第61話 七つの大罪・エヴァグリオス
「おやおや…こらぁたまげた。土壇場になって自我を取り戻すなんて聞いたことあらへんかったわ。学者が泣いて喜びそうな結果やな~」
大粒の涙をこぼす黒獣を傍から見ていたスキンヘッドが鼻をほじりながら言い放った
もう仲間は全滅し村人たちも壊滅状態だというのに、その余裕は消え去っていない。
「オニイチャン…オニイチャン…」
兄の亡骸を大きな手で揺すりながら涙をこぼす黒獣は、異様だがなぜか涙を誘い残っていた村人たちも動けないでいる。
だが一人、静かに佇むその身に迸る激情を宿す青年がいた。
(また僕は…同じ過ちを…)
何度目かわからない大切なものの死…それも自分を庇っての死である。
責任を感じないわけがなかった。
(いったい何度…守られれば…)
そしてその傷付いた心はとんでもないものの侵入を許してしまう。
(僕は強くなれるんだッ…!)
その心情を吐露するとともに、シノアの身体に変化が起こった。
「くはっ?!…こ…れは…」
突如桜小町から放たれた獄炎に包まれその身体に焔が宿ったのだ。
「っ…!がっ!…はぁ…はぁ…」
焔は一瞬で消え去り命に別状はなさそうだったが、一部分にだけ残り激しく燃え盛っている。
「み…ぎめが…うず…く…」
焔はシノアの紅色の瞳に宿ると勢いを増し、赤黒い炎となりその力をシノアに宿した。
それは怨嗟の炎。何千何万という桜小町に斬られてきた命たちが具現化した存在であり、人々の悪意の塊である。
それは人の身に余る超常の力、只人である人間に耐えられるものではない。
「うわぁあぁああぁ!!」
彼の魂にヒビが入る音が身体の内に響き渡った。
◇◇◇
「おいおい、ありゃやべーぞ」
遠くを見つめる人間離れした美丈夫が呟いた一言が辺りに木霊する。
「どうした?“傲慢”」
“傲慢”と呼ばれた男─プライド・ルシファーの呟きに反応したのは同じく大罪を背負う者、“嫉妬”エンヴィ・レヴィアタンである。
男型であるプライドに対し女型として、その大罪通り人々が嫉妬するほど美しい見た目で荒々しく人外の魅力をまき散らしている。
いや、二人が人外であることなど一目瞭然だろう。
なんせ二人は上空1000メートルに浮遊しており、そこで堂々と仁王立ちしているのだ。
もし彼らが人間だというのなら、どこの世界に地上からかけ離れた地点で仁王立ちできる人間がいるのだという話になる。
「あぁ。ソリスの器なんだがな、怨嗟の炎にのまれかけてんぞ。このままだと魂の器がこわれちまう」
「別にいいんじゃないのか?大事なのは身体なんだろ?」
心底めんどくさそうに告げるエンヴィだったが、プライドの適格な指摘に押し黙ることになる。
「馬鹿かテメェは。神が人間を器として使うときは必ずその魂の器に自分の神格を満たさなきゃならねぇ。じゃなきゃ十全に力を発揮できねぇからな。もし、あいつの魂の器が壊れちまったら、ソリスに壊されんのは俺たちだ」
“傲慢”が珍しく物事の道理をきちんと理解し、指摘してきたことに驚くエンヴィ。
だが、それも無理はないだろう。
普段の彼は適当で不真面目、命令もろくに聞かずまさしく傲岸不遜という言葉がぴったりの男なのだ。
しかし、今の彼は普段とはまるで別人だ。珍しく目に光をともし、やる気?に溢れているようだった。
「ともかく、器を助けにいくぞ。あの黒いバケモンはお前が相手しろ、俺は器の修復を─」
「待てよ」
てきぱきと作戦を立案し、命令を下すプライドに待ったをかけるエンヴィ。
その眼には揺らぐ感情が映っており、たしかな殺意を宿していた
「…なんだ?」
「お前はいつもそうだな。新顔の癖に指示ばかり飛ばして自分では碌に動かない。本当に
