とある行商人

 ♢ ハルカス


 言うなればそれは偶然だったのかもしれない。

 しかし私にとってそれは奇跡だった。


 その言い伝えを父から始めて聞かされたのは、5歳のころだった。


 ――この世界は偽りだらけである。

 故に神を信じる事なかれ。

 決して眼に見えないものを信じる事なかれ。

 己が眼で見た物を己が心で判断せよ。

 そう――全ては自由の意志のもとに。


 いずれ世界は大きく動き出す。

 それは正か負か定かではない。

 だが必ず現れるであろう――漆黒の刀を持ち、漆黒の衣を身に纏う者が。

 その衣は自由の象徴であり、その者こそ、世界を偽りから解放し自由の意志のもとに導く救世主である――。


 この言い伝えを元にして子供向けの童話が造られた。

 私の祖国の民であれば誰もが一度は子供の頃に読んだ事のある物語。

 その物語を読んだ誰もが救世主という存在に憧れる。中には、外の世界に興味を持つ者もいる。

 私もその中の一人だ。


 話を最初に戻そう。


 私が何に奇跡だと感じたのか。それは、我々を盗賊の奇襲から救ってくれた一人の青年のことだ。

 勿論、盗賊から救ってもらったのも奇跡と言えばそうなる。何せあそこで助けが来なかったら我々は、死んでいたのだから。

 しかし、そこではない。

 もう一度言うが私が奇跡だと感じたのはその青年の事についてだ。


 では、その青年の何が奇跡だと感じたのか。

 それは彼の格好にある。

 黒い武器を持ち、黒コートを着ていてそれはまさに、言い伝えにある救世主という存在と格好が一致していた。

 しかしこれだけならば、他にもしていそうな格好である。

 故に彼を救世主ではないかと決定づけたのは、黒コートに施されている花柄の刺繍にある。

 その花の名は、「月見草」。花言葉は、「自由な心」。


 言い伝えにあった、自由の象徴とは正にこれのことではないか。

 だとするとやはり彼こそが、言い伝えにあった救世主に間違いない。


 言い伝えは本当だったんだ。


 しかしそれは同時にある事を意味する。

 そう――この時代に救世主が現れたという事の意味が。





 街に着くと私は、我々を救ってくれた青年――アルスさんに思わず、王都まで同行してくれないかと頼んでしまった。


 そして直ぐにしまったと我にかえる。


 何故なら依頼を受けてくれたロッソさん達の前でこんな事頼むのは失礼な行為だからだ。

 何せ彼等の戦力じゃ不安だと言っている様なものだから。

 勿論、私にそんなつもりはない。しかし、それをどう捉えるかはロッソさん達次第だ。


 私は、自分の後先考えない愚行を恥じた。


 しかし彼等は私の言葉を不快に思う事はなく、それどころか賛同してくれた。


 なんて心の広い人達だ。これは後で御礼と謝罪をしなければ……。






 後からわかった事だが、盗賊の中に闇ギルドが紛れていた様だ。


 ただの盗賊が襲って来るのは分かる。奴等の目的は大体積荷だから。

 しかし、何故闇ギルドの連中が襲って来たのかその目的が分からない。


 いや、一つだけ思い当たる節がある。


 それは、私が外に出る際に父から渡された木箱。


 父曰く、この木箱の中には、一冊の本が入っているらしい。


「これは我らの先祖が救世主様の為に遺したと言われている代物だ。

 実は、幼い頃にどうしても気になって一度中身を見たことがあるんだが…なんていうかこれは人を駄目にする。特に男には効果抜群だ。

 当時私もこれにやられてしまったよ。

 兎に角こんな物、万が一救世主が現れたとしても渡すわけにはいかん。

 まったく、我らの先祖は何を考えてるんだか。

 手放せるならとっと手離した方が良いだろう。

 と言うことでハルカス、お前外に出るんだったらこれを何処かに売っぱらってこい」


それは、父が私にこの木箱を渡す際に放った言葉。


 もし闇ギルドの目的がこれなのだとしたら、奴等は一体どこで聞き付けたのだろうか。

 そしてそんな奴らに狙われるこれは、本当に父が言うような物なのだろうか。


 私自身、気になったが怖くて見れなかった。


「……」


 狙われた木箱、そしてそこに現れた救世主。

 果たしてこの二つの巡り合わせは、偶然なのだろうか。


 もし、言い伝え通りならこの先、世界を揺るがす何かが起きる。

 いや、それはすでに動き始めているのかもしれない。


 今日起きた出来事はその予兆ではないのか。


「ふぅ…考えても仕方がありませんね。今日はもう寝ますか…」


 私の名前は、ハルカス・ハインツ――かつて《六勇者》が一人、《自由の勇者》と称されたジャック・A・ハインツの末裔である。

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