第2話 死刑囚は解かされる

 ノックの音がした。


 一月一日。今日もノック音で始まる。

 私は本を閉じて、次の声を待つ。


「9999番。今日の問題だ」


 ありがたく挑戦させていただきます、とだけ言って、金属扉の下三分の一ほどの高さに設けられた差し込み口から用紙を受け取る。

 紙には私への出題が書かれている。私は答を記入して、本日中に提出する。正解していれば、翌朝もまた同じように問題が出される。

 正解できなかった場合、翌朝の出題はない。代わりに、原則的に死刑が執行されることが定められている。そう、私の死刑執行が。

 問題に間違えると、解説を受けることはできるらしい。そこで納得できない場合は異議を唱える機会を与えてもらえると聞くが、これまで実際にそのような事例があったのかは定かでない。

 私は冷静さという仮面を被って、今日もまた問題を解きに掛かる。


<問題


    9876543210


 上の数字の並びに適宜、四則演算記号及び丸括弧を入れ、計算結果が2020になるようにせよ。>


 問題文を読み、安堵した。この手のパズルは私の得意とするところである。

 そういえば今日は一月一日。二〇二〇年の幕開けなんだなと実感する。というのも、ここの刑務所では毎年正月の出題は、答がその年の西暦になるように数式を完成させよというスタイルが恒例になっているのだ。数字の列は、123456789かその逆順。先頭または末尾に0が加えられることもある、という風にパターン化している。

 私はしばらく考え、試行錯誤を重ねた後に、答を導き出した。

 間違いのないことを再三確認し、用紙へ記入する。それでも提出はまだせずにおく。昼過ぎにもう一度だけ確認しようと思う。見落としや錯覚があってはならない。

 いつもここまで慎重を期す訳ではない。絶対確実な自信があればすぐに提出する。だが、今朝は何となく、異なる空気を感じたのだ。具体的に表現するのは困難なのだが、用紙を持って来た刑務官が、どことなくそわそわしているような、興奮しているような。収監されて数年が経っているが、あのような奇妙な感覚は初めてだった。

 何かがある、もしくは、何かが起きているのかもしれない。

「答は出たかな、9999番?」

 予想していないタイミングで声を掛けられ、暫時、息を飲む。通常なら、問題を運ぶ刑務官は、差し入れたあとは立ち去るものなのだが。

 空耳かとすら一瞬考えた。でも、その声は間違いなく扉の向こうから聞こえて来たし、さっき問題を渡される前に聞いた声と同じ人物のようだった。

「解きました、が、提出はまだ」

 囚人は刑務官と無闇に言葉を交わしてはならないという規則があるため、探るような口ぶりになる。

「おまえの得意なタイプの問題であろう。正解は確実なのだから、早く提出しなさい」

「……」

 この数年では起こらなかったことばかり続き、警戒心が一気に高まった。何かの罠が仕掛けられているのか?

「疑うだけ無駄だぞ。何ら仕掛けてはいない。私は早く仕事を済ませたいだけなのだから」

「……それは正月だから?」

「……いや、違う。別に隠し通せとは命じられていないので、教えるとしようか。二〇〇〇を超える問題に正解し続けて来た9999番には、次のステージに進んでもらうのがふさわしいとの結論が下った」

「次のステージとは? そのような刑罰が極刑に付随しているなど、聞いたことがない」

「適用されるのは初めてらしい。大抵の人間は途中で誤答する。三年がいいところだからな」

「次のステージの内容については、教えてもらえないのかな?」

「さすがにそれは無理だ」

 刑務官のかすかな笑い声が短く届く。

「おまえのことだからひねくれてわざと間違えたり、正解しておきながら自ら死を選んだりといった恐れだって、ないとは言い切れまい。そういうのは困るんだな、お上も」

「私は死にたがりではありませんよ。生きながらえるチャンスがそれしかないのでしたら、従うとしましょう」

 用紙に解答を清書し、芝居がかった恭しさを纏って額ずいてから、提出した。


 午前十時を過ぎた頃、房の前に当刑務所の所長が現れた。細身で小柄、童顔なため、制服が似合っていない。鼻の下を髭で黒くしているが、威厳を高めるのには役立っておらず、むしろ付け髭めいていてコメディアンを思わせる。希に見回りに来ることがあったが、そのときは常に御供がいた。本日は所長単独である。

「やあ、9999番。おめでとう、今日の分も正解だったよ。この目で確かめた」

「直々の知らせ、痛み入ります。それで? 次のステージとやらの説明に来たんだったら、早く初めてもらいたいもの」

「そうだな。おまえにとっていいニュースと悪いニュースとがある。どちらを先に聞きたい?」

「ご随意にと言いたいところだけど、いいニュースから聞きましょうか」

「おまえは毎日の問題を解くことから解放される」

「――悪いニュースは?」

「別の義務が課される。ひと月に一度、難事件の捜査に当たるんだ。解決し続ければそれでよし。だが、二度、解決できない事態に陥ったときは、死刑が執行される」


 続く

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