい事は考えなくていい。なんでもありなんだから」
「は、はぁ」
私はなんとなく釈然としなかったが、この胡散臭い店にもう少しだけいてもいいと心は変わっていた。
文字さんに少し頭を下げる。
「えっと、とりあえずお世話になります?」
「ようこそ、『レンタル敵屋』へ。ところで今更だけど君、名前は?」
「本当に今更ですね。麗子です」
「麗子さんね。OK、OK。じゃあ、最初の仕事なんだけど、店の前にこれ貼ってきてくれる?」
「はい?」
文字さんが私に渡してきたのはポスターだった。
なんのポスターかと見てみれば、それにはこう書かれていた。
【悪役令嬢、はじめました。悪役令嬢もので悩んでいるあなた、ぜひ店内にお越しください!】
──冷やし中華はじめましたみたいなノリで書くなっっ!!
私は反射的にポスターを破り裂く。
文字さんが「経費が!!!」と叫ぶ声が背後から聞こえた。
***
やれやれ、なかなか面白い新人がやってきたものだ。
あぁ、失礼。まだ依頼相談の途中でしたね。
いやはや、「なんだこの話、わけわからん」と思うあなたの気持ちも理解はできますよ。
ですが、もしあなたが物書きであったなら、こういう事が起きたことはありませんか?
物語を書いている途中で、突然キャラクターが勝手に動き出し、本来想定していた筋とは全然違う終わり方になったとか。
もしかしたらそれは、あなたの守護霊が我が「レンタル
トロール、ゴブリン、噛ませ犬な戦闘狂マッチョ、愛猫を膝に置く謎の組織のボス……当店には色々な悪役キャラが活躍しております。
あなたの物語にもぜひ、当店の従業員をお使いくださいませ。
〈了〉
いらっしゃいませ。こちら、『レンタル敵』屋です。あなたの物語を盛り上げます。 風和ふわ @2020fuwa
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