第5刑 新兵器は誰のもの?―A

 風が頬を撫で、埃が舞っているのを見るたびに、彼女のことを思い出してしまう。人の姿を一切残さずに崩れていったあの人を。そしてあの瞬間のことを思い出すと、周りの風景から自分が切り取られたように感じる。学友の声もどこか遠くに聞こえ、あるべき道から外れたようだ。


『アタシを殺したのが、あなたで良かった』


 あの笑顔はきっと、これから先も心にこびりついて取れることはないだろう。

 記憶のせいで涙を流すより先に、雨粒が目元を濡らした。ほんの数分前までは晴れていたのに、もう黒が青い空のキャンパスを覆っている。

 季節は梅雨。しょうが処刑人になってから、2か月が過ぎた。



        × × ×



 下校時に突然雨に降られた晶は、近くのコンビニに避難していた。鞄の中を漁るが、折り畳み傘は見当たらない。


「嘘だ……。昨日の晩、確かに入れておいたはずなのに……」


 昨夜の天気予報では「午後から雨」と言っていたので、あらかじめ雨具は用意しておいた。にも関わらず、それがない。


「今朝間違って鞄から出した? それとも学校に置き忘れたとか?」


 頭を捻るが、答えは出てこない。盗まれるようなことはないと思うので、自分がうっかりどこかに置いて来てしまったのだろう。

 仕方なしにコンビニのビニール傘を購入しようと、売り場へ向かう。入り口と雑誌売り場の間にある、小さなスペース。傘を1本手に取った時、すぐ隣に見覚えのある人物がいるのに気が付いた。


千瀧ちたき先輩?」


「あら、晶。あなたも寄り道なのん?」


 千瀧那雫夜ななよ。学校の先輩であると同時に、『E.S.B.』の同僚でもある女の子。何かの週刊誌を立ち読みしているようだ。女子高生らしくファッション系の雑誌か、立ち読み常連を集めやすい漫画雑誌か。そう思いながら表紙を覗くと、『有名俳優K、深夜の密会!?』とか『人気アーティスト、離婚騒動と隠し子』とか『元アイドルグループメンバー・ヌード袋とじ』とか、変なタイトルばかりが並んでいる。感覚が30歳くらいずれていないだろうか。

 彼女の趣味に関してはあまり深く考えないことにした。


「僕は、雨が降ってきてしまったから、傘を買いに……。本当は朝鞄に入れて来たはずなんですけど、見当たらなくって」


「それは災難ねん。でもわざわざ買うのは勿体なくない? わたしこれから、あなたたちの家に行くつもりだったから、入れていってあげてもいいよん」


「本当ですか? 助かります」


「まぁ、ちょっと待っててね。これ読んだら」


 そう言われた晶は、自分もコミック誌なんかを読んで待つことにした。

 だが、やけに時間がかかる。横目で様子を窺って見ると、1ページ1ページじっくり読んでいた。立ち読みの域を超えている。そこまで読み込むなら買えばいいじゃないか、と言うのは野暮な気がして、言えなかったが。


 結局、店を出たのはそれから30分後だった。那雫夜の持っていた折り畳み傘はそこそこ大きなサイズで、2人で相合傘をするにも困らなかった。

 しかし晶の中では、新たな問題が発生していた。別に誰かに注目されているということはないはずだが、どうしてだか周りから視線を浴びせられている気がする。


「千瀧先輩は、恥ずかしくとかないんですか? その……僕なんかと相合傘で」


「特にそんな感情は湧かないわよ。傘に入れてあげている優しい先輩と、それに甘えている後輩。それ以上の光景ではないはずよん」


 そうやって割り切ってしまえばいいのかもしれない……。だが異性交遊に関して疎い晶にとっては、なかなか刺激の強い体験だった。彼はそもそも同性との交流も少ないので、誰と相合傘をしても緊張する質だろうが。



 邪庭やにわ宅に着くと、リビングで乃述加ののかが首を捻っていた。


「ただいま帰りました。……どうかしたんですか?」


「ええ、実はこんなものが届いて」


 乃述加はソファの裏に置いてあったアタッシュケースを、ガラステーブルの上に乗せた。それを開けると、中には1丁のマスケット銃が収納されていた。


「これが、郵送されてきたんですか? 危ないですよ!」


「いいえ。送り主はもう分かっていますわ。どうせあたくしたちをテスターにでもしようと考えているのでしょう」


 テスター? つまりこのマスケット銃の実験台にしたいということなのか?

