第16刑 地図にない街―B
唐突に、携帯電話が震えた。
「日本の番号じゃない――? もしもし、どちら様ですか?」
『おう、乃述加か。俺だ。クリスティーナだ』
そう。乃述加に電話を掛けてきたのは、『E.S.B.』アメリカ合衆国の執行部々長であり、
「番号新しくしましたの?」
『いんやー。今オフィスから掛けてんだ。これで電話代は組織の方が払ってくれるやっほい』
「相変わらず図々しいですわね」
『言うほど俺って図々しいか? 単に強かなだけだ』
電話越しでも、クリスティーナの豪快な笑い声が響いてくる。
『まあ無駄話はこれくらいにしよう。本題に入っていいか?』
「ええ。何かありましたの?」
『いいや、こっちでは何もない。変わらずだ。だけどそっちがちょっと不味い方向に向かいそうだからな――。来週辺り、そっちに行くわ』
「……は? こっちに来るって、あなた自分の立場が分かっていますの? そんな組織の頭の1人が、気軽に抜けられる訳ないでしょう?」
『大丈夫だって。副部長クンが、俺の穴は埋めてくれるさ。それに有能な秘書たちもいる。俺が留守の間はそいつらに全部任せればいい』
「そんな無責任な。今、そちらでは何も起こっていないかもしれませんが、あなたがいなくなった途端に《罪人》共が行動を活発化させる可能性も否定できないのですわよ!?」
『そりゃそうだわな。おっかない狩人がいない間に暴れ回ってやろうって奴がいてもおかしくない』
「ですので自分で勝手に日本に来ると決めるのは……。もっと他の部員や、上層部と話し合った方がよろしいのでは?」
『んな面倒なことしていたら、絶対出国許可なんて下りねぇよ。それに執行部の方には、色々言い訳できるしな』
「言い訳?」
『このところ日本で活動している《臣公》を調べるために、わざわざ現地に向かった、てな』
「今の状況はそんなシャレで済むような話ではないのですから、そうホイホイとだしにしないでくださいませ」
『シャレじゃねぇ、本気だよ。俺だって、お前から色々報告受けて、本気で心配しているんだからな。――それに、調べものをしていたら、ちょっと気になることがあってな。それを確かめたいんだ』
「気になること? 一体何ですの」
『
「信じられない名前? 誰のものですの?」
『ステンカ=デスデローサ。かつて達哉と共に研究部で働いていた男だ』
「それはつまり、『E.S.B.』内に《罪人》がいた、ということですか?」
『それ自体は珍しいことじゃねぇけどな。問題はこいつが、エグゼブラスターの開発者だってことだ。研究部や
「だったらなおさら! あなたのような大物が動けば、向こうも勘付きますわ。もっと穏便に……」
『悪いな。今度ばかりは迅速に動くべきだ。後のことはそっちに行ってから話す。じゃあな』
「ちょっとクリスティーナ!! ……もうっ、何も起こらなければよいのですが」
通話終了の画面をじっと眺め、嘆息する乃述加。
クリスティーナは受話器を置くと、目の前に光るパソコンの画面を眺めて、舌打ちした。
「こんなこと、公にできねぇよな……。処刑人の、《罪人》の、根本がひっくり返っちまう」
しかしいつかは公表しなければならないのだろう。そのことを考えると、気が重くなってくる。
「なあ、達哉。お前は何を知っていたんだ?」
ここにいない人が質問に答えられる訳がない。それが分かっていても、問い掛けずにはいられなかった。
× × ×
中央塔に戻って来た晶と
「今まで、お世話になりました」
「湿っぽいのはなしにしましょう。腕章も、返してもらうのではなく、預かっておくということにしますわ」
「ありがとう。乃述加……」
そこに空気を読まないかのように、杏樹が割り込む。
「あなたの抜けた穴は私が埋めるから。安心して」
「……わたしは、完璧にあなたを信用した訳じゃない。でもあなたに後を託すしかない。任せたよ」
そして晶も。
「短い間ですが、お世話になりました。僕も精一杯精進します」
「するがいいわん、後輩。活躍、期待してる」
別れの挨拶を告げると、那雫夜は守術に連れられ、部屋を出る。乃述加たちも続いて退室した。
「生きていれば、また会いましょう」
ゲートを出て監獄街を後にする晶、杏樹、乃述加。
彼らの後姿を眺める那雫夜に、
「それじゃあ、ここでの生活はさっき話した通りだ。やってくれるね」
「はい。こんなわたしでも力になれるなら」
「あの
「日本で《罪人》が多く生まれる理由、そして他国に比べて強力な理由――。この街でどこまでできるかは分かりませんが、調査に協力します」
「いざと言う時にはこの街を出ることも許可しよう。ただし契約に違反した場合は……」
「ええ。おとなしく処刑されます」
「――さて、それじゃあ行こうか」
2人は踵を反し、街の中に溶け込んでいく。
× × ×
滑走路のある場所まで戻ると、そこには迎えのヘリがあった。
3人がそれに乗り込むと、ヘリはモーターを回転させて飛び立つ。
『千瀧さんには、この街の人々に探りを入れて、《罪人》について調べてもらいたい』
『分かりました。お力になれることがあれば、何でも』
乃述加は眼下に広がる森をぼうっと眺め、先程監獄街中央塔の事務室でなされた会話を思い出していた。守術に特別な仕事を貰った那雫夜。収容されてなお、『E.S.B.』職員として働けるのは良い事だろうが、どうにも不安だ。
「(あの街はあくまで、望まずに罪に堕ちた人々を住まわせるための土地……。そんな、誰もが無知なはずの場所で一体何を調べろといいますの?)」
そのことが胸に引っかかる。
「(最近は色々きな臭いですし、仲間内の動きにも注意が必要ですわね……)」
「乃述加さん。深刻そうな顔をして、どうしました?」
こんな時、無邪気に訊ねてくれる晶はありがたい存在だ。
「那雫夜が心配でね。あの街で上手くやっていけるでしょうか」
「今更そんなこと。千瀧先輩なら心配いりませんよ」
「そうですわね……。あたくしたちは、あたくしたちのやることをするだけですわ」
笑って返し、それから電話のことを思い出した。
「そう言えば晶。近々あなたのお母様が、日本に来るらしいですわよ」
「えっ? どうして母さんが?」
「どうも《臣公》についての調査をしたいらしいのですわ。でも、もちろんそれもあるでしょうが、本音はあなたと会いたいのでしょうね」
「相変わらず、素直でない人ですね」
だが会いたいのは晶も同じだった。母には話したいことが山ほどある。
こんな状況だ。少しばかり甘えてもいいだろう。
「晶のお母さん…………」
彼の隣に座る杏樹が、何やらぼそぼそ呟いている。
「きちんとご挨拶しなくちゃ……」
機内から臨む夕日と山並みは、気が遠くなるくらい美しかった。
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