第24刑 死に魅入られた男―A

 ブラッド=O=グランドの霊力は、あまりにも強すぎた。彼の眷属けんぞくであるアルバート=ブラックは、自分の《罪》に類似した気配を追って移動するが、なかなか辿り着けない。標的に近づいたと思えば、辺り一面から同様の霊力を感じてしまう。場所の特定ができない。


「くっそぉ。あの人と近すぎることが、反って仇になったわ」


 アルバートはネオポインター号を運転しながら、唇を噛んだ。


 後部座席にはしょう杏樹あんじゅ。杏樹も《憤怒》の眷属ではあるが、ある程度なら《罪人》の気配や霊力を感じることができる。彼女もグランドの気配を感知しようと、神経を集中していた。


「ねぇ。ブラック=O=グランドと、暮内くれない弥希みきが一緒に行動している可能性はある?」


「分からない。確か、新しく《臣公》に加わった女よね?」


「うん。そっか……。《憤怒臣公》の気配なら、辿ることができそうなんだけど……」


 2人が捜索に力を注いでいる間、晶はなぜ乃述加ののかが連れ去られたのか、その理由を考えていた。


《罪人》たちにとって脅威だから? だがそれなら、あの場で殺せばいい。わざわざ連れていく必要はない。それに彼女の実力は《臣公》相手にも引けを取らないものだ。傷つく危険を冒してまで連れ去る理由が、何かあるはずだ。


 車両は峠道を逸れ、山林の中に入っていく。


「歩いて帰ったならまだしも、ワープされちゃったからなぁ。足跡を辿ることができない」


 間違いなく、この山の辺りに潜伏している。だがそれ以上絞り込むことができない。


「他の部隊にも連絡して、この山全域を捜索してはどうでしょうか」


「いいけど、死人が大勢出るわよ。払う代償が大きすぎる」


 これ以上は無理だろうか。そう思った矢先、杏樹が何かを感知した。


「10時の方向。何か変な気配がする」


 曖昧な手がかり。しかし今は、それで十分だ。


「行ってみましょうか」


 進むには、木々が多くて来るまでは不可能。3人は徒歩で、森を通ることにした。




 見つけたのは、蔦と苔に覆われた、古い洋館だった。


 山林の中、そこだけぽっかりと穴が開いたように、周囲に木が生えていない。まるで洋館が他の木々を拒んでいるかのようだ。その分、館に巻き付いた植物が異様な空気を放っている。


 とても人間が生活できるような空間には見えない。足を踏み入れたが最後、植物た

ちに食われてしまいそうな家だ。


「これは――――。間違いない。《嫉妬臣公》の屋敷よ」


 唯一物知りなアルバートが、そう断定した。


「1度しか会ったことはないけれど、はっきり覚えている。半分死んでるみたいな、

毒々しい気配。彼と同じものが、この屋敷から漂っている」


 ただし、グランドらの霊力は感知できないらしい。つまり乃述加を探すにあたっては、空振りということだ。


 けれどここまで来て見逃す訳にもいかない。


「行きましょう。もしかすると、乃述加さんに繋がる手がかりがあるかもしれません」


 真っ先に足を踏み出したのは、意外にも晶だった。普段は散々石橋を叩く彼だが、今ばかりは躊躇っていられない。もちろん、彼の意思であれば杏樹は従う。


「そうね。おそらくここは、普段は結界によって守られている場所のはずだわ。きっとブラッドの強大過ぎる霊力のせいで、結界が不安定になっている。この機を逃すのは賢くないわね」


 アルバートも晶の意見に賛成の意を示す。


 3人は、苔まみれの扉に手をかけた――――。




        × × ×




 ピッ――ピッ――。と、規則的な機械音が、その部屋には響いていた。


 心電図にカテーテル。点滴や酸素吸入器など、生命を維持するためのものが、空間を埋め尽くしている。中央に置かれた車椅子。そこに座る老人は、もはや生きているとは思えなかった。口から息を吐く度に、ぶひょうぶひょうと気の抜けた空気の音がする。穴の開いたポンプを押しているような音だ。手足に肉はなく、骨に直接皮が張り付いているような状態。ミイラにしか見えない。