 晶はそんなことを考える人間がいるのかと、おくびをした。


「おそらく、あたくしか利里りりが使うことを考えているでしょうし、利里が大学から帰って来たら、例の場所に向かいましょう。そこに送り主はいるはずですわ」


「例の場所って、どこなんですか? 何だか怪しい響きですけど」


「行けば分かるのねん。まぁ、碌な場所じゃないのは確かだけれど」


 那雫夜も何かを察しているようだ。もしかすると、晶が来る前にも何度かこのようなことがあったのかもしれない。

 利里が帰宅したのは、それから1時間程後だった。乃述加が事情を説明すると、あまり乗り気ではなさそうな表情をしていた。だが「仕方ない」といった風で、結局は


4人で車で移動することになった。


「何かどんどん変な所へ向かっている気がするのですが……」


 晶は窓の外を見渡し、冷や汗をかいている。それもそのはず。景色は住宅街、市街地、山道と移り、今はだれも住んでいない廃屋ばかりの集落の中を通っている。いかにも心霊番組特集なんかで映っていそうな風景だ。


「この辺は滅多に人が近寄らないからね。人目を避けて作業がしたい時には、うってつけの場所になるのね」


 助手席の利里が解説してくれる。

 彼女の言う通り、見るからに人間は寄り付かなさそうな場所だ。だがこんな所まで来てしたい作業というのは何だろうか。それもそれで怪しい。


「ちなみにこの村は、もともと伝染病患者を隔離するための隠れ里だったて話よん」


 那雫夜がいらない情報を付け加えた。

 晶はオカルト系の話があまり得意ではない。聞いて震え上がるのは当然だった。



 集落を過ぎ、岩山ばかりの道を抜けると、ようやく目的地に到着した。自然が作り出したようにも、人間が手を加えたようにも見える空間。


「昔はこの辺に、炭鉱があったらしいのね」


 きょろきょろと辺りを見渡している晶に、利里が説明してくれた。確かに、よく見ると積まれた石に混じって、シャベルやリヤカーなどがあるのが分かる。だがどれもこれも錆びついていて、長年使われていそうにない。


「さっき那雫夜が言ったように、この地域は末期患者が集まっていたって話があるのね。そういう人たちをここで働かせていたって説もある」


「本当ですか、それ? 酷過ぎますよ……」


「もちろん、事実かどうかは確認されていないけれどね。まぁ、あの集落の話自体一世紀以上前のものだし、今の私たちが知ることはできないのね」


 そんな話を聞くと、途端に悲しい場所に見えてきたではないか。

 さて、これから何を始めるのか分からない晶は、昔話に思いを馳せて、たそがれていた。そこへ彼らが乗って来たものとは違う、もう1台の車がやって来た。


「ようやく来ましたわね、武部たけべ研究部長?」


 乃述加がその車に歩み寄る。運転席から降りてきたのは、人相の悪い、背の低い男だった。


「よぉ、邪庭執行部長さん。ここへ来たってことは、私が求めていることは分かって

るみたいだな」


「どうせあのマスケット銃の射撃実験に付き合え、とでも言うのでしょう?」


「その通りだ。でもな、あれはただのマスケット銃じゃねぇ。我が研究部自慢の新作、その名も『エグゼブラスター』だ!!」


「まぁた妙ちくりんな名前を付けましたのね。それで、どの辺が新しいのですか?」


 遠くで乃述加と男(研究部長?)の話を聞いていた晶は、少しだけあの武器に興味を抱いた。晶は2か月経った今でもまだ、見習いの身だった。もっと仲間たちの戦力になりたい。足手纏いのままでは嫌だ。そう思い始める時期だ。あの武器が持てれば、今よりずっと役に立てるのではないかと、考えた。


