遡ること、数時間前。

 そのゲームは、発売されてから十年の時を経ていた。むろん、十年も経てばゲーム業界も、大きく変わる。新しいゲーム機も出ていたし、そのゲーム機に対応したゲームソフトも出ていた。十年前のソフトに対応するゲーム機は、今では中古品しか出回らなくなってしまったし、値段もワンコインで買えてしまうものまである。しかし、新しいゲーム機とゲームソフトが続々と出ている今、わざわざ古い機体を購入する人は、ほとんどいない。ましてや、新しい対応ソフトが発売されることのない、ゲーム機など。


 彼女が、ゲームの世界に取り込まれてしまったその数時間前。彼女は、仕事帰りに寄り道をした。普段彼女は仕事帰りに、寄り道などしない。一刻も早く家に帰って、ふかふかのベッドで眠りにつきたいからである。しかし、この日は違った。どうしてもゲーム屋に寄らなくては帰ってはいけないような、そんな気がしていたのだ。


 店に入ると、レジの前で店員が言い争いをしていた。


「だからなんでソフトが入っているかどうか、確認しなかったんですかっ」


 ひどい剣幕でまくしたてる女性店員に対し、もう一人の男性店員は頭をかきながら言う。


「いや、確認したって。確認した時には、あったんだよ。でもオレが陳列しようと思った時には、なかった。他の客対応でオレがちょっと目を離したすきに、きっとソフトだけ抜き取ったんだよ」


 男性店員の言葉を聞き、女性店員はさらにまくしたてる。

「そんなワケないでしょうっ! じゃあ今から電話かけて、ソフト抜いたか聞きます?」

「いや絶対、もしそうだとしてもそうだって答えないだろうよ」


 店員が言い争いをしているレジを通り抜け、茜は中古ゲームソフト売り場へと足を向けた。元々、新品ゲームを買えるような金額は、所持していない。


中古ゲームの棚には、今しがた入ったばかりなのであろう、魔法の本と杖、瓶など魔法使いセットが並べられている。それらを一目見て、彼女はあっと小さく声を上げた。


 それが自分が発売日から約十年、いやそれ以上だろうか、クリアまで楽しんでプレイしたゲームソフトの付属品であることに、彼女はすぐに気づいた。当時自分が遊んだゲームソフトも付属品も、まだ家に保管してある。けれどもゲームソフトの付属品にも関わらず手の込んだ仕上がりのこの付属品を、思いがけない縁で思い出したこのゲームの品々を、部屋のインテリアとして飾りたいと考え、購入したいと思った。


 いくら十年前のゲームソフトとはいえ、相場は千五百円くらいのゲームソフトのはずである。そっと値段を見た茜は、驚いた。百円。そしてその隣に書かれた注意書きにもっと驚く。


「ソフト欠品のため、付属品のみ」


 まさかソフトだけ元の持ち主が保管しているのか、それともソフトだけ紛失して、いらなくなった付属品だけを売り払ったのか。なんにせよこのゲームは、付属品なくしてシナリオを進めることは、できないに等しい。


 (セーブデータは一つしか作れないゲームだし、ゲームソフトごと買って、中古ゲームソフトの方で、もう一度最初からやるのもアリかなと思ったけど……)


 茜は付属品だけまとめられたこの商品を、手に取ってレジへと向かった。不思議と、この商品を買うためだけに元から来たかのように、他の棚を見て帰ろうとは思わなかった。


 商品を持ってきた茜を見て、店員は驚いた顔をする。


「あの、その商品……。肝心のソフトがついてないですけど」

「あ、この付属品が欲しいんで構わないです」

「本当ですか。いやぁ、よかった。買い手がつかないんじゃないかって、心配してたんですよね」


 男の店員は嬉しそうに言うと、レジを打つ。


♢♦♢♦


 家へと帰宅した茜は、目を輝かせてテレビ画面を見つめていた。テレビ画面の前には、大型のゲーム機。そのゲーム機がソフトを起動するために、エアダクトからウォンウォンと大きな音を立てている。


 そのゲーム機の隣には、魔導書のような出で立ちをした、大型の本。古ぼけてどこか色あせたような茶色の表紙に、白銀色と薄桃色の一対の蛇が巻き付いた杖のようなものが交差している。真ん中には、ダイヤ型の大きな紅い宝石のようにキラキラ輝くものが埋め込まれ、その上には青銅色のメダルが埋め込まれていた。


 彼女は、本を持ち上げて嬉しそうに言う。


「この本を使うのも、久々だなぁ」


 持ち上げたと同時に、杖と七色に光る不思議な形をした石、さらにピカピカ光る瓶のようなものが床に落ちる。それを見て、さらに茜の顔が嬉しそうにほころぶ。


「懐かしいなぁ、何年ぶりだろ。杖を出すのも、石を使うのも久しぶりだなぁ。ちゃんと扱えるといいけど」


 鼻歌を歌いながら、彼女は待つ。ソフトが起動するのを。しばらくすると、ソフトが立ち上がり、テレビ画面に大きくゲームタイトルが映し出される。タイトル画面と、その背景として流れる映像、音楽に彼女は、瞳を潤ませた。







 

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