第5刑 新兵器は誰のもの?―B

 それから数日後のこと。しょうたち4人は、とある山中に呼び出された。そこには連絡部や捕縛部の車両があり、警察官も多くいた。


「失礼します。執行部長の邪庭やにわですわ」


 乃述加ののかに続き、3人とも身分証を提示する。そして張られたテープの内側に入ると、武部たけべの姿を見つけた。


「研究部が現場まで来るなんて、珍しいですわね」


「ああ。私もこんな形で出勤なんてしたくなかったよ」


 ぼやきながら、武部は足元にあるものに視線をやる。

 それは、1人の若い男の死体だった。


「胸部を強く打撲したことが、死因のようです。しかし、両手両脚も丁寧に折られている。人間業ではありません」


 近くにいた刑事が説明してくれた。彼の言う通り、青年は胸が大きく凹んでいた。その上腕も脚も、あり得ない方向に曲がっている。何者かによって殺害されたのは明白だった。


「……こいつはな、私の部下の男だ」


「? 研究部員ですの?」


 武部が告白した。彼曰く、殺害されたのは組織に入って3年目の、塚田久つかだひさしという青年。エグゼブラスターの開発にも関わっていたという。


「一昨日の昼には事務所に顔を出していた。それまでは生きてたってことだ」


 彼の発言を、刑事も首肯した。


「死亡推定時刻は昨日の午後1時~5時頃と思われます」


 情報を交換している最中、捕縛部と彼らに連れて来られた救急隊員によって、遺体が運び出された。走り去る車のエンジン音を聞きながら、武部は唇を噛んでいる。


「まだ若い力が失われるというのは、辛いものだな」


「処刑人はそういう仕事ですから……。若くて未成熟な者から死んでいき、力を持っていた者から衰えていく。やがてみんないなくなるかもしれませんわね」


 部長同士が切ない話をしている最中。若者3人は、現場に何か犯人の手掛かりになるようなものがないかと、探し始めた。どんな小さなものでもいいから、事件解決の糸口になるものはないのか――。


「――――…………ッッッ!!??」


 何か異様な気配を感じて、顔を上げる利里りり。彼女は恐る恐る周囲を見回した。殺気や敵意とも違う、ただの存在と言う名の恐怖。そんな気配がどこかからか漂って来ていた。


「誰だお前は!!」


 そして見つけた。彼女の威嚇の雄叫びに反応して、晶と那雫夜ななよもそちらに視線をやる。

 二人ともそれを確認した。だが、視界に入れることができたのは一瞬だったので、何者だったかまでは分からない。


 何者かは既に立ち去ったはずなのに、その場には異様な空気が漂っていた。それだけで断言できる。あれは人間ではない。かといって、《罪人》と呼ぶのも違う気がした。少なくとも、これまで自分たちが接触したことのない存在であることに間違いなかった。



 翌日の晩、塚田の通夜が行われ、乃述加はそれに出席しに行った。家に残った利里と晶、そして訪ねてきた那雫夜の3人で、犯人の手掛かりを探っていた。

 テーブルの上には、警察から借りて来た事件現場の写真が広げられている。


「下足痕が残っていてくれたおかげで、相手がどんな能力持ちなのかは、何となく分かったのね」


 利里がつまみ上げた1枚。そこには、現場の土に刻まれた足跡が収められていた。円を真っ二つにして離したような形。そして半円の外側に添えられるようについた尖った跡。イノシシの足跡によく似ていた。


