ひめごと!

 魔物の大量襲撃から翌日。


「……」


 不規則なリズムを刻みながら揺れる、広くもなく、かと言って決して狭くともない、寧ろ人を数人程度乗せるなら十分に事足りる何とも微妙な空間。

 そこに差し込む光がまるで快晴を知らせるかの様に、顔を照らして来て少し眩しい。


 そう、何を隠そうここは馬車の中、その向かう先はヴァルシャ帝国一の大都会、帝都アマデウス。

 とは言えまだグルーシェの街を出てから未だ数十分程しか経っておらず距離も然程進んではいない。

 その証拠に、背後にはグルーシェの街が小さく映っているのが見える。

 なんでもルーシェ曰く帝都までは最短でも5日は掛かるらしい。


 そんな目的地までのちょっとした長旅が始まろうとしている最中、俺はと言うと――


(あー、けつが痛い……マジで車が恋しい……まったく《六勇者》め、娯楽を広める暇があるならサスペンションだって広めてくれてたっていいのに!)


 何処ぞのクレーマーかの如く過去の英雄たちに難癖しながら俺は、まるで長時間拷問されたかの様な精神的かつ物理的苦痛から逃避する様に馬車の窓越しから外の景色を眺めている。

 と言っても一度街を出てしまえば瞳に映るのは、何も代わり映えしない「正に異世界ファンタジーここに極まれり!」とでも言う様な不整備な土路と点在する岩々、そして生い茂る大草原のみ。

 例えるなら、デスゲームに巻き込まれた某黒い剣士さんが、最初の街で知り合いの誘いを断った後に、たった1人で叫びながら駆け抜けたあの草原の様であると言っても過言ではない。

 使い方も意味合いも変わってしまうが、大草原不可避とは正にこの事だろう。まぁ、偶に野生動物が姿を現してくれるのがちょっとの救いにはなるが、それでも途中で見飽きてしまうのは無理のない事だと思う。


「……」


 それはさておき、一体全体なぜこうなったのか。俺は最早意味もなく外へと目を向けながらも頭の中では、少し前までの出来事を思い出していた。



 ♢第2シェルター



 それは俺が魔術で負傷者達の治療を終えてから直ぐだった。


「アルス殿! 貴殿に頼がある!」


 此方に近づいてきたルーシェが何やら真剣な表情でそう言ってきたのだ。

 寸秒も待たずして起きた唐突な出来事に訳が分からない俺達は、何やら面倒ごとの予感がしながらも取り敢えず、彼女の話を聞こうと試みる。


「落ち着けって、一体どうしたんだ?」

「あ、す、済まないつい……ふぅ」


 我に返った彼女は恥ずかしさからか、軽く頬を紅く染めながら一息呼吸を入れて興奮した気持ちを整える。


「大丈夫か?」

「あぁ……取り敢えず此処を離れたいのだが良いだろうか? その、あまり聞かれたくない内容でな」


 如何やら地下シェルターここではしづらい話らしく、この場を離れたい様だ。

 別にそれ自体は俺達も同じだから構わないが、それが地上へ出たいという意味ならば、残念ながらロッソ達との約束ある為、直ぐにと言うわけにはいかない。


 彼女には申し訳ないが先に約束していたロッソ達との第1シェルターでの合流を優先したく、俺はその旨を彼女に伝える。


「分かった。ただ、一度第1シェルターに戻るつもりだから直ぐにと言う訳にはいかないな」

「ふむ。なら、その道すがらで構わないから話を聞いてもらえないだろうか? なに、別に長くなる話ではないから、どうだろうか?」

「まぁ、王・女・さ・ま・がそれで良いなら俺は構わないが、リリムもそれでいいか?」

「うむ、構わないのだ」

「じゃあ決まりだな。もう此処には用はないし、早速だが行くか」

「うむ! ヴェルデたちが待ってるのだ!」

「……感謝する」


 こうしてルーシェが感謝の言葉を口にしたのを最後に俺たちは第2シェルターを離れたのだった。




♢第1・第2シェルター間――通路




 第2シェルターを出ると、次いで姿を現すのは、シェルター間を繋ぐ薄暗い直路――。


「……で? 頼みってのはなんだ王・女・さ・ま・?」


 その第1シェルターへと続く長道を数歩進んだところで、俺はさっそくルーシェの頼みとやらの内容を聞こうとそう話を促すが、しかし――


「むぅ、さっきからその呼び方は何だ!? 私の事は普通にルーシェと名前で呼んでくれ」


 返ってきた答えは、本題とは全く関係のない事であった。

 しかし、かと言ってそれを無下に遇らう事は出来なかった。何故なら、可愛らしく頬を膨らませながら睨んでくる彼女の瞳に、一種の不満と背反を表した様な若干の怒気が宿っていたからだ。

 察するも何も無いが、言動からして如何やら彼女に対する呼び方が気に入らなかった様だ。


「あー悪い。気に障ったか?」

「い、いや別にそう言う訳だわないんだ。ただ……」

「ただ?」

「ええい! 兎に角私の事は名前で呼ぶんだ! 良いな!? こ、これは大事なことなのだぞ!?」


 もしかしたら俺は彼女の事を地位名で呼ぶ事で無意識に遠慮してたのかもしれない。

 ただ、それももう終わり。本人が名前で呼んで欲しいと言うのだから、それに答えないわけは無い。


「分かったよ、ルーシェ……これで良いか?」

「う、うむ……」


 ただ名前を呼んだだけ、しかしそれだけで何処か俺達の距離が縮んだ気がするのはきっと気の所為では無いだろう――。

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