第23話 ロード―B

「これが、あたくしの過去。結局ミレディ=サンフロントのことも話してしまいましたわね」


 真実を明かされたしょうは、何も言えなかった。


 杏樹あんじゅでさえ口を開かない。


「あたくしの恰好は、全部シルヴェールの真似なのですわ。銀は魔避けになるのだと、彼はいつも言っていました」


 そう言って乃述加ののかは、左手の薬指を撫でる。


「そしてこれは、彼からもらったリング……。唯一、あの人とあたくしを繋ぐものですの」


「アタシと同じだったんですね。大切な人を《罪人》に――」


「ええ。あなたのことを放っておけなかったのは、あたくしと似ているからかもしれませんわね」


 杏樹も家族を《罪人》に殺された。しかも彼女自身、今なおその犯人に命を狙われている。


 だから仇が生きていると知った乃述加の気持ちも、よく理解できた。


「絶対殺しましょう、その女」


「ええ。それで初めて、あたくしは解放されるのかもしれません」


 そこで、晶は1つの疑問に至った。


「でも、乃述加さんはどうやって1度、ミレディ=サンフロントを倒したのでしょうか? その時はまだ、処刑人の力なんて持っていないでしょう」


「それはあたくしも不思議に思っていました。もしかすると、記憶が混乱しているのかもしれませんが……」


 彼女が指を顎に添えた、その時だった。


 リビングの電話が鳴った。


「はい、邪庭やにわですわ」


『乃述加ちゃん? アルバートよ! ミレディ=サンフロントを見つけた!! 今追ってるのだけど、あたしの携帯のGPSを見て来て!』


 連絡を受け、乃述加は返事をすることなく受話器を置いた。


「行きますわよ、晶、杏樹」


 有無を言わさない命令。


 彼女にとっての決着が、もうすぐ訪れようとしていた。




        × × ×




 それは森の奥だった。


 木の陰から、こっそりアルバートは、ミレディの後をつける。


「(あの女、どこへ向かっているのかしら?)」


 だが標的に気を取られ、もう1人に気付くのが遅れた。


「あんたは今回、どっちの味方なの?」


「!!」


 すぐ隣に来るまで、何も感じなかった。


信太しのだ様――――」


 信太美子みこ。暴食の《臣公》。アルバートにとっては上位の存在。いくら彼が青い薔薇の焼き印を持っているからといって、まともに戦える相手ではなかった。


「勝手に消したらグランドに怒られるからやらないけど、あなたはこちらからもマークされている。そのことを忘れないようにしなさい」


「私も随分、信頼を失ったようですね。処刑人の情報なら、ほとんど流したでしょう?」


「不十分だったり、齟齬そごが多かったりと、ろくな情報がないじゃない。もしもこちらを完全に裏切ったと判断すれば、即刻消されるってことを、忘れないようにね」


「ええ。分かったわ」


 返事をした時には、信太の姿はなかった。


 こめかみから頬にかけて、冷や汗が伝う。


「まったく……。スパイは辛いわぁ」


 そう言って彼は、携帯の電源を切った。




「まずい。反応が消えた!」


 カーナビに映していたアルバートの位置情報が、当然フッと消えてしまった。


 これは何を示すのか。アルバートが電波の届かない場所に行った、あるいは電波を遮断されている場所に踏み込んだ。もしかすると、携帯を破壊されてしまった――つまり敵と交戦した。いずれにせよ、彼の身が危険なことは間違いないだろう。


