第3刑 繰り返す悪夢―A
家族連れを狙った連続殺人事件が発生。警察はそれを《罪人》による犯行と見て、『E.S.B.』に協力を申し込んできた。連絡を受けてさっそく調査を開始する
「これってもしかして……」
「まるで、こんな、ゲーム感覚で……」
「クリス、あたくしたちが昔担当した事件とそっくりなんです」
『確か、1人だけ死亡じゃなくって行方不明扱いになっていなかったか?』
「あなた、名前は?」
「――――
どんな結末へ向かうかは、まだ誰にも分からない。
× × ×
クリスティーナとの通話を終了した途端、乃述加の携帯電話が鳴った。名前を見ると利里からだ。
「もしもし? どうかしましたの?」
『やっと繋がった! 乃述加、もしかすると一連の事件の犯人、ある法則にしたがって事件を起こしているかもしれないのね。今回の被害者の名前は分かる?』
「身元は今確認を取っているところですわ。ちょっと待っていてくださいな」
バイクから降りると乃述加は調査部に訊ねに向かう。
「邪庭執行部長。ここ喫煙禁止区域ですよ。気をつけてください。警察もいるんですから」
「ごめんなさい。それで、被害者の身元は分かりましたの?」
「ええ。
「そうですか――利里、今の聞こえた?」
『ばっちりね。やっぱり、私と那雫夜の読みが当たっていたのね』
「読み? 何かありましたの?」
『今回の事件の被害者の名前に法則性があったのね。1件目が
「――そうか、いろは順に!?」
電話越しなので見えた訳ではないが、利里が首肯したのが分かった。
『だから次は、G地区に住む名字が『ほ』で始まる人が狙われる可能性があるのね』
「利里たちは、心当たりはありませんの?」
電話口で物音。応答するのが那雫夜に変わった。
『わたしが聞き込みを行っていた時、『
乃述加は「分かりました。警護に当たってみますの」と利里と那雫夜に告げると、電話を切った。そして隣にいた調査部員に目配せした。頼みたいことがある、と。
「いろは順? 本当にそんな、ゲームみたいに法則を作って殺人を行っているって言うんですか?」
調査部員の青年は納得してくれなかった。だが情報がこれしかない以上、かけてみるしかない。
「ごちゃごちゃ言う前に、さっさと動きましょう。もうこれ以上の被害者は出させませんわ」
× × ×
3日後。4件目の事件以来、何も起きていない。それはいいことなのだが、犯人が動いてくれないとこちらとしても行動を起こせないのだ。
「ただいま……。ついに追い出されちゃったのね」
午後8時。玄関の扉が開き、疲れた表情の利里が帰って来た。
「おかえりなさい。追い出されたって、何がありましたの?」
「いやね、3日間も警護についているけれど何にも起きないから、穂摘さん一家は私をもういらないってさ。それで私が離れた途端狙われたら、どうするつもりなのね? 責任はこっちで取ることになるのに」
利里の愚痴も最もだが、警護につかれている家族の言い分も理解できる。何せ24時間監視されているのだ。それがいくら善意のものだと分かっていても、不愉快だろう。だがしかし、一連の事件の犯人に狙われている可能性がある以上、『E.S.B.』としては目を放す訳にもいかない。
「取り敢えず、調査部の人に交代してきたのね。荒っぽい仕事の執行部より、彼らの方が評判はいいかもしれないのね」
口調ににじみ出る苛々を抑えながら、利里はリビングのソファに横になった。それを見て晶は慌てて彼女を起こす。
「待ってください! お風呂沸いていますから、まずは入ってきてください。それからちゃんと着替えて。風邪ひいちゃいますよ」
「はぁい、お母さんー」
茶化したように立ち上がると、晶が持って来たバスタオルと着替えを持ち、浴室へ向かう利里。彼女がリビングから離れたのを確認すると、乃述加は晶の頭を撫でに来た。
「ありがとうございます。あの子、がさつに見えて結構繊細なところがあるから。役立たずみたいに言われて腹が立っていたのですわ」
「それは見ればわかりますよ。
