第20刑 満たされない一角獣―B

 また、任務は失敗だった。民間人にも多くの犠牲者を出し、班長である十谷とおやクリスティーナが重症を負ってしまった。そして何より、標的である戸蔵とくら永人ながと=アームドライノス・ディシナを処刑することができなかった。『E.S.B.』の重役から、どんなお咎めがあるかも分からない。


「あー、お前らは心配すんな。責任は全部俺が取るからさ」


 邪庭やにわ宅にて。車椅子に座って笑うクリスティーナ。だがそれを見ている側は、一切笑うことができなかった。


「母さん。いつからその身体だったんですか」


 しょうは母親を問い詰める。また笑って流されるかもと思ったが、意外にもきちんと答えてくれた。


「大体7~8年前だ。ゴードン=バーズリーっていう《罪人》を処刑した時、身体半分吹っ飛ばされてな。その時に達哉たつなりが研究していた道具の実験も兼ねて、あの身体補助機器を付けることになった」


「それじゃあ、まだ日本で暮らしていた頃から?」


「ああ。ほら、お前が小学生の時、俺入院したことがあっただろ? あん時だよ」


 その頃、晶はまだ両親の仕事をよく知らなかった。母はどこかの捜査官だと話していたし、何となく警察官のようなものなのかと思っていた。


「今思えばあの男、《臣公》の1人だったんだろうな。最近補充されたのが憤怒と怠惰だというから、多分《憤怒臣公》か――」


 暮内くれない弥希みきの前任者。


 そして信太しのだ美子みこ水元みなもと作楽さくらと同格。圧倒的な力を持つ彼らと戦って生還したのだから、それこそクリスティーナの力の証明かもしれない。


「それで。あなたの壊れた部分は直りますの?」


 怪訝な顔をして尋ねる乃述加ののか


「超が付く程の機密情報だけど、一応修理できる奴はいる。直らないということはないだろうさ。必ず復帰して、またお前らの力になるよ」


「無理はしないでね、お義母さん」


杏樹あんじゅちゃんもな。深追いだけはするなよ、俺より若い奴が、俺より先に死ぬんじゃねぇぞ」


「分かってる。アタシは死なないよ」


 杏樹は、クリスティーナの残った左手と、固く握手を交わした。


「晶。お前もだぞ。達哉のことを調べるのは、いい。許す。でも死ぬようなことだけはするんじゃねぇぞ」


「母さんも。今度会う時に、全身機械になっていないでくださいね」


「ああ。気ぃつけるよ」


 息子の頭を撫でる母。晶は、ようやく認めてもらえたように思い、嬉しくなった。


「乃述加。こいつらのこと、よろしく頼むわ」


「ええ。任せてくださいまし」


「それとお前も……。気をつけろよ」


「分かっていますわ。けれど安心してくださいな、あたくしはもう、あんな奴らに負ける程やわではありませんから」


「そっか。それじゃあ安心だな」


 そう溜め息を吐くクリスティーナの顔は、どこか苦しそうだった。




 翌日。十谷クリスティーナは、破損した義手、義足の修繕のために帰国した。移動中は、一応通常の義手、義足を装着している。


 太平洋の遥か上空。飛行機の中。彼女は真剣な面持ちで考えていた。


「(《臣公》か……。あれから約10年。俺の考えすぎならいいんだがな……)」


 思い出すのは、初めて邪庭乃述加と出会った時の事。


 とある《罪人》によって愛する人を奪われ、失意の底にいた彼女の姿だ。


「不幸な星の下に生まれた奴ってのは、どうも惹かれあうらしいな」


 十谷晶。吉川きっかわ杏樹。邪庭乃述加。そして千瀧ちたき那雫夜ななよ百波ももなみ利里りり


 彼女たちが集まったことは、どうも偶然ではないように思える。


 偶然が折り重なれば、それは必然となる。しかしそれは、決して不運なことではない。


「(マイナスとマイナスが掛け合わさればプラスになる。お前らはプラスだよな)」


 そうに違いないと、彼女は思った。本音では、そうであって欲しい、ということだった。


 彼らの向いている方角がプラスでないと、クリスティーナもやるせない気分になる。


「(ところで俺は、どっちなのかね……)」


 飛行機は雲を見下しながら、アメリカへと向かう。




        × × ×




『E.S.B.』アメリカ局。


 時間は少し前に戻る。日本で晶たちが、戸蔵永人と交戦していた頃だ。


「こんな時に――――、アルバートはどこへ行ったの!?」


 エリーナ=カルマスは、突風により撒き散らされたアスファルトの破片をかわしながら、悲鳴を上げた。


《罪人》の目撃情報を受け出動したが、敵の力が予想外に大きかった。処刑人10人掛かりでも歯が立たない。彼らも、決して弱い訳ではない。むしろ、最新鋭の道具ウェポンや技術を駆使して闘う、精鋭たちだ。それなのに、地面に這い蹲っていることしかできなかった。


「まだまだだねぇ。クリスティーナ=トオヤや、アルバート=ブラックがいなければ、こんなに脆いのかい」


 背中に2メートルはくだらない、超巨大な翼を持つ《罪人》イーグル・ディシナ。彼だか彼女だかは分からないが、それはゆっくりと、じわじわと、処刑人たちを甚振いたぶっていた。死人がまだ出ていないことがおかしいくらいだ。


「さてと……。うん、見つけた」


 イーグル・ディシナは、後衛として待機していた、シャルロット=ロールに目をつけた。


「何をする気だ――」


 エリーナは、息も絶え絶えになりながら問い掛ける。


「これから先、厄介になりそうな奴は早めに叩いておこうと思ってね。今回のターゲットは彼女って訳」


《罪人》は、鋭い鉤爪と持った手を、シャルロットへ向けて構える。


 逃げろ、その一言が出せないことを、エリーナは悔しく思った。息が上手く整わないせいだ。


 標的となったシャルロットは、恐怖で脚が竦んでいるのか、動こうとしない。


「バイバイ~」


 爪が、彼女の頭部を捉えた。


「あぁ…………あ、やめ――っ」


 ぐちゃっ!

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