帰省③
♢ アルス
宿がある場所から家までの距離はさほど長くは無く、リリムと雑談に興じているうちにあっという間に着いた。
「……」
二年―――数字で言えば短い様にも感じる。実際に迷宮に籠って居た頃は、二年なんてあっという間の様に感じた。しかし地上に出てみればどうだ。
我が家を前にして随分と久しく感じてしまうではないか。
それは決して周りの景色が変わったからだと言う事はない。寧ろ、二年前と何も変わっていない。
それでも久しく感じてしまうのは、迷宮での出来事が余りにも濃かった所為なのか定かでは無い。
『どうした。入らないのか?』
『いや、勿論入るよ』
『…さっきもそう言ってもう5分以上は経ってるのだ』
『うっ…』
だってしょうがないじゃん!?二年とは言え、ずっと顔を合わせていないんだよ!?一体どんな顔すれば良いんだよ!亡くなったかもしれない自分の息子がある日突然、気軽に「ただいま」なんて言ってきたら、ある意味ホラーだよね!?
そんなの怒りより先に恐怖でしか無いから!
俺だったら絶対そうなるわ!
『んーもうっ!何をそんなにグズグズしているのだ!早くするのだ!』
痺れを切らしたリリムが遂に怒りをぶつけてきた。
『わ、分かったからそう怒るなよ』すぅ――はぁ〜…よしっ」
俺は一度大きく深呼吸してからドアに軽く二回ノックをする。
それから暫くすると、ドアの奥―――つまり家の中からドタドタと足音が聞こえたかと思えば、ガチャリとドアが勢いおく開き―――
「アルスっ―――!!」
俺の名前を叫ぶ声と同時に何者かが勢いよく飛び出して来た。
母さんだ―――。
母さんは、俺が返事するよりも早く、飛び出して来た勢いを殺さず、まるで体当たりでもするかの様な勢いで抱きついて来た。
それはまるで俺の存在を確かめるかのように、そして二度と離さないと言わんばかりの強い抱擁だった。
俺の見た目が変わっているのにも関わらず、母さんは俺である事を確信している様だった。
先程まで色々と悩んでいた自分が阿呆らしくなる。
きっと関係ないんだ。
見た目や年月とかそう言う全てがどうでも良いと思う程に帰って来てくれたことが何よりも大事なのだろう―――。
勿論後から色々と言われるかもしれない。それでも今は―――
俺はそれに答える様に優しく母さんの背後に手を回し抱き締め返す。
そして気付いてしまった。
「……」
母さんの身体が少し痩せ細くなっている事に―――。
余程心配していさせていたのだろう。それも当然か、なにせ二年間も行方知らずで居たのだから。
(母さん……)
こうなってしまったのも俺が原因だと知るとなんともいたたまれない気持ちになる。
しかしそんな俺の気持ちは余所に母さんは、嗚咽を漏らしながら俺の名前を何度も何度も呼ぶと、抱き締める強さをさらに増して言ったのだ。
「良かった!本当に生きてた!」
その言葉はまるで俺の生存を信じていたかの様だ。いや、きっとそうなのだろう。其れこそこんな身体になってしまうまでに。
迷宮で行方不明となったと知れば、最初こそ生存を信じていたものの、時が経てば経つほどその感情は薄れていき、最終的に死んでしまったと思うのが普通だろう。
しかし、俺の両親は、俺の生存をずっと信じ続けて居た。
母さん達の何がそう駆り立てているのか分からない。
しかし一つわかった事がある。
それは、母さん達の心は凄く強いという事だ。
そんな両親の事を俺は誇らしく、そして最後まで俺の生存を諦めずに信じ続けてくれた事に嬉しく思う。
しかしそれと同時に凄く申し訳ない気持ちに駆られる。こんなになるまで俺の事を心配していたのに、俺はすぐに帰る事をしなかった。
しかし迷宮に籠っていた二年間の事は俺にとっては必要な事だった。
二つの感情がぶつかり、そして入り混じりどうして良いのかわからず、結局口に出たのは―――
「ごめん」
そんな一言であった。
それからは、板の間にやって来た父さんも加わり、闇夜の月明かりがこうして家族が再び一つになり、元の形に戻ったのを喜ぶかの様に優しく俺たちを照らす中、俺たちは嗚咽を漏らしながら強く、強く抱き締めあい、それを夜風が撫でる様に優しく包み込むのであった。
♢
それから暫く経ち、最初に口を開いて沈黙を破ったのは母さんだった。
「アルスあんた、今の今まで何処で何してたの?」
「それは――」
「待った。外も夜で冷え込んできた事だし、取り敢えず家の中に入って話はそれからにしないか?」
「それもそうね。じゃあ温かい飲み物でも飲みながらこれまでの事について沢山話しましょ!」
「そうだな、それが良い。良いよなアルス」
「あ、あぁ」
実は、両親にはリリムを紹介する際に全てでは無いが大方の事を話すつもりでいた。
全てでは無いと言うのは、俺が転生者である事とこの世界―――アルテンシアについての事だ。
特にアルテンシアについては話してしまえば、真実を知る者の中に両親も加わってしまう。そうなるとこれから先、起こりうるかも知れない事に巻き込み兼ねない。
故に今その事を話すのは得策では無い。
話すならば全てが終わった後かその前にだろう。
「じゃあ中に入ろう」
「あぁ」
「あっ――その前にアルス」
「ん?」
母さん達は、家の中に入ろう運んだ脚を一度止めて後ろにいる俺の方へ身体ごと向き直すと―――
「「おかえり」」
そう言ったのだった。
それは日常においての何気ない一言に過ぎない。しかし今の俺にとってその一言は何故か暖かく感じた。それはもしかしたら先程まで俺の事を抱きしめていた母さんの温もりの余韻なのかもしれない。
それでもこの胸の内にこみ上げてくるこの気持ちは決して間違いでも錯覚でもない。
あぁ――本当に帰って来れたんだな。
もし、そのまま王都に向かっていたらきっとこの気持ちを味わう事はなかっただろう。
だから―――
「ただいま」
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ディーティアの観察日記
下界は今日も―――いや、いつもよりも青が澄み渡って日差しがまるで彼のことを祝福しているかの様な晴れやかな天気でした。
彼を見続けていたと言うこともあり、私自身も外界を見るのは久し振りです。
やはり外は良いですね。風に揺られて木々がサァサァと音を鳴らし、それに合わせるかの様に歌う鳥たち。朝日が沈み夕暮れに差し掛かると青かった空が嘘だったかの様にあっという間に朱色の世界に移り変わる。それらを感じる事で心が穏やかな気持ちになります。
とは言うものの、私は神界で引きこもっているんですけどね……。
迷宮での死と言い、森を抜けてからの盗賊との遭遇。何故か災難の連続のような気がしましたがその先にあったのは、良いものでした。
それは両親との再会。
実に感動的でした。私もはやく彼に会いたいです。
それよりも盗賊たちが最後に言ったあの言葉……。あれは確か………本当に盗賊と遭遇したのは偶然なのでしょうか。もしかしたらもう………いえ、それはあり得ません。だってアレは今この星に居ないのですから。
兎に角、少し用心する必要があるかも知れませんね。
例え今、私に出来ることがないのだとしても、彼の事を想う事くらいは出来ますから。
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