「何ぼーっとしてるのん? ほら、行くよ」


 唇を噛み締めていると、突然那雫夜に手を引かれた。何かと思えば、利里と三人で研究部長の元へ向かった。


「私たちにも、教えてもらえるのね?」


「ああ。もちろんさ。できれば君らの中の誰かに、これを扱って欲しいんだけどな」


 そう言って笑うと、彼は利里に向かってマスケット銃を放り投げた。


「エグゼブラスターはな、半永久的に射撃することのできるトンでもねぇ武器なんだ

よ」


「半永久的? 球切れしないのね?」


「おうよ、グリップを見てみろ。裏が少しだけくぼんでいるだろ?」


 指摘された利里は銃を裏返す。確かにそこには、ひし形のくぼみがあった。その部分だけ薄ら赤く光っており、マウスの裏のセンサーを連想させる。


「そこの凹んでいるところを十字架のクリスタルに重ねる。そうすると、自動的に弾がチャージされるって作りだ」


「へぇ……。確かに、実弾を使うよりは時間短縮できていいのね。でも、これに込める弾の元になるエネルギーはどうするの?」


「十字架の質量保存エネルギーの、一部を切り取って使う。安心しろ、武具の収納なんかには、影響が出ない程度の作りになってるから」


 説明がなされていたが、晶には仕組みをよく理解することができなかった。十字架の質量保存エネルギーとは何なのか?


「あの、この十字架ってどういう仕組みなんですか?」


 小声で隣にいた那雫夜に問いかける。だが彼女も、肩を竦めるだけだった。


「わたしもよく知らないわん。色々なものを光に変えてこの中に納める、それを射出してまた実体化させる。普段はそんな風に使ってるけどねん」


 十字架を腕輪に装着すると、ホログラムが照射され、それが装備となって装着される。アレのことだ。

 すると那雫夜は「だけどね」と付け加えた。


「以前どこかで小耳にはさんだことがあるのん。物質を別のものに変化させる技術。それは人間が《罪人》へ変化する現象を参考にしている、ってね」


「つまり……処刑人は《罪人》を参考にして生まれた、ってことですか!?」


「そうとも言えるわねん」


 晶は驚きを隠せず、大声を上げてしまった。それに乃述加、利里、研究部長の3人が視線を送った。


「どうかしましたの、晶?」


「いえ……ごめんなさい、何でもないです」


 失礼になった思い、頭を下げる。

 すると、研究部長が晶の顔を確認して、明るい声を上げた。


「君、十谷とおや晶くんか? 十谷研究部長の息子さんの?」


「えっと、はい。僕は十谷晶ですが……。どこかでお会いしましたか?」


 晶には覚えがなかったので、尋ねてしまった。すると相手は「まぁ、仕方がない」と笑った。


「私は武部荘也そうや、現日本『E.S.B.』の研究部長だ。君のお父さ

ん、十谷達哉たつなり氏の元で以前働いていたことがあるのさ」


 なるほど。父の知り合いだったのか。その事実を聞いた瞬間、晶の中で湧き上がるものがあった。この人に訊けば、父の死の真相に近づけるかもしれない。そんな考えが。



 この日はこの後、利里と乃述加による射撃訓練が行われた。武部は「まだまだ改良の余地がありそうだ」と、嬉しそうにエグゼブラスターを持ち帰った。

 乃述加は「なぜわざわざ送りつけてきましたの?」と不満そうだったが、新たな戦力が手に入るかもしれない、ということについては歓迎していた。


 そして晶にとっての最大の収穫は、かつて父の部下だった男と出会えたことだった。武部は、またの機会に父のことを教えると約束してくれた。ようやく掴んだ1本の糸。これだけは、放す訳にはいかない。

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