第14刑 血まみれの侍―B
初めて出会ったのは、小学校の入学式だった。あれからもう12年以上経つのかと、ベッドの上で母が持って来てくれたアルバムを眺め、過去の記憶に思いを馳せた。
そんな静孔に、初めての友達ができた。入学式が終わり、玄関で家族と合流することになっていたのだが、玄関で待っているはずの母の姿が見えない。周りにいるのは見ず知らずの同年代の子供たち。そしてその保護者。こんなに大勢の人に囲まれるのは生まれて初めてだった。
見知った顔が見つからないことが怖くて、静孔は泣いた。それで目立って声を掛けられることも怖かったので、嗚咽を押し殺して、息が漏れないように泣いた。苦しかった。だんだん胸が痛くなってくる。怖い。自分が自分に押し潰されてしまいそうだ。
そんな時。
「どうしたの? 大丈夫?」
せっかく誰にも気づかれないようにしていたのに、見つかってしまった。
この時静孔に声を掛けたのが、
「おうちの人いないの? それで悲しかったの?」
最初は、同い年の癖に上から目線で接してくる、嫌な奴に思えた。素直に「うん」と言うのが嫌で、首を横に振る。でも弥希は、静孔の嘘を簡単に見抜いた。
「えー。そんなはずないよ。だってあなた、寂しいって顔してるもん」
その無邪気な言葉が、静孔をさらに傷つける。もう分かったから。あなたの言う通りだから。ほら、早くどこかに行ってよ。そんな酷いことばかり考えてしまう。
そんな静孔の意志に反して、弥希は彼女の手を握った。
「一緒に待っていてあげる。大丈夫。アタシも今日は1人なんだ。お父さんもお母さんもお仕事で、来られなかったの」
生徒と保護者が往来する中、2人は手を繋いで下足箱に寄りかかっていた。
「あなた、お名前は?」
にこにこと微笑みながら問い掛ける弥希。
彼女の笑顔に一瞬怯えてしまうが、静孔は声を振り絞った。
「…………しづく。あけがた、しづく」
「へぇー。アタシはね、くれないみき。よろしくね、しづくちゃん」
「………………よろしく」
2人の交流は、ここから始まった。
入学式以来、静孔と弥希はいつも一緒にいた。流石に教室では席が離れてしまうことがあったが、休み時間や放課後はいつもべったりだ。
しかし時が経つにつれ、静孔の中では、親友に対する憧れが強く育っていった。同時に自分への嫌悪感が募っていった。
どうして弥希はみんなから人気があるのに、ウチはみんなと上手く接することができないんだろう。
どうして弥希はいつもはつらつとしているのに、ウチは俯いているんだろう。
どうして彼女は――――自分の持っていないものを全部持っているのだろう。
羨ましい。でもそれは彼女が凄い人だからで、自分には到底できっこない。自分はどうやったって、日の光を浴びることはできないのだ。暗く淀んだ日陰で生きるしかない。
ああ。どうせ自分は。どうせ自分は――――。
明外静孔と暮内弥希の生活に1つの天気が訪れたのは、小学6年生の頃だった。
クラスに1人の男子生徒が転校してきた。名前は
そんな中、敦智と親しくなったのが弥希だった。弥希も男子に告白されることが多く、苦労が絶えなかった。初めはただのシンパシーのようなものだったのかもしれないが、やがて恋仲になった。静孔はそれを温かく見守ることにした。
「静孔。アタシさ、今度の日曜日に敦智とデートすることになったんだ」
「へぇ。良かったね。どこ行くかはもう決めてあるん?」
「いいや、まだ。でも楽しみなんだ。こんな気持ち、初めてだ」
ズキン。それを聞いた瞬間、静孔の心は少しだけ痛んだ。
分かっている。どれだけ仲が良くても、同性と異性では抱く感情が違ってきてしまう。それは分かっているつもりだった。だが、それでも辛いものは辛い。これまで自分は、彼女を楽しませることができなかったのか。そんなこと、弥希はこれっぽちも思っていないはずだ。それなのに、不甲斐なさのようなものを覚えてしまう。
「(ウチじゃ駄目なんかな……。ウチじゃ弥希を幸せにすることは、できひんのかな……)」
嫉妬にすらならない感情が、募っていく。
だがデート当日。誰も予想できなかったことが起きてしまった。
敦智が、飲酒運転の車から、弥希を庇って命を落としたのだ。
「やだ……やだよぅ。こんなの、やだよぅ」
右半身を押し潰され、血まみれになり、虫の息の敦智。
こっそり2人のデートに付いて行っていた静孔は、119番通報をしながら、錯乱している弥希の肩を擦る。
「大丈夫や。もうすぐ救急車が来るから。絶対助かるから、ね?」
彼を轢いた車は、とっくに姿を消していた。血をべったり引きずったタイヤの跡を見て、静孔は激昂する。
「クソッタレが! 轢き逃げしおったんか! クソ野郎がぁぁぁぁぁ!!」
これまでにない悪さの口調で叫んだ。弥希のものがうつったのか、全身の震えが止まらなくなる。
そんな2人を安心させようとしたのか、敦智が口を開いた。しかし声はほとんど声になっていない。環境音にかき消されてしまうほど小さかった。
「泣くなよ、弥希……。君は、笑っている方が可愛いんだからさ………………」
声を聞くだけで、彼はもう助からないのだと、察することができた。しかしそれは静孔だけだったようで、弥希は僅かな希望を覚えていた。
「敦智、大丈夫なの? そんな身体になっても……」
「大丈夫さ。僕は死なないよ……。そんなに、僕が、信用ならないかい…………?」
