第3刑 繰り返す悪夢―A

 家族連れを狙った連続殺人事件が発生。警察はそれを《罪人》による犯行と見て、『E.S.B.』に協力を申し込んできた。連絡を受けてさっそく調査を開始する乃述加ののか利里りり那雫夜ななよしょう。それぞれ別の方向から、事件の核に迫りつつあった。




「これってもしかして……」

「まるで、こんな、ゲーム感覚で……」




「クリス、あたくしたちが昔担当した事件とそっくりなんです」

『確か、1人だけ死亡じゃなくって行方不明扱いになっていなかったか?』




「あなた、名前は?」

「――――吉川きっかわ杏樹あんじゅ




 どんな結末へ向かうかは、まだ誰にも分からない。




        × × ×




 クリスティーナとの通話を終了した途端、乃述加の携帯電話が鳴った。名前を見ると利里からだ。


「もしもし? どうかしましたの?」


『やっと繋がった! 乃述加、もしかすると一連の事件の犯人、ある法則にしたがって事件を起こしているかもしれないのね。今回の被害者の名前は分かる?』


「身元は今確認を取っているところですわ。ちょっと待っていてくださいな」


 バイクから降りると乃述加は調査部に訊ねに向かう。


「邪庭執行部長。ここ喫煙禁止区域ですよ。気をつけてください。警察もいるんですから」


「ごめんなさい。それで、被害者の身元は分かりましたの?」


「ええ。仁科圭にしなけいさん、36歳。その娘の羽琉はるちゃん、九歳の2人です」


「そうですか――利里、今の聞こえた?」


『ばっちりね。やっぱり、私と那雫夜の読みが当たっていたのね』


「読み? 何かありましたの?」


『今回の事件の被害者の名前に法則性があったのね。1件目が井口いぐちさん。2件目が炉辺ろばたさん。3件目が原口はらぐちさん。そして4件目が仁科にしなさん。ここまで言えば分かるのね?』


「――そうか、いろは順に!?」

 電話越しなので見えた訳ではないが、利里が首肯したのが分かった。


『だから次は、G地区に住む名字が『ほ』で始まる人が狙われる可能性があるのね』


「利里たちは、心当たりはありませんの?」


 電話口で物音。応答するのが那雫夜に変わった。


『わたしが聞き込みを行っていた時、『穂摘ほづみ』っていう表札を見かけたわん。1階建てで玄関には子供の三輪車。これまで襲われた人と同様に、家族連れっていう条件にも当てはまっている』


 乃述加は「分かりました。警護に当たってみますの」と利里と那雫夜に告げると、電話を切った。そして隣にいた調査部員に目配せした。頼みたいことがある、と。


「いろは順? 本当にそんな、ゲームみたいに法則を作って殺人を行っているって言うんですか?」


 調査部員の青年は納得してくれなかった。だが情報がこれしかない以上、かけてみるしかない。


「ごちゃごちゃ言う前に、さっさと動きましょう。もうこれ以上の被害者は出させませんわ」



        × × ×




 3日後。4件目の事件以来、何も起きていない。それはいいことなのだが、犯人が動いてくれないとこちらとしても行動を起こせないのだ。


「ただいま……。ついに追い出されちゃったのね」


 午後8時。玄関の扉が開き、疲れた表情の利里が帰って来た。


「おかえりなさい。追い出されたって、何がありましたの?」


「いやね、3日間も警護についているけれど何にも起きないから、穂摘さん一家は私をもういらないってさ。それで私が離れた途端狙われたら、どうするつもりなのね? 責任はこっちで取ることになるのに」


 利里の愚痴も最もだが、警護につかれている家族の言い分も理解できる。何せ24時間監視されているのだ。それがいくら善意のものだと分かっていても、不愉快だろう。だがしかし、一連の事件の犯人に狙われている可能性がある以上、『E.S.B.』としては目を放す訳にもいかない。