「ひとまず、最後に信号が出ていた場所まで行きましょう」


 乃述加はアクセルをさらに深く踏み、加速しようとする。


 その時だった。


 バガガガガッッッ!!! という爆音が聞こえ、直後車の左側の窓ガラスが砕け散った。


「伏せてっ!」


 杏樹は晶を庇うように、彼の身体を椅子の下に押し込み、その上に覆い被さる。乃述加は運転席側の扉から脱出し、車を盾にして襲撃者がどこにいるのか、窺う。


 だがその人物は、わざわざ自ら出向いてくれた。


「ハァイ。久しぶりね、邪庭乃述加」


「……こんな時に、またあなたに邪魔されるとはね」


 立っていたのは、《色欲臣公》の水本みなもと作楽さくら。ネグリジェを着てアサルトライフルを脇に抱えるという、かなりイカレた格好をしている。


「今あなたに構っている暇はないんです」


 十字架を腕輪に装着し、処刑人の装備を身に纏う乃述加。


 苛立ちを隠さない彼女を挑発するように、水本は笑う。


「それはアルバート=ブラックの件? それとも……ミレディ=サンフロントの件かしら?」


「どちらもですわ」


 2人のどちらかが、瞳に感情を宿らせた訳ではない。それども乃述加と水本は、全く同時に所持するライフルの銃口を相手に向け、引き金を引いた。


 その隙に晶と杏樹は車から抜け出し、アルバートの信号が消えた場所へと向かう。


 それを水本は見逃さなかった。襟首に仕込んだピンマイクに、小声で話しかける。


「邪庭乃述加を独りにすることに成功したわ。今、ここで、こいつを叩く」


『了解』


 通信の相手が駆けつけるのに、5分とかからなかった。


「成程。あたくしは嵌められたのでしょうかね」


「そういうことだ。いい加減、死んでくれると助かる」


「世界でも5本の指に入るっていう処刑人……。やりがいがある」


 黒のワンボックスカーが乃述加と水本、彼女らの間に割って入って来たかと思うと、中から降りてきたのは、信太美子と戸蔵とくら永人ながとの2人だった。


 信太は真っ直ぐに乃述加を見据え、堂々と対峙する。


「悪く思うな。我々《罪人》はあなたを危険な存在と認識している。《臣公》3人がかりで殺しに来るのが、不公平だと思わないで欲しい」


「本当は、オレ1人でも十分だと思うんだがな」


「自惚れるな、戸蔵。私を手負いにした人を育てた女だ。例え《臣公》であろうと、1人で立ち向かえば命の保証はできないぞ」


 彼らが無駄口を叩いている隙に、乃述加はワンボックスカーに向け発砲。車は簡単に炎上した。それに乗じて逃走を図るが、もちろんそんなことは許してもらえなかった。


「邪庭乃述加! その首もらい受ける!!」


 爆炎を潜って出現したのは、ドラゴン・ディシナ(信太)、セイレーン・ディシナ(水本)、アームドライノス・ディシナ(戸蔵)。《臣公》たちが、一斉に襲い掛かって来た。


「くっ! いいでしょう、ここで全員、皆殺しにして差し上げますわ!!」


 十字架からホログラムが照射され、実体化。乃述加は両手にアサルトライフルを握った。トリガーを引き、乱射。薬莢が滝のように落ちる。


 しかし、先陣を切ったアームドライノス・ディシナには通用しなかった。固い。あまりに固すぎる彼の装甲は、通常の兵器など受け付けない。銃弾を食らうことを無視して突っ込んできたため、ガードが遅れた。


「あぐぅっっっ」


 乃述加の小さな身体が、アスファルトの上を転がる。最後は木の幹に激突して、ようやく止まった。


「(痛っっ……。でも、骨は折れていない。すぐに動ける)」


 次に召喚したのは、バイク。マイティホースと名付けられたこれは、陸海空、どこでも自在に走行が可能だ。さらに至る所に武器が仕込まれている。逃走と反撃、どちらにも使える。


 それに跨り、早速飛行形態に変形。空からの戦線離脱を試みた。しかし相手にも、飛行が可能な者がいた。セイレーン・ディシナだ。


「残念だったわねぇ!」


 彼女はさらに上空から攻撃を仕掛けてくる。乃述加と水本は、車上で揉み合いになった。座席の上で暴れられたマイティホースは、バランスを崩して落下する。そして地面に激突すると、爆四散した。火は辺りの木に燃え移り、山火事が起こる。