少しだけ笑顔を取り戻して、弥希ははつらつとした声を上げる。
「そうだよね。大丈夫だよね。また明日になったら、楽しく過ごせるんだよね」
「うん。明日だけじゃない。いつまでもさ…………」
しかしこの約束はあっさりと破られてしまった。
敦智が亡くなったと聞いた弥希の顔は、彼を追って逝ってしまった屍かと思うくらい、真っ青だった。
以来弥希は他人に近づくことを嫌うようになった。親しくなれば、その分失った時が辛い。その痛みを知っているからこそ、他人を遠ざけた。痛みの原因を作らないことで、傷を負うことを回避しようと考えたのだ。
唯一の例外が静孔だった。静孔のことだけは、拒むことなく、これまでと同じように接していた。
静孔はそれが嬉しかった。自分だけが彼女に必要とされている。彼女は自分の存在だけは認めてくれている。
どこか醜くも見える喜びの感情が、静孔の中に芽生え始めていた。
× × ×
「本当にこっちで合っているんですか?」
前進しているという実感が一切湧かず、
「間違いありませんわ。もう少し進めば、開けた場所に出るはずですの。――プッ!」
突然唾など吐いてどうしたのかと思えば、羽虫が口に入ったらしい。ますますここが正しい道なのかと、怪しくなってきた。
「ヘリとかでその街まで行くのは駄目だったんですか?」
その那雫夜も、自分は捕まった身だからと遠慮しているのか、先程から全く発言しないが、なかなか嫌そうな表情をしている。これは『監獄街』そのものよりも、そこまでの道のりの所為でできた顔だろう。
「直接向かっては、正確な場所が知られてしまうかもしれませんからね。《罪人》はもちろん、一般人にも知られてはいけない集落ですわ、あそこは。結界を張って衛星からも発見されないように徹底して隠していますの」
なるほど、と晶は納得した。
『監獄街』とは《罪人》を隔離・監視している街だ。他の《罪人》にその場所が知られてしまえば、仲間を助けに大人数で攻め込んでくるかもしれない。一般人にばれても、面白がって観光スポットのような感覚で訪れる者が増えるかもしれない。
何が何でも、隠し通さなければならない場所のようだ。
「ほら、視界が開けてきましたわよ!」
疲れているのに、元気なように装っていることが丸分かりの乃述加の声。
だが彼女の言う通り、藪の先に光が見えてきた。
この先が『監獄街』――――!
「ヒュゥ~。見ぃつけた、お前ら処刑人だろ?」
だが視界が開けたのは、街に着いたからではなかった。その周辺に生えていた植物が根こそぎ刈り取られているせいだ。
「!!?? あなた、何者ですの?」
折れた草木の中、刀を振り回して楽しげに笑っているのは、赤毛の麗人だった。露出の多い服で、オフショルダーのトップス、ダメージ仕様のホットパンツ。この環境では、非情に痒そうだった。
女性は晶たちを1人1人指差して確認していく。
「
ぴくん。彼女の発言の中にあった名に、那雫夜が反応する。
「信太……? 信太
身を乗り出そうとするが、杏樹によって拘束されているため、身体が前に出ない。
しかし那雫夜が過剰に反応するのも無理はない。敬愛する
目の前にいる女性が、信太美子と何かしら関係のある人物であると分かると、処刑人たちは一層警戒を強めた。
「もう1度聞きますわ。あなた、何者?」
拳銃を構え、脅すような体勢を取る乃述加。
だが麗人は一切怯む様子を見せない。
「アタシは暮内弥希。どうやら《憤怒臣公》って奴になっちまったらしい」
「暮内弥希…………? まさか、医師変死事件の容疑者の!?」
医師変死事件。その単語を耳にした途端、弥希は両目をカッと見開き、声を荒げた。
「あんなクソ野郎、死んで当然だ! 世間がアタシをどう思おうが、知ったことじゃない。アタシはあいつを殺したことを、間違ったこととは思っていない!」
「相当深い恨みがあるようですわね。でも、その結果あなたは《罪人》となってしまった。そうである以上、あたくしたちはあなたを処刑しなくてはなりませんわ」
乃述加は細目で、憤慨する弥希を睨みつける。
「ああ、そうだな。アタシもあんたらに直接恨みがある訳じゃない。でも敵対する勢力に付いちまった以上、殺し合わなくちゃならない。悪いがこいつの錆になってくれ」
血色の刃を持つ刀を、ペン回しでもするかのように弄ぶ弥希。
そんな彼女に、乃述加は容赦なく発砲した。
「余裕ぶっている暇があれば、とっとと斬りに来ればいいものを。敵とお喋りなどしているからですわ」
続けて、2発、3発と撃っていく。胸に、肩に、そして眉間に銃弾をめり込ませた弥希はそのまま仰向けに倒れていく。
だが相手は《臣公》だ。この程度では処刑することなどできないこと、処刑人たちは先の戦いで身を持って知っていた。
案の定、血を垂らしながら弥希は立ち上がる。
「面白え。それじゃあ、悪いがアタシが完全に化け物になる足がかりにさせてもらうわ」
弥希の瞳が赤く発光したのを合図に、流血が彼女の全身に纏わり付いていく。すっぽりと血液に包まれ、泥人形のようになったかと思えば、血のコーティングがひび割れ、内側から猛禽類に似た《罪人》が姿を現した。えんじ色の羽毛。金と翡翠の胸当て。顔の右半分は勾玉型の土面で覆われている。
「お相手頼むよ、処刑人さん?」
鉄臭い双翼が、空気を震わせながら展開された――。
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