第18刑 強化、OK!―B

 翌日早朝に、連絡部からの通報が来た。


向沢むかいざわ町に《罪人》出現! 昨日のマンティス・ディシナと思われます!』


「状況は!?」


 受話器を顎で挟みながら、器用に着替えていくクリスティーナ。


『幸いまだ一般人に被害は出ていない模様。しかしそれも時間の問題です。この調子で暴れられたら、人も街も保ちません!!』


 分かった。それだけ言って、彼女は電話を切る。そしてしょう杏樹あんじゅを先に外に出した。


「さて……こいつを使う時かな」


 腕輪に十字架をセットし、とある道具のデータをダウンロードする。アメリカの研究部が開発した兵器で、あちらでは数回利用したが、日本では初めてだ。


「よし! 行くぞお前ら!!」


 彼女も家を出ると、路上に向けて、十字架からホログラムを照射した。ホログラムは徐々にその兵器を形作っていく。


「母さん、これは」


「向こうで開発された新兵器。名付けてネオポインター号だ!」


 出現したのは、車だった。銀色に輝く車体。ボンネットに張られた『E.S.B.』のロゴ。何より目を引く、車上に取り付けられたアンテナにもミサイルにも見える何か。


「対《罪人》用に開発された戦闘車だ。最高時速200km。ミサイルその他いろんな兵器を搭載! どうだ、カッコイイだろ」


「これで現場に向かう気ですか……?」


「あたぼうよ。何のためにアメリカで保管されているこいつを、日本に召喚したと思ってんだ」


「でも目立ちますって!」


「そんなこと、俺が知るか! これからもっと目立つことするんだ、気にしてらんねぇよ!!」


 相変わらず豪快な母であった。


 一方、杏樹は案外乗り気のようだ。


「こいつがあれば、ちゃっちゃと《罪人》をぶっ殺せる?」


「ああ。余裕だ」


 ネオポインター号に乗り込む杏樹とクリスティーナ。少し恥ずかしいような気がしながらも、晶は2人に続いた。


「出発進行! お仕事開始だ!!」


 法定速度など無視して、車は現場へ急行する。




 途中でバイクに跨った乃述加ののかと合流し、《罪人》のいる広場へ。連絡通り、一般人に被害は出ていないようだ。時間帯的にまだ人通りがないのと、何かに取り憑かれたかのように叫んでいる老父のせいだ。


「ようやく表れたな、処刑人の諸君」


 昨日ホテルで戦った、塚井つかいだ。


 彼は晶たちの姿を確認するや否や、マンティス・ディシナへ姿を変え、襲い掛かってきた。


『エグゼキュージョン システム ブート!』


彼らは処刑人の姿となり、《罪人》に応戦。直接取っ組み合いになったのはクリスティーナだ。乃述加は遠距離から、晶と杏樹は近距離からの援護を行う。


 だがマンティス・ディシナが真っ先に狙ったのは、晶だった。


「うわぁっ!!!」


 急襲に面食らい、咄嗟の対応が遅れた。気づいた時には首を掴まれ、足を浮かされている。


「まずは君からだ……」


 マンティス・ディシナの鋭い刃が、腹に突き付けられる。だがそれが動く前に、クリスティーナが行動を起こした。


「発射ァァァァ!!!」


 眉間に右手親指を付けて叫ぶ。すると手の甲とネオポインター号のアンテナが発行し、そのアンテナの先端からレーザー光線が発射された。レーザーに刃を焼かれたマンティス・ディシナは、悲鳴を上げて地面を転がる。解放された晶は杏樹に背中を擦られながら咽ていた。


「何だ、今のは――――」


「てめぇに教える義理はねぇ!!」


 クリスティーナは速攻で蹴りを繰り出し、決着をつけようとするが、見えない壁のようなものに阻まれた。


「――? 誰かいるのか?」


 ゆらり、と空気が歪んだ。そして蜃気楼のように、龍の頭が、一瞬姿を見せる。


「龍……。まさか!!」


 この現象に覚えのあった乃述加は、奥歯を噛み締めた。娘の命を奪った、あの女の力だ。


「やぁやぁ、お久しぶりだね」


 余裕綽々とした信太しのだ美子みこが、靴を鳴らして現れる。


「信太様。なぜここに?」


「なぜって、お前1人じゃ無理があるだろうと思って、力になりに来てやったのさ」


「しかしあなたの身体はまだ治っていない! いくら強大な力を持っているとは言え、戦うなど無茶です!」


「おいおい。誰が直接戦うと言った?」


 塚井が頭に疑問符を浮かべている間に、信太は彼の首筋に注射を打った。直後、塚井はさらに悶え苦しみ始める。


「信太様、一体何をなさったのです……。わたくしの身体に、何を」


「《罪人》の力を強制的に引き上げる薬を打った。これでお前は、《重罪人》になれる。まぁ、意識が残るかどうかは、お前次第だ」


 それだけ言い残すと、信太はどこかへ姿を消した。


 苦しみ続けたマンティス・ディシナは動きを止める。するとその造形が大きく変形し始めた。


「ああ、あああ! ぎゃああああああああああああ!!!!!」


 焼け爛れた刃が、巨大化して再生する。もう一対もそうだ。背中からは半透明の羽が展開され、腹部からさらに左右1セットの足が生えてきた。頭部も肥大化し、口からは鋭い牙が、不揃いに生えてくる。