エンヴィの挑発に無言になるプライド。だが、すぐに表情を戻しシノアの救出に向かおうとする。
「ったく、こんなときに何言ってんだよ。おら、さっさと行くぞ」
挑発を無視してシノアの元へ飛んでいこうとするプライドに、エンヴィの怒りは爆発する。
自分は本気で誘ったのにも関わらず、まるで相手にされていないような態度─嫉妬を司るだけあり恐るべき程に嫉妬深いエンヴィには許容できないことであった。
「その澄ました余裕が気に食わないんだよ!!」
その言葉と共にエンヴィの右手から放たれた魔力弾。
それは、先ほど黒獣が放った黒魔放射とは比べ物にならないほど強力で、プライドを巻き込み近くにあった島に着弾すると、島そのものを破壊し辺り一帯を消し炭にした。
「はは…は…やっぱり大したことないじゃないか。何が
プライドの消失を確信し勝ち誇ろうとしたエンヴィだったが、後ろから放たれる強烈な覇気に気付くと怯えたように距離を取った。
結果的にその行動がエンヴィを救うことになる。
エンヴィが浮遊していた場所は突如現れた漆黒の羽根により、空間ごと切り刻まれ時空が歪んだのだ。
「な、なん…だと…」
どこからともなく現れた漆黒の羽根に驚き辺りを見渡すエンヴィだったが、どこにもヤツの姿はない。
ただ、その圧倒的なまでの覇気はエンヴィに向けて放たれており、呼吸すら困難な空間に思わず身悶えする。
「くそっ!どこだ、どこにいる!」
右手をかざして蛇神を大量に召喚しながら周囲を警戒するエンヴィ。
とうとう覇気を放つ存在の居所を掴んだものの、同時に後悔した。
それを敵に回したことを。
「…ひっ…お、おまえ…」
「どうして7人いる
怯えるエンヴィに対しプライドは目を閉じ静かにその場に佇む。
しかし彼からは彼らの主を彷彿とさせるほどの覇気が放たれており、その気になればエンヴィなど即座に消し去れるということがうかがえた。
「っ…そ、それがなんだというんだ」
「俺たちは強い。それぞれ悪魔界の大公爵や四大天使、七大天使から堕ちてきた者たちの力を宿しているんだからな。当然だ」
なぜ今さらになって自分たちの強さについて語るのか意味がわからないエンヴィだったが、当然言い返すことなどできるはずもなくただ静かにプライドの話に耳を傾ける。
「その中でも“傲慢”…プライド・ルシファーの名を継ぐものは他の
つまりは創造神から愛され、破壊神からも愛された特別な存在。二柱の最高神から祝福されたその存在はアダムとイブの最初の子供のように、この世界を創り変えるだけの力を有しているのだ。
「くっ…それがなんだと─」
ただの自慢話だと吐き捨てようとしたエンヴィだったがプライドの姿を見た途端、己に降りかかる覇気も存在の危機も忘れてそれに魅入った。
そのあまりの美しさに。
「…“地獄の業火に焼かれて消えろ。
その言葉で発動した禁術によりエンヴィはその存在をこの世から消し去った。
プライドの背中に煌めく漆黒の翼に見惚れながらその美しさに嫉妬して。
「ッたく…面倒ごと増やしやがって…新しい“嫉妬”は俺が見つけなきゃならねぇんだぞ…」
エンヴィに向けていた覇気を一瞬にして消し去ったプライドは、ため息をつきながら指を鳴らした。
そして、自分の使命を思い出したのか急いでシノアの元へ駆けつける。
「くそっ…間に合えよ。じゃなきゃ消されんのは俺なんだ」
そう吐き捨てると、その背中の漆黒を羽ばたかせ飛翔し美しい羽根を周囲にまき散らしらしながらその場を後にした。
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