第7刑 監視する目―B

 明け方。事務所に1本の電話がかかって来た。


「囚人が――《罪人》になって脱獄した!?」


 応答した連絡部員の声で、オフィスで眠っていた4人は目を覚ました。


 乃述加ののかは3人に、すぐ支度をするようアイコンタクトを送る。しょうたちはそれを理解し、腕輪や十字架を準備した。


邪庭やにわ執行部長。早朝から申し訳ありませんが、現場へ向かっていただけますか?」


「もちろんですわ。他の執行部員、捕縛部員は?」


「どうやら留置場の方に多数の死傷者が出ているらしく――そちらの調査を担当してもらいます」


「分かりました。現場は邪庭班にお任せくださいな」


 粋のいい笑顔を見せると、彼女は車の支度をし、部下を連れて現場へ急行した。




 囚人のいた施設には、すでに多くの警察官、『E.S.B.』の職員が集まっていた。


笹川ささかわさん。《罪人》の行方は?」


「おはようございます、邪庭部長。脱獄犯は留置場を出た後、3号通りに向かって行くのを、監視カメラが捉えています。その先にもきっと、姿を写したカメラがあるはずです。そちらをお願いします!」


 了解ですわ、と答える前に、警察官が通報を受けた。


「C地区で怪物が目撃されたそうです! 恐らく、脱獄犯と思われます!」


 それを聞くや否や、邪庭班は移動を開始する。




「見つけた。あれだ!!」


 車内ですでに処刑人の姿になった利里りりは、窓から身を乗り出し、外の様子を窺っていた。C地区は住宅や商業施設が入り混じった場所。人も多く集まっている。こんなところでこれ以上暴れさせる訳にはいかない。


「死ね!!」


 拳銃を発砲し、《罪人》に攻撃を仕掛ける。銃弾が当たり血を噴出した《罪人》は、その場に倒れた。そのままぴくりとも動かなくなる。


「え……もう終わり?」


 意外にあっけない最期だった。警察官を何人も殺害して脱獄した割には、弱すぎる。4人は車を降り、倒れた《罪人》に駆け寄った。利里が足蹴にして、その死亡を確認する。反応は微塵もなかった。死んでいると見てよさそうだ。


「何だか……しっくりこない終わり方なのね」


「早急に解決することに越したことはないですが、こうも簡単に行き過ぎると、逆に不安になりますわね」


 しかし、その不安は的中してしまう。


「!!! 何か来る――――ッ!」


 最初に反応を示したのは、那雫夜ななよだ。だが動く前に、彼女の身体は宙を舞った。驚いている隙に、続いて利里が何らかの力によって突き飛ばされる。次に襲撃されたのはしょう。突然何者かによって首を掴まれ、持ち上げられる。抵抗して足をバタバタと動かすが、全く効果がない。


「那雫夜! 利里! 晶!」


 乃述加が悲鳴を上げながら、何者かに銃口を向ける。


 謎の人物はフードを被り、顔が見えなかった。だが、先日から事件現場で感じる殺気や、目撃される人影の正体はこいつだと、4人とも察した。


「おぉっと、撃ったらこの子に当たるわよォ? 今は下手に動かない方が賢明だと思うなぁ」


 おそらく、この人物は女性だ。身長は晶と同じくらい。僅かに見える手は色白で、華奢だ。声も挑発的で蠱惑的な色を持っている。


「あなたたちね、人の実験を邪魔するのは良くないわよぉ。そんなことばっかりしていると、嫌われちゃうゾ」


 ぎり、と利里は歯を食い縛った。なぜだろうか。これまで何度も《罪人》と戦ってきたが、いちいち恐怖など感じはしなかった。だがこの女だけは違う。これまでの《罪人》とは、また別の存在に思える。


「お前は――何者なんだ?」


 思わず訊ねてしまった。敵にこんな問いかけをすることが、ナンセンスだとは分かっている。だが頭ではそう理解できていても、身体が、口が言うことを聞かなかった。


 震えながら口を開いた彼女を、女は笑う。


「さぁて、誰なのかしらァ?」


 どこまでも挑発的な口調だ。


 フードの女は、晶を軽々と放り投げると、地面に臥せる《罪人》に近づき、その首筋に注射針のようなものを刺した。


「《罪人》化まではできた――。さぁ、ここからが本当のショータイムよ。あなたたちごとき三下の存在が、この脅威を乗り越えることができるかしらァ!」


 その指がパチン! と鳴らされる。それが合図かのように、倒れて反応の一切なかった《罪人》が身体を起こした。それだけでもあり得ない事態なのに、さらに畳み掛けるようにそれは発生する。《罪人》の身体がさらに変貌し始めた。まずは手足が太くなり、獣のように4足の姿勢を取る。そして合わせて胴体が、尾が、頭部が巨大化していく。


「まさかこれが、あの監視カメラに写っていた奴の答え……?」


「さぁ怯えろ、処刑人ども!! 《重罪人》の誕生だァ!!!!!」


 巨大化した《罪人》が、4人に向けて咆哮する。唾が飛び散り、生臭さが周囲に広がった。


「流石にこれは、まずいのね……」


《罪人》の大きさは、4~5メートルにはなっていた。人型ではなく獣型。精神は肉体の奴隷なのか、もう理性が残っているようにも見えない。


「蹂躙しろ、人々の安寧を奪い尽くせ!!! それが化け物のお前に与えられた使命だからな!!」


 だがここで、女にも予想外の事態が発生する。《罪人》は晶たちを襲うことなく、車や電柱に衝突しながら、峠の方へ逃げて行ったのだ。


 それを見た女は、地団太を踏みながら絶叫する。


「クソが! 誰のお蔭で逃げ出せたと思っているのよ。やっぱり、無理矢理《罪人》にしたような弱者は、実験台には弱かったかしら?」


 彼女は処刑人たちに向き直り、手を振った。


「それじゃあ、後はよろしくねぇ。アタシたちの実験は失敗みたいだから、もうアレに用はなし。処理はあなたたちに任せるわァ」


「何言っているんだ、ふざけるな!! 答えろ。お前は誰だ!?」


 数発発砲する利里。返事の前に、女の身体から真っ黒の、墨のような血が噴き出した。利里の放った弾が当たったのだ。だが、相手は全く動じることなかった。


「そんな乱暴なことじゃ、男は引っかからないよぉ? まぁアタシは、首輪とか鞭みたいなハードプレイも、嫌いじゃないけど?」


「答えろっつってんのね!」


「お断りしまァす」


 パチン! とフードの女は指を鳴らした。するとその周りに羽が舞い始め、処刑人たちの視界を奪う。晴れた時には、既に敵の姿はなかった。


 利里が、喉が潰れるのもお構いなしに絶叫する。


 だがこんな所で悔しがっていたところでどうにもならないのは、皆分かっている。


「行きましょう。まずはあの巨大化した《罪人》を追うのが先決です」


 乃述加の一言を聞き入れ、全員が車に乗り込んだ。《罪人》の走り去った方向へ向けて走らせる。


 この時、誰もが胸の内にぐるぐると気持ち悪さを覚えていた。あの女は誰だ。《罪人》を実験台と呼んだが、一体何の実験をしているのだ。そして何より、応援に呼ばれておきながら、多くの犠牲者を出してしまったことに、負い目を感じていた。もちろん、予期していた訳ではない。だが、もしかすると救えた命もあるかもしれない。そのことが胸を締め付けていた。


 これ以上被害を増やす訳にはいかない。

 今は一刻も早く、あの化け物を処分することだ。

 正義と贖罪のため、処刑人たちは戦いを続ける。

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