 早い話が、人間大の蟷螂と化したのだ。


「あの時の、脱獄犯と同じ…………」


 晶の脳裏に浮かんだのは、水本みなもと作楽さくらによって強制的に《罪人》にされ、その上暴走状態にされた男の姿だった。


 信太が使ったのは、あの時水本が使用したものと同じ。ある人物が開発した、人間を《罪人》へ変化させる薬だった。


「キェェェェェェャャャッッッィイイィイイイイ!!!!!!!!!!」


 塚井も、もう人の言葉をなくしていた。獣のように吠えることしかできない。理性をなくしたように、両手の鎌を振り回す。深く考えていない分、動きを読むことが困難だ。その点においては、人よりも質が悪い。躱すだけで精一杯だ。


「クリス! さっきの光線はまた撃てませんの!?」


 隙を伺いなら銃弾を放つ乃述加。


「悪いな! チャージに少し時間がかかるんだ。さっき撃ったのは弱めの奴だから、それほどでもないと思うけどよ」


 そのことを伝えながら、クリスティーナは晶に指示する。


「晶! モアバングルを使え! お前なら使いこなせる、必ずな!」


 右手首に嵌めた、もう1つの腕輪を晶は見やる。


 処刑人を強くしてくれる道具。母はああ言っているが、本当に自分に使えるのだろうか? 晶は自信がなかった。否。自信がないのではない。怖いのだ。自分ではないものの力で、自分が強くなることが。まるで自分をなくすようで、怖いのだ。


 そんな彼の背中を押す存在。


「大丈夫だよ」


 まるで考えていること全てを見透かすように。


「晶はどんな時でも晶だよ。変わることなんてない。アタシには分かってる」


 杏樹の言葉は、晶の中で渦巻いている恐怖を一瞬で吹き飛ばした。どうしてかなんて、分かりっこない。それでも、霧散した。


「ありがとう」


 右腕の輪の凹みを、左腕の十字架に重ねる。


「僕の背中を押してくれて」


 手足が熱くなるのを感じる。グローブやブーツが高熱を発している。


「僕は強くなる」


『モア エグゼキュージョン!!』


 右手首から順に、新たな装備が晶の身体を覆っていく。それは蒸気が噴出されるように、徐々に彼の全身にまとわり付いていった。やがてモアバングルから流れ出た蒸気は、晶全体を隠してしまう。


「晶!」


 杏樹が悲鳴を上げる。晶に駆け寄ろうとしたところ、クリスティーナが彼女の肩を掴んで首を振った。その目は「大丈夫だ」と語っている。


 それを証明するかのように、機械音が鳴り響く。


『オーバーキル! デッド アンド デッド!!』


 煙が晴れてくる。徐々に晶の姿が明らかになる。


「成功みたいだな」


 口角を上げるクリスティーナ。その視線の先には――。


 新たな鎧に包まれた晶がいた。手足の先は、さらに重厚なグローブとブーツに。肘と踵からは、攻撃的な棘が生えている。肩から胸部にかけても、黒光りするアーマーが装着されている。頭にもヘルメットを被っており、口元だけが見えている状態だ。


「母さん。僕、どうなっていますか?」


 彼は母の方を振り返ると、自分の状況について尋ねる。


「問題ねぇ。やっちまえ!」


 その言葉に安心したのも束の間、マンティス・ディシナが晶に跳びかかる。


 だが、今の彼の前では、もう意味を為さなかった。


「ハッ!!」


 掌底打ち。それだけで巨大な蟷螂を弾き返した。


「(凄い。考える前に身体が動く)」


 自分の取った行動に驚く晶。泡を吹いてのた打ち回っているマンティス・ディシナを見て、クリスティーナは呵呵大笑していた。


「いいぞォ! やれやれェ!」


「母さん。何なの、この装備?」


「それは『オーバーキルモード』。処刑人の装備ってのは、身体の外側から動きを補助する。脳波や生体電流を読み取って、そこから繰り出される動作の効果を大きくする。モアバングルは使用者と装備のスペックを大幅に上げるんだ。反応速度、動体視力、防御力、脚力。何もかもをな!」