 だが、その老人は、どうせ人間を辞めるのであれば徹底して辞めてやろうとしていた。腹や背中から、機械の腕が何本も生えている。それらは体内で老人の脳に繋がれており、自在に操ることができた。


 右肩の辺りから生えた機腕うでが、突然ビクッと震える。その反応から、老人はあることを察した。


「……お客さんとは珍しい。儂の結界に自由に出入りできる者か。それとも結界を破ることのできる者か」




        × × ×




 屋敷の中は、埃とカビの臭いで充満していた。もう随分手入れがされていないらしい。床にびっしり育った苔で滑らないようにしながら、晶たちは捜索を開始する。


「気持ち悪い……。本当にこんな所に、住んでる奴がいるの?」


「これだけ霊力が漂ってるのよ。その場にいなけりゃ、残せる量じゃない」


 どこから何が出てくるか、分かったものではない。


 慎重に奥へ。1階と2階を吹き抜けにした、踊り場に出た。その時。


「何か用かね? 諸君」


 突然、合成音のような声がした。しかし、周囲に視線をやっても誰もいない。


 アルバートだけが、何が起きているか知っていた。


「これは、オリヴォ博士。お久しぶりです」


 天井を見て挨拶をするアルバート。彼につられて、晶と杏樹も天井に目をやった。


 するとそこには、車椅子に座った老人が、背中から生えたマジックアームで壊れた天窓の淵に掴まっていた。


「グランドのとこの小僧か。何年振りだ?」


「もう6年になるかと」


「そうかそうか。それで、そちらのお連れ様は?」


「博士は確か、死者蘇生の技術を研究していましたよね。この2人なら、被験に丁度いいと思いまして」


「そうか。ご苦労さまだな。ありがたく頂戴しよう」


 機械の腕が窓枠を放す。重力に従って、老人は晶たちのいる1階まで落ちてくる。


「最近はなかなか早死にする奴がおらんでな。若い身体が欲しかったところだ」


 窪んだ眼に睨まれ、晶は金縛りに遭ったように動けなくなる。


 それに、アルバートは何を言っている? まるで自分たちを差し出すかのような――。


「ごめんね。言ったでしょう? あたしは処刑人であると同時に《罪人》なの。悪く思わないでね」


「オマエ――――ッッ!」


 杏樹は抵抗しようとしたが、素早く手刀を首筋に当てられ、気を失った。


 続けて晶も昏倒させられる。


「ひとまず上の部屋に放り込んでおいてくれ。実験場はちっとばかし散らかっているのでな」


「了解」


 2人は、意識のないまま、監禁された。




        × × ×




 部屋の外から物音が聞こえた。


 短髪の少女は、自室の隅で膝を抱えて縮こまる。


「何ィ? 何なのよォ」


 少女は目が見えない。白く濁った双眸をアイマスクで隠し、外界の風景を一切遮断している。そのため、物音には人一倍敏感だった。見えないのならば聞くしかない。そのせいで嫌なこともどんどん聞こえてしまう。


 さっきの物音は「嫌な感じ」だった。


「弥希ィ……。いつになったら、帰って来るん?」


 その少女――《怠惰臣公》の明外あけがた静孔しづくは、数日前に姿を消してしまった《憤怒臣公》暮内弥希の帰りを、ずっと待っていた。彼女は館を出る前、静孔に「必ず帰る。それまでここにいるんだぞ」と言伝を残した。だからそれに従って、ずっと待っているのに! 彼女は一向に帰ってこない。


「弥希。ウチどないすればいいの。アンタがおらんと、なんもできんよ」


 人の気配が一切しない部屋の中、静孔はひたすら独り言を漏らした。返事がないのは承知している。だが、呟かずにはいられなかった。そうでもしないと、この空間は真っ暗闇だ。自分以外誰もいない。声がしないと、まるで自分までもが姿を消してしまったかのように錯覚する。それが怖い。自分はここにいるということに、確信が持てなくなっていく。誰の気配も、誰の体温も感じられないこの部屋。静孔はただ、どこか遠くの、別の世界から聞こえる音に怯えるしかできない。

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