「今回の犯人は、ボア・ディシナってところね」


「でもこれ、本当に《罪人》の足跡なんですか? あの山に住む、本物のイノシシの

可能性だって、あるのでは?」


「晶……あなたたまに天然なところがあるのね。考えてみるのね、27センチもある蹄の跡があると思う?」


「あっ、流石に大きすぎますね」


「そんな馬鹿でかい野生動物がいるのなら、それはそれで大問題よん」


 軽口を交えながら、3人の推理は進む。


「利里が見たって言う誰かが、その《罪人》っていうことかしらん?」


「いいや、違う、と思う。あれは普通の気配じゃなかった……」


「それじゃあ犯人とは別に、誰かが事件に関わっているってことですかね?」


「そう判断するのはまだ早い、かもね……」


 いけない。手掛かりが少なすぎる。現場の写真がこれだけあるのはありがたいが、これだけでは現状の把握はできても、進展ができない。利里は苛立ち、頭を掻き毟った。


「ハァ。犯人の特徴がこれだけ分かっていながら、真相に近づけないなんて……」


 そこで晶が、ある疑問を投げかける。


「ところで、犯人はどうしてあの人を襲ったんでしょうか?」


「そういやそうね。私怨か、それとも……」


「『E.S.B.』の職員を狙った?」


 那雫夜の呟きに、二人は「それだ」と声を合わせた。殺害されたのは研究部の人間。そしてそこでは、新兵器が完成したばかりである。これらが無関係とは思えない。


「もしかして犯人は、研究部の人間を狙っている?」


「すると、まだ事件は終わっていないことになるのね」


「でもそれを逆手にとって、犯人を捕まえることができるのでは?」


 再び研究部員が狙われると仮定すれば、彼らの周囲に張り付いている不審人物を見つけ出せば、解決に向かえるかもしれない。囮を使うようだが、犯人を示すものがない以上、今はこの可能性に懸けるしかない。


「よっし、他の執行部員にも声を掛けて、研究部の警護を固めるのね!」


 決めたからには行動あるのみ。利里は早速電話で、翌日から警護を始める計画を、他の班長たちと始めた。



 次の日。早速予想が当たった。


「こちら百波。研究所周辺を歩いている不審人物を発見。女で、年は35~40。スーツ姿で茶髪ね」


 研究所は、知らない者からすればただの小さな町工場にしか見えなかった。だがその中では日々《罪人》と戦うための道具が開発されている。また、工場の隣にあるオフィスビルでは、これまで起きた《罪人》による事件の情報や、罪堕ちする人物にはどのような者が多いのかなどを纏めた資料が保管されていた。


「一応、町に溶け込むようカムフラージュしてるんだけどね……。奪われたら危険な情報ばっかりよ、あそこ」


「見た目は寂びれてるけれど、中は最新鋭のセキュリティシステムで守られているんでしょう? それなら安心よん」


 ただ監視しているのが退屈なのか、利里と那雫夜は研究部の施設について語り合っている。

 そんな時、1人の部員が研究所から出て来た。怪しげな女は、少しだけ距離を取って彼をつけていく。


「動いた。ゆっくり追うのね」


 3人は女に気取られないよう、気配を限界まで殺して、歩み寄った。約100メートル先を歩く男があるものを持っていることに、晶は気が付いた。小さなアタッシュケースだ。あれには見覚えがある。


「(まさか、エグゼブラスター?)」


 あれを持ち出している。そして女は、それを狙っているのだろうか?

 研究部員はバスセンターに入って行った。女もそれを追う。


「! あんなところで襲いかかられたら、マズイ!!」

 危険を察知した利里が、警戒されるかもしれない、ということなど考えずに施設に突入した。晶と那雫夜もその後ろに続く。研究部員が切符を買おうとしている、その時だった。女が彼の背後から襲いかかった! 窓口の係員が悲鳴を上げる。


「やっぱり動いた。行くのね、2人とも!」


『エグゼキュージョン システム ブート!』


3人は処刑人の姿になり、研究部員の救出に向かう。彼を保護するのは、晶の役目。そして《罪人》と戦うのは利里と那雫夜の役目だ。


「その手を放せ、クソアマ!!」


 利里が強引に二人を引き離す。すると女は、自分の正体がばれていることを悟ったのか、即座に《罪人》の姿を現した。頭部は覆面を被ったように飾り気がない。その代りに胸部から腹部に掛けて、大きく隆起していた。その出っ張りは、イノシシの頭に見える。両手に持った匕首は、牙といったところか。足は太く、あの写真通りのゴツい蹄があった。人形の化け物ではなく、巨大なシシの頭部と前足だけを切り取ったような姿だ。