 ここが人里離れた山道で、辺りに人がいないのが、何より幸運だった。しかしこれ程の騒ぎが起これば、すぐに警察や消防が駆け付けるはずだ。彼らを巻き込む前に、終わらせなければならない。


「これで終わりだ!」


 炎の中から、大剣が襲いかかって来た。竜の鱗で作られた、ドラゴン・ディシナの大剣だ。それはぐっと乃述加の背に当てられる。


「死んでもらう」


 鱗に力が籠められる。


 しかし、だ。一向に肉を割かない。まるで乃述加を殺すことを拒むように。


「なぜです。なぜ刺さない!」


「クッ――――。私は、貴様を、殺す!」


 信太は言葉と裏腹に、大剣を持って乃述加と向き合ったまま、動けなくなっていた。


「このババア! さっさと殺さねぇなら、オレがやるぞ!!」


 今度は戸蔵が、左腕に巨大なさいの頭骨を纏って殴りかかる。しかし、彼の腕も乃述加の頭上で止まった。


「ちょっと、あなたたち何をしているの!?」


 水本が金切声を挙げるが、彼女は攻撃の輪に加わろうともしなかった。


 一体何が起こっている?


 乃述加はもちろん、《罪人》たちも理解できなかった。


 その時。


 じゃり、じゃりと、靴と土やアスファルトが擦れる音が聞こえてくる。さらに感じるのは、圧倒的な力。霊力だけではない。存在そのものが圧を発している。


「あ、あぁ――――――」


 水本は恍惚の表情を浮かべた。


「やっとご到着なさったのね!」


 彼女の発言で、戸蔵と信太も、やって来たのが誰か悟る。


「チッ。老害が。いいところでしゃしゃり出てきやがって」


「無礼だぞ。我々のリーダーに向かって」


 新たに表れた人物は、いつのまにか、乃述加を庇うように、彼女と信太たちの間に入っていた。


「無礼なのはお前らの方だ。下がれ」


 乃述加は恐る恐る、首を後ろに回す。


 そこに立っていたのは、ぞっとするくらいの美男子だった。しかしよく見ると、肌は古い土器のように、亀裂が入っている。髪も艶のある黒髪だが、奥の方には白髪が潜んでいた。まるで古く衰えたものを隠すために、新しいもので上塗りしているようだ。ただ1つ衰えを感じさせないのは、爛々らんらんとした光を秘めた、金色の双眸だけだ。


「グランド……。てめぇどういうつもりだ」


「聞こえなかったか、戸蔵。無礼だと言ったんだ」


 アームドライノス・ディシナの標的は、その男に切り替わる。


「まずはてめぇからぶっ殺してやる」


「できると思っているのか。お前は、俺が怖いんだろう」


 尋ねるのではなく、断定。グランドと呼ばれたその男は、戸蔵のことを全て見透かしていた。


「怖いだと!? オレが、お前を、怖がる訳あるかァァァァ!!!」


 振りかざされる頭骨。


 しかしグランドは冷静だった。


「『大気』と『金庫』を掛け合わせよ。『貴方』に背く全てに断罪を。『狼』殺しの『コインロッカー』」


 彼がそう唱えると、ガチャン!! と大きな音を立て、空間が開いた・・・・・・。その中から、錆びつき、刃こぼれした斧と、先端が潰れて丸くなった杭が出てくる。それらは柄の先を鎖で繋がれており、2つで1つになっていた。


「『鋼』と『壁』を掛け合わせよ。『貴方』に背く全てに断罪を。『狼』殺しの『矛盾の盾』」


 グランドはアームドライノス・ディシナの腕を、錆びた斧で受け止めた。ボロボロの見た目に反し、それはびくともしない盾となっている。


「クソが! 余裕そうな顔しやがって!」


「実際余裕なのだから、そうだろう。次はないぞ、下がれ」


「黙れつってんだ!」


 一度グランドから距離を取ったアームドライノス・ディシナは、今度は肩から生えた長い角を、彼に向けて走り出す。


「やめろ、戸蔵! 今は我々が内輪揉めしている場合ではない!」


 信太の忠告も、お構いなしだった。


「死ね!」


 グランドは乃述加を突き飛ばし、攻撃に巻き込まれない場所まで移動させる。


 それから「ハァ」と一息吐くと、


「『打ち』と『斬り』を掛け合わせよ。『我』に背く全てに断罪を。『神の子』殺しの『断頭斧だんとうふ』」


 まず斧を振りかぶり、アームドライノス・ディシナの突進を受け止める。そして斧頭に杭を打ち付けた。膨れ上がった破壊力は、アームドライノス・ディシナの左腕を易々と破壊する。


