第15刑 盲目の魔女―A
彼女の病室を訪れた
「どうして。どうして静孔は回復しないんですか。治療はちゃんと順調なんですよね!?」
回隻は迫る弥希に動揺する。まるで何かを隠しているかのように。様子がおかしいことに気づいた弥希は、医師の胸倉を掴む勢いで、壁際まで追い詰めた。
「あれからもう2か月。なのに一切変化が見られないなんて、おかしいじゃないですか! 本当にあの子の治療は行われているんですよね!?」
「もちろんだ! もちろん我々も、真摯に取り組んでいる。それに治療は殆ど済んでいるんです。もしかすると、彼女自身の問題なのかもしれません」
「静孔の? どういうことですか?」
白衣を直しながら、回隻医師は説明する。
「彼女が無意識の内に、回復することを拒んでいるかもしれない、ということです。そのせいで身体が治ろうとしない可能性があります」
静孔が、健康になることを拒んでいる? そんなはずはない。弥希には分かっている。静孔はそんな後ろ向きな子ではない。確かに内気ではあるが、何もそこまで思い詰めてはいないはずだ。
「何かの間違いだろ、静孔……」
ドン! と弥希は壁に拳を打ち付ける。静孔を信じたい。けれど、こうも回復が遅いと、医師の言うことも納得してしまう。
「お前は今、どうしたいんだ――――?」
答える声は、なかった。
× × ×
『エグゼキュージョン システム ブート!』
「はああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
処刑人となり、ファルコン・ディシナに銃撃を浴びせる
「その程度か。
鋭い鉤爪が、乃述加の喉元を狙う。しかし乃述加はすかさず、その腕に向けて発砲した。だらだらと黒い血が流れるが、構わずに伸ばされたままだ。
「なぁ、一応痛覚はあるんだ。効いていないだけで、通ってはいるんだよ。その辺は把握してくれよ?」
直後、ファルコン・ディシナの腕の傷口から、細い針のように形状を変化させた血液が飛ばされた。針は乃述加だけでなく、
「うわっ! うぅ……くそ!」
『エグゼキュージョン システム ブート!』
彼も処刑人となるが、相手は乃述加を物ともしないような輩である。力が敵うとは到底思えなかった。
それでも動かない訳にはいかない。こんな所で邪魔をされては、落ち着いて那雫夜を見送れないではないか。
大地を蹴り、跳躍。太陽を背にし、ファルコン・ディシナの視界を奪い、その胸元に蹴りをお見舞いしようとする。
だが。
《罪人》がパチン、と指を鳴らすと、散らばった血の針が再び形を変え、今度は
「ぐわぁぁぁぁぁっっ!!」
2体のカイト・ソルジャーが晶に襲いかかる。理性を有していない分、《罪人》よりも質が悪い。「
さらにもう1体が出現。それは杏樹と那雫夜を狙っていた。
「杏樹さん!
