第22刑 銀飾りの秘密―A

「やっほう、しょうくん。久しぶりね」


「あ、アルバートさん?」


 玄関のチャイムが鳴ったので、応答すると、そこにいたのは晶がアメリカにいた頃の知り合いだった。


 扉を開けると、当たり前のように上がり込んでくる。


「あの、どうしてアルバートさんがここに?」


乃述加ののかちゃんに会いに来たのよ。彼女に報告しなくちゃいけないことがあって」


 晶が訊きたかったのはそういうことではない。いや、そうといわれればそうなのだが。


 まず彼と乃述加は知り合いなのか、というところからだ。


 だが少し考えて理解する。


「アルバートさんも、『E.S.B.』の職員だったのですか?」


「そ。そっか、アタシはあなたのお母さんの友人、てことになっているんだったわね」


 そう。晶がアメリカにいた頃、母・クリスティーナの友人と顔を合わせたことがある。アルバートもその中の1人だ。まさか処刑人だったとは。


 それにしても、彼が乃述加に会いに来た理由とは何なのだろう。


「お邪魔しまーす。乃述加ちゃん、お久~」


「アルバート! あなたなぜここに!? さっき上層部から連絡があって、あなた今世界中で御尋ね者になっていますわよ!」


「あっちゃあ。まぁ仕方ないか。色々騙すみたいなことしちゃったし」


 へらへらと笑いながら、アルバートはソファに腰かける。


 何やら彼のことを警戒するような表情を浮かべる杏樹あんじゅ。晶の傍に歩み寄って来ると、


「あの人。血の匂いが濃い」


 と伝えてきた。


 驚いた晶は、アルバートの身体を観察する。とても傷があるようには見えない。


「それに……アンタ! 人じゃないよね」


 杏樹の指摘に、アルバートは頷く。


「ええ。あたしは《罪人》。処刑人兼《罪人》の、珍しいお役職よ」


 3人は絶句した。


 まさか。彼が《罪人》? 古くからの知り合いである乃述加も、つい1年前まで会っていた晶も、そんなことは知らなかった。


「安心して。あたしは敵じゃない。手配されてるのも、すぐに取り消されるはずよ」


「何を根拠に。全世界の処刑人から狙われているということの恐ろしさが分かりませんの?」


「だってあたし、各国の総長公認の、二重スパイだもの」


 さらなる驚きが彼らを襲った。


 そして、乃述加はそこであることを悟った。


新嶋にいしま総長が言っていた『確かな情報筋』とは、あなたのこと?」


「当ったり。みんなあたしを信頼している。だからあたしを捕らえろっていう命令も、すぐに撤回されるわよ」


 実に自信たっぷりな表情だった。


 続いてアルバートは、何かをスラックスのポケットから取り出した。


「杏樹ちゃん。あなたもあたしを警戒しないで」


 それは金色の十字架だった。杏樹が使っている、『レジスタンス』と名乗る誰かからか送られてきたというものだ。


 それを見て、杏樹は1つの結論に辿り着く。


「まさか……あなたがレジスタンス?」


「第2問、正解。金の十字架や腕輪をあなたに贈ったのは、あたしよ」


「食えない男ですね、アルバート」


「さっき食われたばかりなんだけどね」


 へへっ、と非情に嫌そうな表情をして、彼は笑った。


 よく見ると、顔色が悪い。ここに来る前に何かがあったことを窺わせた。


「さて……。挨拶はこのぐらいにしましょ。軽口叩くために、あたしはここに来たんじゃないの」


 ソファに座り直し、彼は乃述加にやや冷たい視線を向ける。


「ただ、乃述加ちゃんにはちょっと辛いことになるわ。覚悟して頂戴」


「?」


 乃述加は、その時は首を傾げるしかなかった。




        × × ×




 湯巣鉢ゆすばち山麓の最奥。監獄街にて。


「ギャウッ!」


 首を押さえつけられたファイアフライ・ディシナは、そのまま廊下の壁に叩きつけられた。


 右腕は肘から先が凍結され、砕かれている。


「残念だったのねん。街にはあちこちに《罪人》の気配があるから、気付かれないと思った?」


「うぐぁあっ!!」


 ファイアフライ・ディシナを蹴りつけたのは、シーエンゼル・ディシナ。


 そう。日本『E.S.B.』捕縛部本部に収容されている、千瀧ちたき那雫夜ななよだ。


「まさか君が《罪人》側のスパイだったとはね。これまでよく働いてくれたが、残念だよ」


 彼女の背後に立つのは、捕縛部長の守術もりすべ久郎ひさお


「アルバートさんの情報がなければ、危なかったな。《臣公》がこの街を訪れるなんてことがあってはならない」


「まさか……千瀧那雫夜、君が薔薇の……《重罪人の刻印》の持ち主だなんて……」


 シーエンゼル・ディシナは、小さく舌打ちをした。