「がっ…………。貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァ!!!!!!!!」


「次はないと言ったはずだ」


《罪人》の巨躯を蹴り飛ばし、グランドは冷徹に吐き捨てる。


「以前同様、腕を丸ごと奪わなかっただけ、有難く思え」


 戸蔵はあまりのダメージの大きさから、人間の姿に戻っている。


 グランドは乃述加に向き直り、跪いた。


「度重なるご無礼、お詫び申し上げます。マイロード」


「……あなた、何を言っているの」


 マイロード。我が主。


 乃述加は気味が悪くなった。それに、彼が唱えていたあの呪文。聞き覚えがある。


「あなたまさか、教会で――」


「あなたの中にある《ロード》の力を呼び覚ますため、必要なことでした」


「ロードって……。一体何を言っているのですか?」


「まだ気づかれませんか。あなたこそ、我々臣公が探し求めていた、《罪人》たちの王。すなわち《ロード》なのです」

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――は?


 乃述加の心臓が、大きくドクン! とはねた。全身の筋肉が強張り、石化したように動けなくなる。


 視線も定まらない。どこを見ればいい? グランドを? 信太、戸蔵、それとも水本? あるいは誰にでもなく、ただ宙を見つめればいいのか。


 ハァハァと、ようやく吐き出すだけの息ができるようになる。それと同時に、全身をはしる血管が熱を持つのを感じた。体内を駆け巡る血液が沸騰しているかのようだ。無理矢理眼を開き、露出した掌を見る。赤い龍脈が浮き上がっていた。


 あの時。利里りりが死んだあの時、那雫夜ななよに起こっていたものと、同じ現象だ。


 すなわち、《罪人》化の兆候。


「違う! あたくしは人間……。これまでも、これからも……」


「その言葉が出てくる時点で、あなたはもう己の正体を知っている」


「あたくしは、邪庭乃述加です! 日本『E.S.B.』の、執行部長。十谷とおやクリスティーナの弟子で、百波ももなみ利里の母で、千瀧ちたき那雫夜、十谷晶、吉川きっかわ杏樹の上司で――――」


「我々の主だ」


 グランドの断定に、必死に抗う。


「黙りなさい! あたくしは《罪人》なんかじゃない!!」


 充血した双眸を見開いて叫ぶ乃述加に、グランドは呆れてため息を吐いた。


「まだお認めになりませんか……。仕方ありません。無理矢理にでも、あなたのリミッターを外して差し上げましょう」


 グランドは不敵な笑みを浮かべて、乃述加の耳元に唇を寄せる。


 そして、囁いた。




「10年前。シルヴェール=ヴァスールを殺したのは、俺だ」




 その瞬間。乃述加の中で、何かが切れた。


 それは最後の生命線だったのかもしれない。彼女をこの世界に留めておくための、人間のままでいるための、最後の。


「やっぱり。お前が――――」


 そうだ。さっき彼が攻撃、あるいは防御の際に唱えていた呪文。間違いなく、あの日聞いたものと同じだった。


 ブラッド=O=グランド。彼が、シルヴェールの仇。


「シルヴェールぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!!!!!」


 乃述加の身体が、弾けた。


 まるで脱皮だった。否。繭からの羽化かもしれない。


 彼女の内側に巣食っていたものが、その表皮を食い破って出現した。


「ぎゃるめきげえええええええええええんんんんんがちゃがちゃりやああああああじょおおおおおおおおおおおおおおおおおおばばばば!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 とても人の、生物の声には聞こえない、絶叫。


