喋る栞

 茜がびっくりして声のした方を振り返ると、トランクの中から小さな栞が飛び出した。三つ葉のクローバーが頭についた鍵の形をした栞である。鍵の部分に小さな石がはめ込まれていて、声がするごとに、その石が明滅する。


『なあなあ、そろそろ気づいてぇな。ワテやてワテ! このちっこくて、かわいーい栞やて!』


 栞がぴょんぴょん跳ねる。茜は現実が受け入れられず無視しようとする。


『いやいや! 自分、絶対気づいてるやろ!? 無視せんといてぇな』


 茜はおそるおそる、栞を見た。栞についた石が光る。


『やーっと気づいてくれたか。ワテ、そんなに存在感ないんかいなっ』

「いや、むしろ存在感ありすぎて怖いです……」


 茜は、目をそらしながら言う。栞が茜の顔に張り付く。


『ワテ、自分のこと十年間ずーっと見てたんやで? 仕事に就いてから自分、まーったくゲームせえへんようになってしもたやん。ワテ、ほんまに寂しかったんやで』

「だって、それどころじゃなかったんですよ……」


 茜はため息をつきながら、栞を見つめる。


 社会人になり、正社員として働き始めてから、彼女の生活は大きく変わった。休みの日も、そんなことはおかまいなしに鳴り続ける仕事用の携帯。仕事から帰っても、やり残した仕事をやらなくてはならず、ベッドに入るのは深夜になってから。


 そんな日が続き、とてもではないが自分のやりたいことをする時間など、なくなってしまった。ゲームや読書をする時間は、めっきり減ってしまっていた。


『自分、要領悪いからなぁ。ゲームしてた時もそうやったで。何かを買い忘れて同じ街に何度も取りに戻ったりとか、よくあったもんな』


「それはそうですけど……」


 栞に言われると、なんだかとっても腹が立ちます。


 そう口に出そうとして、茜は思いとどまった。


『まあ、何にせよ。この世界に来たからには、ワテの本領発揮っちゅうわけや。これからは、ワテの指示に従ってもらうで』


「指示に従うって……」


 いったい何をさせるつもりですか。そう言おうとして口をつぐむ茜に、栞はトランクから出てきてその場から動かない、本に言った。


『そういや自分、さっきどこかへ急いどったようやけど、どこへコイツを連れて行く気やったんや?』

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