「取り敢えず、調査部の人に交代してきたのね。荒っぽい仕事の執行部より、彼らの方が評判はいいかもしれないのね」


 口調ににじみ出る苛々を抑えながら、利里はリビングのソファに横になった。それを見て晶は慌てて彼女を起こす。


「待ってください! お風呂沸いていますから、まずは入ってきてください。それからちゃんと着替えて。風邪ひいちゃいますよ」


「はぁい、お母さんー」


 茶化したように立ち上がると、晶が持って来たバスタオルと着替えを持ち、浴室へ向かう利里。彼女がリビングから離れたのを確認すると、乃述加は晶の頭を撫でに来た。


「ありがとうございます。あの子、がさつに見えて結構繊細なところがあるから。役立たずみたいに言われて腹が立っていたのですわ」


「それは見ればわかりますよ。百波ももなみ先輩、どこか僕の母に似ていますから」


「確かに。言われてみればそうですわね」


 フフと笑いながらキッチンへ行き、冷蔵庫の中を漁る乃述加。中からハイボールの缶を取り出した後、戸棚の中を覗いてしかめ面になった。


「珍味がありませんわね。これでは楽しみ半分ですわ」


 彼女、舌が意外とオッサンなのである。自室もかなり煙草臭い。


「晶、申し訳ありませんが、近くのコンビニで適当なおつまみを買ってきてくれませんか? お金は今渡しますから」


「いいですよ。僕も何か買ってきてもいいですか?」


「余ったお金から出していいですわよ」


 乃述加から2千円を受け取った晶は、春先でまだ冷える夜空の下に出て行った。




 近所のコンビニでチーズ鱈やスルメ、スポーツドリンクや雑誌を買うと、少しだけ遠回りしながら家に向かった。街灯しか灯りのない夜。見上げても星の光は届かない。時折、街路樹が風に揺られてカサカサと歌っている。周囲に人の姿はなく、自分だけがこの時空にいるような、不思議な気分になっていた。


「ちょっと怖いですけど、何だか楽しいですね」


 小さく鼻歌を鳴らしながら歩く。

 だがそんな楽しみもすぐに終わった。

 ガシャッ! と大きな物音が聞こえた。明らかに風の音ではない。同時に異様な気配がどこかから漂ってくる。


「――この感じ!」


 初めて、処刑人と《罪人》の戦いを見た時に似ている。心を高ぶらせる恐怖。

 どこだ、どこから来る?


「ハァッッ!!!」


 背後から叫び声。反応が間に合ったおかげで、横に躱すことができた。襲いかかって来たのは、人ではない。シルエット自体は、あまり人間と大差ない。だが細部まではそうはいかない。背中には半透明の羽。丈の長いカーディガンを纏ったような、ひらひらとした細い肢体。童話のお姫様のように、足には金色のハイヒール。額には角、否、触覚が二本。そして左手首の辺りから指先に向けて細い針が確認できる。


《罪人》だ。外見の特徴から、《ワスプ・ディシナ》といったところか。

 左腕の針を見つめながら、晶は考えていた。確か一連の事件の被害者は、全員刺殺されてはいなかったか?


「お前が犯人か!?」


 問い掛けるが、もちろん返事はない。

 話し合うことは不可能に思えた。やむを得ないと、晶はポケットから十字架を取り出し、左手首に装着していた腕輪にセットさせる。


『エグゼキュージョン システム ブート!』


 起動音と共に、ホログラムが十字架から放射される。それが晶の身体に纏わりつき、実体化。戦闘服となった。まだ支給されたばかりの簡素な作り。だがそれでも、《罪人》と闘うために制作されたものだ。


「やぁっ!」


 全体重を乗せて、右の拳を突き出した。

 つもりだった。

 ワスプ・ディシナはそれをあっさり左手で払い、右で掌底を繰り出す。幸い、入ったのは腹だったため、それほどの痛みはない。それでも、実戦に不慣れな晶を揺さぶるには十分だった。


「くぅぅっ」


 攻撃を受けた場所を思わず庇ってしまう。その間に隙が生まれる。《罪人》の足が上がる。そのまま尖ったつま先が、晶の肩を貫いた。


 地面に臥す処刑人。それを憐れむように見下す《罪人》。本来ならば間違った構図のはずだ。だが初めて戦った晶にとっては、敵との実力差を考えると妥当な光景とも言えた。


 しかし、戦闘技術はつたないものの、闘志だけは人一倍あった。目の光だけは曇っていない。


「お前は、誰だ。どうして……罪のない人の命を奪った?」


《罪人》は答えない。


「何の理由があって、人を、襲うんだ……」


 そう訴えた瞬間、僅かにワスプ・ディシナが首を傾げたように見えた。そして、「違う」と呟いたようにも。


「アタシじゃない。アタシが本当に殺したいのは、別の奴だ」


 まるで機械で合成したような声だ。中途半端にモザイクを掛けられているような違和感を覚える。

 最後に《罪人》は晶の腹に蹴りを一発いれると、どこかへと姿をくらました。

 攻撃された場所の痛みに耐えながら、何も見えない夜空を仰いだ。

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