第11刑 《臣公》―C

 廃ビルから逃げ出し、森の中を彷徨っていた信太しのだ。腹部から流れ出る血は、止まる様子を見せない。


 そこへ1人の女が、空から降り立った。


「随分無様な姿になっちゃったわねェ、《暴食臣公しんこう》?」


「処刑人1人足止めできない奴が、言ってくれるじゃない。《色欲臣公》」


 巨木に背を預け、薄ら笑いを浮かべながらやって来た水本みなもと作楽さくらに向け、信太は唾を吐いた。頬に当たった唾液を、愛おしそうに水本は舐め取る。


「だってェ、相手はあの邪庭やにわ乃述加ののかだもの。アタシがまともにヤり合えるはずがないじゃない」


 君は《七臣公》の中では最弱だからな、と信太は嘲る。水本はそれに反論しなかった。


「あなたの方こそ、たかが1執行部員にやられ過ぎじゃなぁい? いい加減に歳なのかもよ?」


「私が弱くなったんじゃない。あの娘が強かった……。それだけの話だよ」


「やられたことに変わりはないじゃない。その傷、再生するのにどれだけ時間がかかると思っているの?」


「一月…………と言いたいところだが、なんせ相手はあの『エグゼブラスター』だ。そう簡単に治るとは思えないよ」


「流石はドクター・デスデローサ、と言ったところかしらァ?」


 2人はそれ以上無駄口を叩くことなく、山奥へ進んで行った。


「そろそろ着くのか?」


「ええ。こっちから力を感じるわァ。間違いなく《臣公》クラスの」


 辿り着いたのはとある廃墟だった。電飾の取れた看板や、時代遅れな雰囲気のパチンコ型ゲーム。随分前に営業を停止した、宿泊施設のようだ。


「この中ね。ビンビン感じちゃうわァ」


 響くのは2人の足音だけ。常人であれば、ここに誰かがいるなんてこと、勘付きはしないだろう。


「そう遠くない――2階じゃないわね。1階のどこかの部屋だ」


 そして1枚の扉の前で、水本と信太は足を止めた。ここだけ、錆が剥がれている。つい最近誰かが開いた証拠だ。


 恐る恐る、なんてことはなく、暖簾に腕を通すくらいの軽い気持ちで、扉を押す。


 初めは室内が暗くて、何があるのか分からなかった。暗所に目を慣らそうと、何度かまばたきをする水本。


 しかし次の瞬間。


「……………………え?」


 脇差くらいの長さの刀で、その胸が貫かれた。


 霞んでいく視界に写り込んだのは、1人の麗人だった。赤色の、腰まで伸びた髪を振り乱し、脇差を握りしめている。酷く興奮しており、肩で大きく息をしている。


「てめぇら……何モンだ?」


 麗人は口を開いた。多少掠れているが、それでも天性の聞き心地のよい、澄んだ声は隠せない。


「殺す気で刺してから言う台詞じゃあ、ないよねぇ」


「!!!」


 水本は唇を引き締め、不敵に笑いながら答えた。刺殺したと思っていた麗人は、返事があったことに驚いて飛び退いてしまう。


 胸に深く突き刺さった刃物を抜き、傷口に手をかざすと、水本の傷はみるみる内に塞がった。


「初めまして、アタシは水本作楽。あなたとおんなじ、《罪人》だよ」


 麗人の頬に手を当てる水本。


 そこで部屋の奥から、もう1人が声を上げた。


「何、弥希みき…………誰か来たん?」


静孔しづく! 逃げろ!!」


 室内からガタゴトと床を這いずり回るような気配がする。それを見逃す水本と信太ではなかった。2人を押しのけ部屋に踏み入った信太は、もう1人を発見する。


「え、え。アンタ誰……? 弥希と違う、よね」


 まるで人形だ。痩せこけてちっぽけな身体。髪はどういう訳だか、真っ白になっている。だがそれ以上に気を引くのは、両目を覆うアイマスクだ。そのせいで周りで何が起きているか分かっていないではないか。


暮内くれない弥希と、明外あけがた静孔で間違いないね」


「ウチらのこと知ってるん? ナニモンや?」


 戸惑っている人形の首を、信太は迷わず掴む。そしてそのまま肩に担いでしまった。


「テメェ!!! 静孔を放せ!!」


 向かって来る赤髪の麗人。しかし、


「『おいで、おいで。私と一緒にお手て繋いで。怖くはないよ、悲しくないよ。気持ちいいこと。心が晴れるよ。さぁおいで。私と一緒に、おいで、おいで』」


 水本が唱えた詩を耳にした途端に、弥希は糸が切れてしまったように頭を垂れた。その瞳は虚ろに光り、意志を持たないようだ。


「これで《憤怒》と《怠惰》の後継者は見つかったな」


「ええ。後はこっち側の生活を、じっくりと教えてあげることねェ」


 2人は麗人と人形を抱えて出口へ向かう。


 久々の客にも出て行かれようとしている廃墟は、寂しそうに天井から破片を落としたり、閉まっている扉を軋ませていた。


 水本は笑いながら、信太は表情を引き締めながら足音を響かせる。


「やっぱり運は、こっちに向いているみたいねェ」


「全ての処刑人がいなくなるのは、そう遠くない未来かもしれないな」


 廃墟には、不穏な空気だけが取り残されていた。

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