第19刑 理由なき戦い―B

 その晩。夜襲が来ることも考えられるため、乃述加ののか十谷とおや宅に泊まることにした。


 しょう杏樹あんじゅは同じ部屋に固めてある。そして乃述加とクリスティーナは、茶の間にて2人で相談をしていた。


「あの《罪人》への対策はどうします?」


「多分複雑な罠を仕掛けてくることはない。単純に殴り合う方が性に合っている、俺と同じタイプだ。ただ、攻撃力、防御力、脚力、どれも他の《罪人》よりも頭1つ抜き出ている」


「小細工が通用しない……厄介ですわね」


「いざとなったら俺が吹き飛ばすが、それは本当に最後の手段だ。決めるのは、お前に頼む」


「あたくしに? でもあの装甲、あたくしの手持ち武器で吹き飛ばせるかしら」


 下唇を噛む乃述加。クリスティーナはそんな彼女から十字架を取り上げ、自身の腕輪に重ねた。


「何をしますの?」


「こっちで開発された新型の兵器のデータを転送してる。お前のこれからも召喚できるようにな」


「新型の……兵器」


「ああ。俺の車見たろ? ネオポインター号。あれに付いているレーザー砲の、手持ち版だ」


「それまた物騒なものですわね……」


「ああ。ちなみに、手持ちと言っても1メートルくらいの銃身に取っ手がついたような、間抜けな外見の武器なんだけどよ」


「それであの男を倒せるのですか?」


「問題ない。向こうの研究部が開発した、対《罪人》専用の殺人酵素を含んだプラズマを発射する。当たった途端に、相手の身体は崩れていくっていう、物騒極まりないブツだよ」


 装備について聞いた乃述加は、顔をしかめた。


 彼女の表情を見て、クリスティーナはとある話題を切り出す。


「なぁ、疑問に思ったことはねぇか? どうして日本は、《罪人》の出現件数が世界一なのか」


「もちろんありますわ。それにこの国の《罪人》は、他国と比べて、やや強力な傾向がある……。それくらい知っていますわ」


「だったらよ。何で日本の《罪人》は強い?」


「――――それが分かれば、苦労はしませんわね」


「お前、これまで戦った《臣公》を見ておかしいと思わなかったか?」


「《臣公》……? 彼女たちが一体…………」


 その顔を思い出して、気が付いた。《罪人》の属性は、憤怒・強欲・傲慢・色欲・怠惰・嫉妬・暴食の7つ。俗に言う『7つの大罪』に分けられる。《臣公》とはその各属性の代表者であり支配者、頂点に立つ存在だ。その最強の存在の内、乃述加たちはこれまで5人と戦った。そしてその全員が『日本人』なのだ。


「この国、何かあるぞ。《罪人》の出現件数だけじゃない。《臣公》のメンバーまで半数以上が日本人だ。流石にこれは偶然じゃ済まされねぇ」


「上層部がこのことについて何も言及しないのは?」


「何か公にできないことがあるんだろうぜ。臭いものには蓋をしちまうのが1番早い」


彼女たちの中で、『E.S.B.』への信頼が揺らぎ始めた。もしも自分たちの知らない所で、大きな力が働いているのだとしたら? 想像したくないが、いつか戦いの構図が変わる日が来るかもしれない。


敵は、《罪人》以外にもいる。この上なく嫌な可能性だった。




        × × ×




杏樹の部屋。布団に横たわる彼女は、先程からずっとうなされていた。たまに呼んでいる名前は、妹のものか。


晶はそんな杏樹をただ見ていることしかできなかった。普段は助けられ、支えられてばかりいるのに、肝心な時に自分からは何もできない。


「杏樹さん。どうすれば、あなたの震えを止められますか……」


 独り言のつもりだった。まさか聞かれているなんて、思ってもみなかった。


 杏樹が、布団の脇に座っている晶の手首を掴む。


「ただいてくれるだけでいい。それだけで、アタシは救われるから」


 充血した瞳で、彼女は晶を見つめる。


「でもお願い。アタシの傍からいなくならないで。アタシを独りにしないで……!」


 それは、家族を亡くした杏樹の、精一杯の願い。そしてその痛みを知っている晶は、彼女の願いに全力で応えようとした。


 1度縛を解き、晶は杏樹の指に自分の指を絡ませた。そしてもう片方の掌で彼女の手を覆う。


「大丈夫。僕はずっと、杏樹さんの隣にいます。あなたの心が晴れるその時まで、ずっとあなたを支えます。だから安心してください」


 杏樹の手は、自分の体温よりもずっと冷たかった。それでも、晶の胸の中は温かい気持ちで満たされつつあった。


「今度こそ……みんなの仇を討つ――――――ッッ!」


 暗い部屋の中、杏樹の瞳だけが炯々としていた。

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