 晶は拳を握り、自分の力の感触を確かめた。


 いける。これなら、今まで自分になかった力を発揮できる。晶の心は、最高に滾っていた。


「やってみせる……。この力で、僕は戦う!!」


 口から吐瀉物を垂れ流すマンティス・ディシナ。力なく立ち上がるそれに詰め寄り、左手で首を掴んで強引に起こすと、更に腹部に拳を入れた。


「悪いけど、一気に決めさせてもらう!!!」


 首を握る手に力を込めていく。ミシリミシリと、肉体が軋む音がした。


「イギャアアアアアアア!!!!」


 悲鳴を上げる《罪人》。それでも握力を緩めたりはしない。


「晶! もう一度バングルを十字架に重ねろ!」


 背後からクリスティーナの指示。すかさずそれに従い、モアバングルを十字架の上にかざした。


『バッド パニッシュ!!』


 肘から蒸気が噴射される。右腕が高熱を持つ。拳が固くなる。


「これで終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 晶の拳が、マンティス・ディシナの胸に触れると、爆風が巻き起こった。《罪人》の身体が凹む。削れる。崩壊していく。


 それでも拳は止まらない。あふれ出る蒸気が晶の腕を後押しし、《罪人》の身体を貫いた。そのまま、マンティス・ディシナの肉体は屑の山になった。


「処刑……完了」


 息が荒い。こんな感触は初めてだ。今の攻撃を繰り出したのは本当に自分なのかと、疑いたくなってしまう。それほどの威力だ。


 立ち竦む晶の肩に、母の手が置かれた。


「ご苦労様。よくやったな」


 十字架とバングルを外し、晶は人の姿に戻る。


「母さん。すごいですね、このバングル。僕がここまで強くなれるなんて」


「馬鹿ヤロォ。お前は元から強いよ。元から強い奴がもっと強くなったんだ。強いに決まってるだろ」


 呵呵大笑する母。釣られて晶も笑ってしまう。


 杏樹と乃述加も駆け寄ってきた。


「晶、大丈夫? 怪我はない?」


「ありがとうございます、杏樹さん。この通り元気です」


「やっぱり晶は凄いね。流石、アタシを1度倒しただけある」


 屈託なく笑う杏樹に対して、乃述加は不安そうな顔をしている。彼女は恐る恐る、クリスティーナに尋ねた。


「あの力、多用しても平気ですの? 確かに威力は凄まじいですけど、あまり使えば晶の身体にも負担がかかるのでは……」


「何べんも使うってことに関しちゃ問題ない。でも、あまり長時間使い続けるのは危ないかもな。多分だけど、5分以上装着し続ければ、身体が付いていかなくなる上に、補助AIの方が無理に動こうとして暴走するかもしれない」


「危険すぎるでしょ!?」


 その話を聞いた晶は「ヒク」とおくびをする。 


 随分と物騒なものを寄越してくれたものだ。そのお陰で勝てたのだから、恨みはしないが。


「安心して。晶が暴走した時は、必ずアタシが止めるから」


 そう言いながら、どさくさで彼に抱きつく杏樹。


「とりあえず! 任務終了だ、お疲れ様!!」


 撤収するぞ、とネオポインター号に乗り込むクリスティーナ。晶と杏樹も続く。乃述加は自分のバイクに跨った。




 今回の事件の裏には、水本作楽や信太美子がいた。本当の意味での解決は、まだ先だろう。警戒を解くことは、なかなかできない。




        × × ×




『十谷クリスティーナは、処刑人の代替機械とやらの被験者になっているらしい。恐らく「E.S.B.」の中でも極秘事項。実験は十谷達哉たつなりの研究所で行われていたらしく、実物は日本にある可能性が有り。確認でき次第、日本へ飛びます』


 ――――――――――――――――――――ピッ。


「送信完了、っと」




        × × ×




 その晩、十谷家では盛大に晩酌が行われた。とは言っても、酒を食らっているのはクリスティーナだけだが。


 酔って絡んでくる母に、晶は鬱陶しそうに、それでも嬉しそうに接する。


「よくゃったなぁ、しょお! 俺は嬉しーぞ!!」


「母さん。そろそろその辺で、ね」


「うるせえ! 息子の成長を目の当たりにできたんだ、騒がずにいられっかょぉー!」


 確実に近所迷惑な声量だ。ここがマンションである乃述加の部屋でないだけましだろうか。


 騒いでいる2人の様子を見ていた杏樹は、心の中にしこりのようなものが生まれるのを感じていた。


「(いいな、晶。お義母さんと仲が良くって)」


 どこかで見たはずの、もう見られない光景。


「(どうしてアタシには、家族がいないのかな)」


 ニュースの中で無機質に読み上げられる、両親と妹の名前。そこに自分は存在していない。


「(どうしてみんな死ななくちゃいけなかったのかな)」


 もう大丈夫。家族の仇は討った。一方的に蹂躙し、惨たらしく殺した。


 なのにどうして、不安が残る。風が囁いている。まだ終わっていない、と。


 そう。杏樹はまだ知らないのだ。あの時殺した《罪人》が自分の家族の仇ではないことを。


「(やっぱりアタシは、独りぼっちのままなのかな)」


 どれだけ仲間に恵まれても、埋められない穴がある。拭いきれない悪夢がある。


 杏樹の中に生まれたざわつきは、収まらないまま、時計の針は進んでいった。

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