「確かに。言われてみればそうですわね」
フフと笑いながらキッチンへ行き、冷蔵庫の中を漁る乃述加。中からハイボールの缶を取り出した後、戸棚の中を覗いてしかめ面になった。
「珍味がありませんわね。これでは楽しみ半分ですわ」
彼女、舌が意外とオッサンなのである。自室もかなり煙草臭い。
「晶、申し訳ありませんが、近くのコンビニで適当なおつまみを買ってきてくれませんか? お金は今渡しますから」
「いいですよ。僕も何か買ってきてもいいですか?」
「余ったお金から出していいですわよ」
乃述加から2千円を受け取った晶は、春先でまだ冷える夜空の下に出て行った。
近所のコンビニでチーズ鱈やスルメ、スポーツドリンクや雑誌を買うと、少しだけ遠回りしながら家に向かった。街灯しか灯りのない夜。見上げても星の光は届かない。時折、街路樹が風に揺られてカサカサと歌っている。周囲に人の姿はなく、自分だけがこの時空にいるような、不思議な気分になっていた。
「ちょっと怖いですけど、何だか楽しいですね」
小さく鼻歌を鳴らしながら歩く。
だがそんな楽しみもすぐに終わった。
ガシャッ! と大きな物音が聞こえた。明らかに風の音ではない。同時に異様な気配がどこかから漂ってくる。
「――この感じ!」
初めて、処刑人と《罪人》の戦いを見た時に似ている。心を高ぶらせる恐怖。
どこだ、どこから来る?
「ハァッッ!!!」
背後から叫び声。反応が間に合ったおかげで、横に躱すことができた。襲いかかって来たのは、人ではない。シルエット自体は、あまり人間と大差ない。だが細部まではそうはいかない。背中には半透明の羽。丈の長いカーディガンを纏ったような、ひらひらとした細い肢体。童話のお姫様のように、足には金色のハイヒール。額には角、否、触覚が二本。そして左手首の辺りから指先に向けて細い針が確認できる。
《罪人》だ。外見の特徴から、《ワスプ・ディシナ》といったところか。
左腕の針を見つめながら、晶は考えていた。確か一連の事件の被害者は、全員刺殺されてはいなかったか?
「お前が犯人か!?」
問い掛けるが、もちろん返事はない。
話し合うことは不可能に思えた。やむを得ないと、晶はポケットから十字架を取り出し、左手首に装着していた腕輪にセットさせる。
『エグゼキュージョン システム ブート!』
起動音と共に、ホログラムが十字架から放射される。それが晶の身体に纏わりつき、実体化。戦闘服となった。まだ支給されたばかりの簡素な作り。だがそれでも、《罪人》と闘うために制作されたものだ。
「やぁっ!」
全体重を乗せて、右の拳を突き出した。
つもりだった。
ワスプ・ディシナはそれをあっさり左手で払い、右で掌底を繰り出す。幸い、入ったのは腹だったため、それほどの痛みはない。それでも、実戦に不慣れな晶を揺さぶるには十分だった。
「くぅぅっ」
攻撃を受けた場所を思わず庇ってしまう。その間に隙が生まれる。《罪人》の足が上がる。そのまま尖ったつま先が、晶の肩を貫いた。
地面に臥す処刑人。それを憐れむように見下す《罪人》。本来ならば間違った構図のはずだ。だが初めて戦った晶にとっては、敵との実力差を考えると妥当な光景とも言えた。
しかし、戦闘技術はつたないものの、闘志だけは人一倍あった。目の光だけは曇っていない。
「お前は、誰だ。どうして……罪のない人の命を奪った?」
《罪人》は答えない。
「何の理由があって、人を、襲うんだ……」
そう訴えた瞬間、僅かにワスプ・ディシナが首を傾げたように見えた。そして、「違う」と呟いたようにも。
「アタシじゃない。アタシが本当に殺したいのは、別の奴だ」
まるで機械で合成したような声だ。中途半端にモザイクを掛けられているような違和感を覚える。
最後に《罪人》は晶の腹に蹴りを一発いれると、どこかへと姿をくらました。
攻撃された場所の痛みに耐えながら、何も見えない夜空を仰いだ。
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