出会い
茜は、夢中で本を追いかけた。最初はゆっくりだった本も、どんどんスピードを増している。
「ちょ……ちょっ……、ちょっと待ってよぉおおおお」
本を追いかける女性の姿は、どうやらこの世界でも異常に見えるらしい。すれ違う人のほとんどが、茜の方を振り返る。
「あ、トランク忘れてきちゃった。まずい。どうしよう」
トランクを持ってきていなかったことに気づいた茜が立ち止まると、その背中に後ろから勝手についてきていたトランクが激突する。
「おわっ」
茜はトランクがぶつかった衝撃で前につんのめり、倒れた。すると前を飛んでいた本が、急に戻ってきて茜のトランクの中に隠れた。
「え……、どうしたの。急にトランクの中に隠れちゃって……」
茜が本に尋ねようとしたその時、前方から声がかかった。
「大丈夫? 怪我はない」
茜が顔だけ声の方へ上げると、そこには茶髪の青年が、心配そうに茜を見下ろしていた。
ファッション雑誌の、『街角で見つけたイケメン特集』のページで特集されそうなその青年は、白い上着を羽織り、八分丈のズボンをあわせている。ズボンにつけられたシルバーの鎖が、ジャラジャラと音を立てた。
「立てる?」
青年は言って、茜の目の前に自分の手を優しく差し出す。
どうでもいい話だが茜は初対面の人に対して、タメ口で話す相手は苦手である。きっとこの人は、対人関係で苦労していないのだろうな。そんなことを考えながら、彼女は笑顔で答えた。
「ありがとうございます。自分で立てますので、大丈夫です」
そう言って、立ち上がる。トランクが茜の傍に足元に寄り添う。青年は、茜が自分の手を取ってくれなかったことを少しも気にせず、笑顔を向けてくる。
「よかった。その様子なら、大丈夫そうだね。ところで、この辺で本を見かけなかったかな? 茶色の魔導書のような本なんだけど……」
「いえ、特に見かけてないですね」
「そっか。突然ごめんね。オレ、魔導書を探しててさ。アレがないと魔法が使えないんだよね。困ったな……。もし見かけたら、知らせてくれないかな。当分、この街に滞在するつもりだから。オレ、風吹海人っていうんだ。よろしく」
青年は言うと、さっさと茜に背を向けて歩き始めてしまった。彼の姿が見えなくなってから、茜はトランクに向かって言った。
「とりあえずさっきの人、いなくなったよ。出てきたら?」
するとトランクから、おずおずと本が姿を現した。茜は言った。
「何か事情がありそうだけど……」
茜が最後まで言い終わる前に、もう一つの声が彼女の言葉を打ち消した。
『自分、ほんま気ィ付けや。ワイ、トランクの中でひっくり返ったやろ』
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