「忌々しい。どれだけ強い《罪人》になったって、利里りりに嫌われるだけなのに」


 留めといわんばかりに、彼女は相手の首に触手を絡ませた。触手の先からは冷気が放出され、ファイアフライ・ディシナの身体を凍らせていく。


 しかし完全に凍らせる前に、守術が進み出た。


「最期に教えろ。お前を手引きしたのは誰だ」


「教えると思いますか? 教えたところで、どうせ殺されるんですし」


「確かに。俺は人類の敵となった《罪人》を生かしておく程、優しくなれない」


「そうですね……。それでは、私はこの辺で死ぬとしましょう」


 そう言い残し、《罪人》は全身が凍りついた。那雫夜もこれ以上は無駄と悟ったのか、出力を上げたのだ。


 バリン! と派手に音を立て、ファイアフライ・ディシナは砕けた。


「ご苦労様、いちじく君」


 そう。《罪人》側のスパイだったのは、捕縛部副部長の九だった。


 アルバートがミレディに伝えた、信太しのだ美子みこの走狗とは、彼だった。


「まさか『E.S.B.』のこんな奥まで、《罪人》が忍び込んでいただなんて。1度全職員をチェックした方がいいかもな」


 亡骸を踏み砕きながら、守術は忌々しそうに口を歪めた。


 人型に戻った那雫夜は、彼に寄り添う。


「大丈夫ですか? 彼とは、それなりに……」


「ああ。長い付き合いだった。だが人類に仇なす存在であるのであれば、殺す他ない。その存在を、俺は許すことができない」


「強いですね、守術さんは。わたしなら、仲間が敵になった時、きっと殺せない」


「強くなんかないさ。薄情だ、と言ってくれ」


 一滴の涙も流さずに事務室へ戻ろうとする守術に、那雫夜は何も言わずについて行った。




        × × ×




 自室で、コーヒーを嗜んでいた時だった。


ヒクヒクと、信太美子は鼻を動かす。微弱ではあったが、まだ繋がっていたはずの部下の霊力が、急に途絶えた。


「……死んだか」


 彼には、処刑人の深部まで忍び込んでもらっていた。その繋がりが切れたとなると、情報収集は困難になる。


「せめて監獄街の場所だけは特定したかった……」


 どれだけ連絡をもらっても、その発信源は特定できなかった。メールで送ってもらおうにも、文面が文字化けを起こす。かなり特殊なプロテクトが掛けられているらしい。


「あぁらら。美子ちゃん、また子供を失くしちゃったの?」


 不愉快な笑みを浮かべながら、水本みなもと作楽さくらが姿を現す。


「勝手に入って来るな」


「いいじゃない。そんなあなたに、朗報を持って来たんだから」


「手短に話せよ」


 いつも、物事を勿体ぶって話す水本の話し方が、信太は気に食わなかった。


 それを理解した上で、水本は勿体付ける。


「まず1つ目。アメリカから、グランドのとこの子猫ちゃんがやって来ましたぁ。それも2人ね」


「2人? ミレディ=サンフロントだけではなく、か?」


「もう1人は、アルバート=ブラックよ」


 水本は、勝手に信太のベッドの上で仰向けになる。


「アルバート――? あの青い薔薇の持ち主か?」


「ええ。2人とも、『E.S.B.』との二重スパイを務めている。アルバート=ブラックは、今は処刑人として活動しているようだけど、今後どちらに転ぶかしらねェ」


「現段階では、信頼できるのはミレディ=サンフロントだけか」


 正直に言えば、強い方が仲間についてくれた方が良かった。


 ミレディは確かに、ブラッド=O=グランドに信頼されているが、戦力的にはどうしても物足りない。


 ただでさえ、強力な《罪人》が、この頃何人も処刑されているのだ。


「やはり邪魔なのは、邪庭やにわ乃述加か……」


「まぁ、彼女は早めに殺しちゃわないとね。でも大丈夫、朗報その2で、それも解決よォ」


「その2? そう言えば、1つ目とか言っていたか」


「うふふ。2つ目。ブラッド=O=グランドが、来日した」


 驚きの余り、信太は手にしていたコーヒーカップを落としてしまった。


「来たか――――ッ! これでようやく、全ての《臣公》が揃うという訳か」


「全てとは言っても、あの変態ジジイはどうせ引きこもりっぱなしでしょォ? 結局勢揃いなんてことはないと思うわよ」


「ミーナ=オリヴォについては、もう手を打ってある。確かに見かけは、ただのゾンビだが、立派な科学者だ。研究を披露する機会を与えてやれば、どれだけでも動くさ」


 それじゃあ、と信太は立ち上がり、提案する。


「まずは、邪庭乃述加を叩く」


「フフッ。楽しみ」


 水本は、長い舌で、唇を濡らした。

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