「分かった」
金色の十字架を腕章に嵌め、処刑人となる杏樹。左手の刃が敵の肩を切り裂く。さらに続けて、細く鋭いヒールで相手の胸を貫いた。耐久力のないカイト・ソルジャーは、肉体を保てずに、血に戻る。
しかし、ファルコン・ディシナは傷を負う度に、流れ出た血をカイト・ソルジャーに変化させてくる。乃述加も攻撃を咥えることを躊躇していた。
「お願い! これを外して!」
那雫夜が引き攣った声を上げる。
「今だけでいい。わたしも戦う!」
ガチャガチャと手錠を引き千切ろうとするが、
今度は彼女にカイト・ソルジャーが襲いかかった。
咄嗟に杏樹が間に入る。
「キエエエエエエエエエンンンンン!!!」
十字架が変化した毒針の猛襲。怪物はべちゃりと崩れる。
那雫夜の方を振り向いた杏樹は、冷たく吐き捨てる。
「あなたはそこで見ていて。ここであなたの縛を解いたら、晶のこれからの信頼に関わる」
「あんたはあくまで、晶の味方ってことねん……。まぁ、皆に迷惑がかかることは分かるけどさ」
もしこの場で《罪人》である千瀧那雫夜の力を借りてしまえば、彼ら処刑人は『E.S.B.』を裏切ったことになってしまう。那雫夜は、本来ならば処刑するはずの対象なのだ。それを寛大な処置で拘留に留めてもらっているのに、そんなことをすれば晶に乃述加、杏樹はそれなりの処分を受ける。そして那雫夜も今度こそ是非を問わず処刑されるだろう。彼女を解放することは、リスクが高すぎる。
「これからあなたの力を借りることはないのだから、大人しくしていて。その分私が役に立つ」
杏樹の十字架からホログラムが照射され、全長30センチ程の小型の槍ランスが現れる。右手に槍。左手に針。両手に武器を持った杏樹は、カイト・ソルジャーの群れに突入していく。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
黒い羽が舞い、血に戻り、辺りの草葉を焼く。
黒い毒液が舞い、辺りの草葉を枯らす。
杏樹は3体もの相手をしながら、一切劣性にならなかった。それどころか、終始敵を圧倒している。その戦いぶりは堂々たるものだった。
転じて晶の戦い。
「うおりゃぁぁぁ!!!」
実は彼の装備も、強化を施されていた。利里の葬儀の翌日、晶は研究部の
「食らえっっ!!」
特に体重の乗っていない軽いパンチが、カイト・ソルジャーの胸に入る。当然これだけではダメージなど与えられない。だが、肘の辺りに力を籠めると、晶の脳波に反応した肘当てが小さく展開する。内側から現れたのは、小型の扇風機が5つ。それが一斉に回転し、小規模の竜巻を起こす。その風の力を借りて、晶の拳は敵の胸に深く突き刺さった。
「どりゃあああああああああああああ!!!!」
血飛沫となり飛び散る怪物。
再び念じると、扇風機は肘当てに収納された。
「…………よし!」
まだ道具頼りではある。自分が成長したとも、自信を持って言い切れる訳ではない。だが晶は、確かな手応えを感じていた。この調子なら《罪人》とも渡り合える。
もう誰も傷つかせない。自分も死なない。戦って、生き残れるようになってみせる。
そして乃述加とファルコン・ディシナ。敵を傷つける=兵力を増やすということになってしまい、なかなか攻撃を仕掛けられずにいる乃述加。
「厄介ですわね」
「嫌ならあの連中は作らなくってもいいんだぜ? 別に自動生成ってことじゃないんだしね」
自ら乃述加の腕を引き寄せ、銃を胸に突きつける弥希。彼女の口角は、楽しげに僅かに上がっていた。
「どうなっても知りませんわよ!」
半ばやけっぱちで、乃述加は銃弾を連射する。連続で叩き込まれたそれは、ファルコン・ディシナの肉体を貫通し、その身体の向こう側に落ちていく。
己の腕を握る力を感じなくなるまで、乃述加は撃ち続けた。
やがてファルコン・ディシナの腕がぷらんと垂れる。
「……? 終わった?」
あんまりあっさりだったもので、呆気にとられてしまう。軽く敵の腹部を蹴ると、簡単に倒れてしまった。
まさか。《臣公》と名乗った相手が、こうも簡単に死ぬなんて。
「キャアッッ!?」
もちろん、そんなことはなかった。
油断したその瞬間、足払い。乃述加は前のめりに倒れる。幸い足は斬られていないが、脛を固いもので叩かれた。痛みは骨に響き、足が痺れる。
「おいおいおい。アタシを甘く見過ぎだよ」
そして何事もなかったかのような口ぶりで身体を起こすファルコン・ディシナ。その手には、己の血で作った棍棒が握られていた。わざと胸を撃たせ、大量の血を流したのは、これを作るためだったのだ。
「今度はこっちの番だ。行くぜ」
鉄よりも遥かに堅い棍棒が、乃述加の頭目掛けて振り下ろされる――――。
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