 声に合わせて、その姿もおぞましいものになっていた。


 背中には烏に似た一対の翼。口は割け、顎がガクンと落ちている。その上から巨大な山羊の頭骨を被り、醜い顔面を隠した。両腕は歪なくらいの筋肉質で、指先には龍のあぎとに似た爪が。反対に乳房はふくよかに膨らんでいる。男とも女とも呼べない身体つきだ。脚は腐ったように、肉が黒々と崩れている。全身を支えるための機能は失われている。


「――――美しい」


 グランドはうっとりとした口調で呟いた。


 一方他の3人は、怪物を目にして吐き気を覚えていた。


 邪庭乃述加の正体。どんな《罪人》よりも重い、闇の獣。


「ようやくお目覚めですね、我が主――バフォメット」


 基教にて神と対立するとされる、大悪魔。それが長年、彼女の中に潜んでいたもの。


 乃述加こそが、全ての《罪人》の頂点に立つ存在。


「うむ。我らが主は、寝起きが悪いようだ」


 しかし、その肉体は長く維持することができなかった。全身の肉がずるりと落ち、中から再び乃述加が姿を現す。皮が剥がれ血に塗れた、無残な様相で。


「まずは城へ戻り、ゆっくりとお休みください」


 グランドは彼女の肢体を抱きかかえた。


「どうするつもりだ、グランド」


 人間の姿に戻った信太が尋ねる。


「もちろん、この俺が責任を持って、最強にして最高の《罪人》となるよう、お導きする」


「正気か? 邪庭乃述加がその力を使って、我々と敵対したらどうなると思う。勝てる見込みはあるのか」


「信太。お前は《ロード》を恐れ過ぎだ。そして俺のことを見くびり過ぎだ。いざという時はこの俺が自らの身を持って、葬らせていただく」


 グランドは空間を蹴りつけるように、片足を上げた。


「『扉』と『地点』を掛け合わせよ。『貴方』に背く全てに断罪を。『狼』殺しの『ショートカット』」


 呪文を唱えた後、彼のつま先から空気中に波紋が広がる。そしてその波紋は、グランドを含め《罪人》たちを飲み込んでいった。




        × × ×




  晶と杏樹は、急いで来た道を引き返していた。


「さっき、変な音が――」


「違う。あれは声だ。怒っているような、泣いてるような……。分からないけど、とにかくあれは生き物の声だった!」


 戻って来たのは、水本作楽に襲撃を受けた地点。


 そこで起きていることを目にした2人は、頭での理解が追いつかなかった。


 血塗れの乃述加が、肉片と思われる何かの上に横たわっている。そんな彼女を、どこか老人のような雰囲気の美青年が抱きかかえた。


 彼は信太美子と何か話しているようだが、その内容までは晶と杏樹には聞こえない。


 そして様子を窺っているうちに、彼らは空間に飲み込まれるようにして、姿を消した。


「乃述加さん!!」


 晶は慌てて後を追おうとするが、間に合わない。


 彼らが消えた空間には、何も存在していなかった。


「あいつら、一体何を……」


「あの男、間違いなく《罪人》だった。それも他の連中とは違う……。あの《臣公》たちが岩なら、あの男は山くらい、それくらい霊力が段違いだ」


 怯えて息が荒くなっている杏樹の背中を、晶は擦る。


 そこにアルバートも駆けつけた。


「……やられた。まさかあの人が直接出向くなんて」


「アルバートさん。知っているんですか? あの男のこと」


「ええ。彼はブラッド=O=グランド。《傲慢》の代表にして《臣公》を束ねる最強の《罪人》よ」


 アルバートは「チッ」と小さく舌打ちすると、踵を反し、


「2人とも、付いて来なさい! このままだと最悪の事態になるわ!」


「最悪の事態って?」


 しばしの間。それから――


「乃述加ちゃんが、敵になる」


 シナリオは最悪の展開に傾きつつあった。

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