「嗅ぎ付けるのが早いな、処刑人ども。だが私も、失敗する気はないぞ」


「アンタには失敗も何もないのね。私らがやることはただ1つ、アンタを豚箱にぶち込むことさ!」


 交戦が始まった。隙を見て晶は研究部の男性を、その場から連れ出す。


「大丈夫ですか?」


「ああ、助かったよ。部長の当ても外れたな……。まさか襲われるなんて」


「武部さん、何か作戦を?」


「ああ。下手に大勢でこいつを運ぶより、1人1人で持ち出した方が目をつけられな

いんじゃないかって、話していたんだが……。そう上手くはいかないか」


 少しだけ言葉を交わした後、2人でバスセンター内の人々の避難誘導を行った。何も関係のない人々を戦闘に巻き込んでしまっては、処刑人の名が廃ってしまう。


「早く向こうへ! 安心してください、僕たちが必ず、皆さんを守ります!」


 ボア・ディシナは、利里たちが上手く食い止めている。この調子なら、一般市民に

被害が及ぶことはなさそうだ。


「シャオラァッ!」


 利里はサバイバルナイフで、那雫夜も小太刀で相手を追い立てる。2人は《罪人》を、バスセンター裏にある車庫群まで追い込んだ。2人とも目立った外傷はない。『E.S.B.』の職員を1人殺害したのだから、それなりの手練れかと思っていたが、そうでもないのかもしれない。

 4人がそう思った矢先だ。


「ぅおおおおおおおおおおぉぉぉぉうおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」


 ボア・ディシナが吠えた。何か嫌な予感がした。だが身体が動く前に攻撃がきた。


「っっっ!!??」


 那雫夜の身体の中心に、体当たりが入る。一昨日、研究部員を死に追いやった体当たりだ。現在彼女は戦闘服に身を包んでいるとはいえ、ただで済むことはなかった。衣装は一部が破れ、内側の鎖帷子が露出している。呼吸が荒くなり、武器を握る手に力が入らなくなっている。


「千瀧先輩!!」


「これくらい……、大丈夫、よん……」


 強がって笑ってはいるが、あんな攻撃を食らって平気なはずがない。

 ボア・ディシナは、図体が大きい分、防御力もあるようだ。追い詰められているように見えたが、実はあまり体力を消費していない。利里と那雫夜の2人がかりで攻めたはずなのに。


「百波さん、こいつを使え!」


 晶の隣、研究部の男は、何かを利里に向けて放った。彼女はそれを上手くキャッチする。それはエグゼブラスターだった。先日の射撃訓練では、それなりの性能を発揮していた。これなら、敵にダメージを与えることに貢献してくれるはずだ。


「ハァァッ!」


 突進してきたボア・ディシナを躱しながら、至近距離で銃弾を発射する。効いてい

ないとは言わせなかった。だが、10発ほど撃つと、早くも弾切れになってしまう。そんな時は、グリップの裏の窪みに、十字架の中心の石をかざす。


『フル』


すると再び、マスケット銃の中にはエネルギーが満ちた。


「そうら、お見舞いだァ!!」


 さらに10発撃ち込むと、《罪人》は苦しみの声を上げ始めた。


「百波さん、銃口の方も少しだけ凹んでいるはずだ。チャージの時同様、そこに十字

架をかざしてみてくれ!」


 研究部の男が叫ぶ。それを聞いた利里は、「なるほど」と舌なめずりをすると、自分の左腕に銃を突きつけた。


『エグゼキュージョン フィニッシュ!!』


 銃身にエネルギーが溜まって行くのを感じる。普通ではない一撃が、これから繰り出せるのが分かる。


「行くといいのね……地獄って名前の豚箱に!!!」


 慈悲無き言葉を浴びせると、利里は一切の迷いなく、引き金を引いた。

 直後。爆発にも似た砲撃が撃ち出された。発射よりも暴発に近い。銃弾は標的を大きく反れ、車庫に当たった。中にあったバスごと消し炭にしてしまう。あまりにも大きすぎる威力。反動で利里は吹っ飛び、その隙にボア・ディシナは逃走してしまう。


「待てコラ! ――――………………ッッ!」


 身体を起こそうとするも、上手く立ち上がれない。手足は、動きはするが、全身を支える力が入らなかった呼吸もままならなくなり、意識が遠のいていく。


「利里! しっかりして!」


 那雫夜がよろめきながら彼女に駆け寄るが、反応がない。晶の隣では、研究部員の男が「なぜだ、こんなことになるはずは……」と、呆然としている。晶もどうすればいいのか分からなかった。


「利里、利里ィィ――――――!!!!!」


 黒煙を上げる車庫群の中、那雫夜の絶叫がこだました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る